第20話

「そうよ……いつも健ちゃんは勝手なのよ。あの時も、今もそう。わたしのことを放り出して一人にして……じゃあわたしの最後はどうするのよ。ひとりで逝けっていうの?」

 幸の声が震えていた。いつも穏やかで楽しそうに振る舞う姿からは想像できないほど怒りを含んだ色。

「健ちゃんは意地悪よ」

「ごめんなあ。ちゃんと見送ってやろうと思っていたんだけどな。でも君には千恵ちゃんがいる。ご家族もみんな。きっと賑やかに送られるだろう」

 健ちゃんは駄々をこねる子供に言い聞かせるように幸を包み込んだ。昔、子供だった幸の相手をしたように。懐かしい日々が戻ってきたかのように。

「さっちゃんなら大丈夫」

「いやよ。約束したじゃない。最後は健ちゃんが逢いに来てくれるって」

「言ったよ。でも君、まだまだ元気そうだし。それまでは多分もちそうもない」

 冗談っぽくいうほど健ちゃんに残された時間のなさが伝わってくる。幸は頼りない幼子の様に首を振り続けた。

「やだ健ちゃん、やっと逢えたのに。これからはもっと一緒にいたり話したりできるって思っていたのに」

「うん、ぼくもそう願ってる」

「うそ。いつもそう。健ちゃんは自分で勝手に決めてわたしのことなんか考えてもいない」

「さっちゃん、大好きだよ。ずっと変わらない。君の幸せだけを祈っている」

「だったら……!」


 いくらわがままを言ったところで健ちゃんの病が治るわけでもない。これ以上は健ちゃんを苦しめることが分かっているのに幸は駄々をこねるしかなかった。

 もし大暴れすることで神様が呆れて健ちゃんを手離してくれるならなんだってする。だけどそれは叶わないことも十分すぎるほどわかっていた。

 健ちゃんは千恵に視線をうつした。

「千恵ちゃんもありがとう、さっちゃんに会わせてくれて。あの日君が勇気を出して話しかけてくれたから今こうしていられるんだ」

 千恵はただ首を振るだけしかできない。


 まさかこんなことになるとは思っていなかったのだ。ただ純粋に祖母の初恋を実らせてあげたいと……もう一度健ちゃんに逢わせてあげたいそれだけだったのに。

 千恵が余計なことをしたから幸を苦しめることになってしまった。

 同じ人との離別を再び味わわせることになるなんて考えてもいなかった。

「ごめんなさい、わたし」

 千恵は何もわかっていなかった。

 いい事をしたとばかり思っていたのに。

「謝ることないよ。千恵ちゃんのおかげでこうしてまたさっちゃんと逢えた。一緒に時間を過ごせた。ぼくの人生の残りを全部さっちゃんにあげることができる。諦めていた気持を伝えることが出来る……それってどれだけ幸せな事かわかる?」

 

 健ちゃんは幸を優しく腕の中に閉じ込めると「大好きだよ」と言った。

「さっちゃん大好きだよ。ずっとずっと君のことを想ってた。ぼくの弱さが君を手離すことになってしまってどれだけ後悔したか。だからこの奇跡に感謝する。今度こそそばにいてく

れる? ぼくの最後を見届けてくれる?」

「当たり前じゃない」

 幸の声は震えていたけれど落ち着きを取り戻したようだった。まだ瞼は涙に濡れていたけれど凛とした顔つきで健ちゃんを見上げる。

「わたしも言ったでしょ。……最後に見た景色になってあげるって。目を閉じるその瞬間までわたしを見ていて」

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