1-6 【浄化魔法】ドラウグ・シェレイン


「『スパルトイ』は魔法師によって生み出された使い魔だ。使い魔というより、召喚者以外を見境なく攻撃するから……ただの死霊の兵士と言った方がいいかもしれない」

「たとえ骨を絶ち、砕こうとも、胸にある魔石核を破壊しないと倒せない厄介な相手だ」

「そうだなぁ……今のルークがもう少し強くなったら、1人でも倒せるかもしれないな」


「ふっ……慢心はするなといつも教えているじゃないか。スパルトイには鎧を着ているものもいれば、弓を持っているものもいるからね。それに……骨の色が赤や黒のやつがいたら要注意だ」

「特に黒色のスパルトイは悪魔のような高い魔力を持っていて、骨を破壊してもすぐに修復して何度でも立ち上がってくる」

「もしダンジョンで対峙したらそこは相当危険なところだね。それほど強力な魔物がダンジョンを守っているんだから、奥には何かしらがあるに違いない」

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 辛うじてスパルトイを倒したルークは、かつての師との会話を思い出す。嫌な記憶を思い起こした彼は、強い口調で少女にあたる。

 

「なぁ、黒いスパルトイがいるダンジョンは普通じゃねえ。今すぐ引き返した方がいい」

「けど……ここまで来て引き返すわけには行きません」

「こいつ1体倒すのに魔法を使って、ようやく倒したんだ。こいつが単体で剣だったから良かったが……もし他に、槍や弓を持った奴が複数出てきたら、倒すのは不可能だ」

「それなら……それなら私に任せてください……! アンデッドなら私に秘策があります……! 今はいきなり襲われたので使えませんでしたが……アンデッドに効果のある魔法があります」

「だけどよ……」

「お願いです! このまま私と……母を助けてください……! 都合が良いのは分かっています! だけど……どうかお願いします……!」

 

 少女は頭を深く下げる。

 自分と母を助けてほしい。

 懇願する目の前の少女に対して、ルークはその申し出を断ることが出来なかった。彼は信条に反して、彼女を救うためにここにいるのだから――


「はぁぁ……分かった……」


 溜息を付くと、ルークは近くの壁にかかっていた魔石を再び取り外す。


「けど目印の光源以外、これは全部回収していく。使える物は何でも使う……じゃねえと生き残れねえぞ」

「分かりました……」


少女はルークの提示した条件で了承した。

ルークは落ちているロングソードを拾いに行こうとすると、そっと服を掴まれた。


「その……助けていただき……ありがとうございます……」


 少女の頬には薄い紅潮が見られ、蒼銀色の瞳は揺らいでいた。感謝と安堵の入り混じった複雑な表情を見せる彼女に、ルークは思わず後頭部を掻き、目を逸らす。

 普段人から感謝されることが皆無なルークには、自身とは違う、彼女の美しくも神妙な面差しに耐えることが出来なかった。


「そうだな……この魔石を全部持ち帰れば、相当儲かるしな……」


 ルークはロングソードを拾い上げると少女に呟く。


「行くぞ」


 2人はスパルトイの住まうダンジョンの奥へと進んでいく。

 


♢ ♢ ♢

 

 

「開けるぞ……」

 

 ダンジョン内を進む2人の前には、金属で装飾された木の扉があり、ルークは扉を音を立てずに開ける。彼は魔石を手に取ると魔力を込め、扉の先に広がる暗闇に投げ入れた。

 金色の光が瞬き、暗闇が消滅する。

 扉の先は開けた祭壇とおぼしき場所になっており、ルークたちは外から部屋の中を観察する。


「2,3,4,5……5体もいるが、これ以上行けねえぞ……」


 ちょうど部屋の中心に投げ込まれた魔石の周りに、スパルトイが徘徊していた。奴らは魔力に反応する性質を持っており、投げ込まれた魔石に反応を示していた。


「大丈夫です……すみませんが、奴らの注意をもっと引けませんか?」

「多分出来るが、ほんとに平気か?」

「はい……任せてください……」

「駄目だったらすぐ引き返す……準備が出来たら教えろ」


 少女は杖を両手に持ち、目を伏せる。


「お願いします……」

「耳を塞げ……行くぞ……」


 ルークは魔法『ヴェント・ニムル』を唱え、魔石を再び部屋中央へ投げつけた。

 乾いた炸裂音が部屋中に反響すると、先ほどより強い閃光が瞬き、衝撃波が外にいるルークたちにも伝わる。


「ヴィェェェェ……!」


 スパルトイたちは部屋の中心で激しく光る魔石に反応し武器を振るが、地面を叩きつけるだけであった。

 その隙に少女は詠唱を始める。

 

「黒より生まれし堕ちたる傀儡よ、我が蒼き魔に屈せよ……」


 そこまで言い切ると少女はスパルトイたちの前に飛び出し、青白く光る杖の先端を奴らに向けた。


「ドラウグ・シェレイン!」


(馬鹿かあいつ! なにしてんだ……!)


 慌ててルークも飛び出すが、既にスパルトイたちの胸部には、魔力の粒子とも言える青い光が集まっていた。

 輝きが急速に増した瞬間、スパルトイたちは破裂するかのように胸部の内側から爆散する。

 ルークは少女の前に立ち、彼女を庇うように身構えるが、彼の身体には砂となったスパルトイたちの骨粉が降り注ぐだけであった。


「嘘だろ……」


 少女は黒いスパルトイを同時に5体も消滅させた。

 一瞬の出来事に凍り付いたように骨を見続けるルークだったが、背後の物音にすぐさま振り返った。


「はぁ……はぁ……はぁぁぁ……」

「おい、大丈夫か……!」

「はい……大丈夫です……急激に魔力が減っただけなので、すぐに立てます……」

「気を付けろよ、ここで失神なんかしたら冗談じゃ済まねえぞ……今の魔法は何なんだ?」

「今のは……魔力核を破壊する魔法です……」

「すげえな……それなら魔力核を持つ魔物なら、全員倒せるんじゃねえか?」

「いえ……この魔法はスパルトイのような……人工的に作られた死霊にしか……すぅぅ……はぁぁ……効果がありません……」


 少女は弱々しく立ち上がるともう一度深呼吸をする。

 

「あの黒いスパルトイの魔力核を破壊するっていうなら、かなりの魔力を使うだろ」

「はい……私も思っていた以上に魔力を使ってしまいました……」

「少し休むか?」

「いえ……私は大丈夫です……先に進みましょう」


 少女の呼吸はまだ乱れていたが、先を急ぐ彼女にルークは従うことにした。

 

「分かった」


 2人はその場を後にし、先へと進む。

 

 

♢ ♢ ♢



 ダンジョンの先々にはスパルトイたちが待ち構えており、その度に少女は、スパルトイの魔力核を破壊し続けた。


「ドラウグ・シェレイン!」


 少女が魔法を唱えると、3体のスパルトイが崩れ落ち、骨は砂塵と化す。

 すると、少女は再び力が抜けてしまったようにへたれこむ。


「大丈夫か」


 魔力は使えば使うほど、精神と体力を減らし続ける。

 少女がここまでに20体程のスパルトイを1人で倒し続けており、彼女の体力は限界を迎えていた。

 

「はぁ……はぁ……大丈夫です……行きましょう……」

「大丈夫じゃねえだろ……ほら……」


 ルークは少女に肩を貸し、力の抜けた身体を支えた。

 

「しばらく休むぞ。どのみち俺1人じゃ、あのスパルトイは倒せない」


 しばしの休息を考えるルークだったが、すぐ先が二股になっていることに気が付く。


「ここに来て分かれ道か……いやあれは……」


 薄明りの中、ルークは壁にある石板を見つけると、少女と共に近くまで寄る。

 石板を中心に通路が左右に分かれており、まるでその石板は道案内の看板のようであった。


「なぁこの石板、なんて書いてあんだ?」

「これはドワーフ語ですね……かなり古い言い回しです……『選択されよ。左は憎悪犇めく魑魅魍魎、右は悪鬼羅刹の住処』」

「どっちもおだやかじゃなさそうだな……とりあえず休憩するぞ」


 ルークは少女を壁に寄りかからせると、ポーチから2本の小瓶を取り出した。

 

「ブルーポーションだ……これを飲め。あとこいつも……」

「なんですかこれは?」


 少女はルークから渡された、安い紙に包まれる2つの物体を眺める。

 

「それはただの食いもんだ。ナッツを麦粉やバターで固めた携帯口糧だ」

「そうなんですね……それじゃあ一緒に……」

「俺はいらねえからお前が全部食え。その間、俺は左の様子を見てくる」

「分かりました。気を付けてください……」


 少女はブルーポーションを口につけると、顔が歪む。


「うっ……」

「まずいのか?」

「いえ……こんなに渋いブルーポーションは……初めて飲みました……」


 貰いものを素直にまずいと言いにくいのか、少女はルークの問いを否定するも、ちびちびと飲んでいる様はブルーポーションの酷い味を如実に示していた。


「苦いならいっぺんに全部飲め。その後にその食いもんで苦味を打ち消せ」


 少女はルークに言われたとおりに、青い苦汁を流し込み、携帯口糧を口にするも表情は変わらなかった。


「……うっ……これもなんというかその……」

「美味くはないだろ?」

「はい……ナッツなのに草の味がします」

「だろうな。砂糖が入ってないし、バッタが入ってるからな」

「え……バッタですか……?」


 少女の顔が今まで以上に曇る。彼女は昆虫食が出来ない冒険者であった。



♢ ♢ ♢



(左は魑魅魍魎……左は悪鬼羅刹か……何かあるとしか思えねえが)

 

 ルークは左の通路を偵察すべく1人で道を進んだ。手にする魔石は金色の輝きを放ち、暗闇を照らしている。

 すると平行に並んでいた壁が一度狭まり、扉のないアーチ状の構造物が立っていた。ルークは構造物から先を覗き込むが、暗闇が深く、中の様子が分からなかった。

 ルークは確認の為に魔石を投げつけると、まばゆい金色の光が前方の闇を照らす。前方には広間と呼べる、大きな空間があり、ルークは中央に整列していた闇の正体に驚愕した。


(っ!……スパルトイが2,4,6……10体……に……あれはなんだ……?……骨の……馬……?)


 スパルトイがまるで兵士のように規則正しく整列している先には、馬の身体を持つスパルトイが2体並んでいた。

 それらは下半身が軍馬の様相でありながら、上半身は人間の骨格をしており両手には長いロングソードを所持してる。

 そして更に、骨の軍馬の上にはプレートメイルのスパルトイが騎乗しており、手には人間の背丈よりも長いランスが握られていた。

 

 (それに……あの中央のやつは足から頭までフルプレートで……武器はフランベルジュか……!)

 

 軍馬の間には、フルプレートメイルに身を包んだ体格の良いスパルトイが直立しており、まるでこの死霊の軍隊の指揮を取る指揮官のように見受けられる。

 

(あいつの魔法があったとしても、ここは絶対に無理だ……この何もない広間で、あの人数相手に戦うのは無謀過ぎる)

 

 圧倒的戦力と対峙したルークは踵を返し、来た道を戻る。

 

(魑魅魍魎っていうのはあれのことか……そうなると右側は……)


「どうでしたか?」


 魔力がある程度戻り体力が回復したのか、少女が向こうからやってきた。


「あぁ……こっちは無理だ。普通じゃないスパルトイが何体もいて、行けそうにない」

「そうでしたか……」

「魔力はもういいのか?」

「はい、少し良くなりました。これでまだ大丈夫です」

「なら右側の通路に行くぞ」


 二人は分かれていた右側の通路を進むべく、来た道を引き返す。

 

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