第28話
「こんな所で……何、してんだ?」
そう尋ねてくる近藤に、オレはまだ彼が操られていたり、おかしくなっている可能性を捨てきれないまま言葉を返す。
「こ、近藤くん、こそ……」
「俺は……」
だが、オレの問いに彼が迷っているような、悲しんでいるような表情で口を閉ざす姿を見て、そこでようやく柴田の影響から脱していても、記憶を失くす訳ではない事を思い出した。
だとしたら、近藤は相当自分を恨んでいるだろうと、そうオレが考えた直後ーーー
「桜井!ごめん!」
ーーー突然キョロキョロと周りを見回した後で、近藤がオレへ向け頭を下げたのだ。
「え?え?」
あまりにも唐突だった為に、思わず困惑の言葉を漏らすオレを他所に、近藤は顔を上げこちらを見据えながら口を開く。
「信じて貰えないかもしれないけど、アレは俺であって俺じゃなかったんだ!」
「近藤くん?」
「許して貰えないのは分かってる!でも、俺……どうしても桜井に謝りたかったんだよ!本当はあの子にも謝りたいけど、まずは桜井にって!だから、ごめん!」
どうやら、樋口さんの推測通り近藤くんは本当に操られていただけらしい。
……なら、こうして近藤くんだけに言わせるのはフェアじゃない。
寧ろ、あの時オレの方がキミを……
「近藤くん、オレこそ……キミに謝らなくちゃいけないんだ……怪我させて、ごめん……そ、それと……オ、オレの方が、とりかえしの、つかない……」
キミを……殺そうとした。
しかも、その事実を自分じゃないと否定した挙句、今の今まで考えないようにもしていたんだぞ?オレの方が、合わせる顔が無いんだ。
それらが持つ強烈な意味をオレは噛み締め、震えながらも必死に彼へ謝意を伝えようとするのだが……
「いいんだよ、桜井。言わなくていい。」
「え……?」
……だが、そんなオレが勇気を振り絞りながら紡いだ言葉を、近藤くんは肩に優しく手を置きながら遮る。
「あの時の桜井は、桜井であって、桜井じゃなかった。それは俺がよくわかってるから、言わなくてもいいんだよ。それに、あの子の事守りたかったからだろ?」
「で、でも……手の骨とかも……包帯だって……」
視界の端に白い物が見えたので、肩に置かれた彼の手に目を向けると、そこには包帯が巻かれていた為、罪悪感からか思わず問いかけるも、近藤くんはヒラヒラと手を振ってみせた。
「骨?……ああ、折れてはいないから大丈夫だって。ちょっと内出血したのを隠してるだけだよ。それに桜井がイイヤツなのは、俺……良く知ってるんだ。だから……」
近藤くんはそう言うと、笑みを浮かべ包帯の巻かれた手をオレへ差し出す。
「……これで、お互いに恨みっこなし、な?」
どうやら、本当に折れてはいないようだが……良かっただなんて、まかり間違っても怪我をさせたオレが言えるような立場ではない。
けれど彼は、やや緊張しながらもこうやって和解を求めてくれている。
あんなに酷いことをしたオレを、たったそれだけで許してくれるというのか?オレが近藤くんなら、同じ事が出来るか?
……でも、きっと彼は本気なのだと思う。
何故なら、向けられている瞳には一切の敵意が感じられないどころか、真っ直ぐにオレを見据えているからだ。
確かに、アルマに手を出そうとした事に思う所が無い訳ではないが、状況証拠や、数々の証言、果ては彼自身も言うように本人の意思で無いのは明らか……
にも関わらず、近藤くんは真摯に謝る道を選ぶのだとしたら……オレも自分の罪からは、逃げちゃいけないのだよな?
それに、謝意を伝えるだけより、今……彼に応える事こそが一番の償いになるのならば……
「うん……」
戸惑いながらも差し出された手を握り返し、オレが近藤くんの笑みに応じると、彼は安心したように深く息を吐き出した後、オレへ問い掛ける。
「ところで、桜井?」
「何?」
「こんな所で何してるんだ?」
確かに、こんな状況になっている部屋に近付いてくるだなんて、普通は不思議に思うよな。
まぁ、それはこっちとしても同じ事なのだが……
「オレは、森田くんを探しに……近藤くんは?」
「俺は、通りかかった時にたまたま見えた部屋の中が、凄い事になってたから気になってさ……にしても此処、誰のだったんだろうな?とてもじゃないが、生きてないだろ……これ……鍵までこんな風に壊されるなんて、一体どんな化け物が……」
なるほどね?
しかも、この様子だと近藤くんは何があったのかも知らないようだな。
……でもこれ、鍵壊したの樋口さんだって教えた方がいいのか?
「……清水さん、らしい。さっき、遺体も見てきたよ。」
「おいおい!?清水って、それマジかよ!?」
「うん……」
「そっか、清水の部屋だったのか……納得したくはないけど、不思議でもないのか……って、あれ?桜井と、清水?何?お前ら、何か繋がりでもあんの?」
こんな目に遭わされても不思議ではない?彼女も何か恨みを買ってたって事?
……故人の詮索はあまりよろしくないから聞くつもりはないけど、何となく樋口さんの表情の理由も、そこにあるような気がするな。
「オレはない……でも、樋口さんが……」
「樋口……か。」
オレが彼女の名前を告げると、近藤くんはどこか腑に落ちたような表情で腕を組む。
「うん。清水さんに協力してもらおうと、一時間ぐらい……前、かな?樋口さんと一緒に来たんだけど、そうしたら……」
「こうなってたと……」
状況としてはオレもこれ以上は知らないが、他に何かを知っているとしたら、森田くんな訳だから……
「……あっ!でも、この扉を壊したのは、樋口さんだよ。鍵かかってたから。」
「な、なるほど……あいつ、こえぇな。」
「まぁ、それは……うん。」
それについては、否定しないかな。
「しかし、桜井と樋口が一緒に……か?」
「何かまずかった?」
おおよその状況を説明し終えると、彼は腕を組んだまま何かを考えるように呟く。
「いや、そうじゃなくて、男子と殆ど話さない樋口が、同じく誰とも話さない桜井と一緒な事に驚いただけだ。」
「そ、そうなの……?」
オレはともかく、樋口さんが?
彼女はかなり話しやすい人だから、ちょっと意外だな。
「ほら、樋口って目立つじゃん?だから、よく告白とかされてたらしいんだけど、どの男子とも仲良くすらしてないんだよ。」
「そうだったんだ……」
正直、今の樋口さんの印象が強すぎて、そんな事を言われてもピンとこないよ。
ちょっと堅苦しいけど、かなり優しい人だからモテそうなのは間違いないけどさ。
「鉄の女とか、鉄仮面って裏で言われてたんだぜ?まぁ……それが原因でもあるんだけどな、清水だって……」
「え?」
そこまで言いかけて、近藤くんは慌てて自分の口を押さえる。
やっぱり樋口さん達の間には何かあったようだが……何だ?この反応は……?
「何でもねぇ!で、何で桜井は森田を探してるんだ?」
「あ、それは……オレと樋口さんが来た時、森田くんが犯人は現場に戻ってくるとかで、此処を見張ってたらしくって……」
「それで?」
「うん。最初会った時、途中で樋口さんが中を見てちゃってさ?それで話が中途半端になったから……」
「続きを聞く為に探していたって事?」
「そう。どうも、森田くんは運び出される清水さんを見たらしいから……何か他に、気付いた事がなかったか聞きたくて。」
オレが樋口さんを追いかけようとした際、彼がこちらをずっと見ていたけれど、あれは多分樋口さんが吐いた後の処理を押し付けられたと彼が感じたから、見ていたのだと思うのだよね。
さっき来てすぐに気付いたが、跡は残ってはいるものの吐瀉物はキレイに片付けられているもの。
「なるほどね。」
だから、掃除をさせてしまった森田くんにもきちんと謝りたいところだが、一番は……
「樋口さん、ストーカーに追い詰められてたみたいだから、オレ……どうしても助けたくって……清水さんがあんな事になってるから、今は取り乱してるけれど……オレに出来る事、今はしようかと……」
「やっぱ、お前イイヤツだ……」
「え?」
オレが何とか自らの考えを口にすると、近藤くんは再び呟いてからまた考える素振りを見せた後で、再度口を開いた。
「……よし!じゃあ、俺が桜井に協力するよ!」
「え、でも悪いよ……」
彼の様子を見る限り、興味本位という訳ではないようだが、こちらの事情に巻き込むのもなぁ……
「気にすんな!」
「でも……」
確かにオレ一人より、顔の利きそうな近藤くんの協力を得られたら心強いが……
「迷惑だったか?」
オレが逡巡している間に、近藤くんが酷く悲しそうな表情を浮かべつつ尋ねてきたので、彼は善意から申し出てくれたのだと気付き、オレは確認の意味を込め問い返す。
「……本当にいいの?」
「ああ!遠慮すんな!それに、俺も迷惑かけた奴らに謝って回ってる最中なんだ。そのついでに皆から話を聞くだけだよ。」
すると、彼は嬉しそうに表情を崩しながら、親指を立ててみせた。
……リアルにやる人、初めて見たかも。
そうしてオレは名前を知らなかったが、武田、青木、佐藤という同級生への謝罪行脚に同行する事となる。
どうやら、近藤くんはその三人の部屋へ向かう途中で、清水さんの部屋の惨状に気付いたらしい。
「……行くか。」
通路の分岐の側にある清水さんの部屋から、更に進み奥まった位置にある部屋の扉の前に立つと、近藤くんは軽く深呼吸をした後で数度扉をノックする。
「誰……?」
「お、俺、近藤……だよ。」
中から恐る恐るといった様子で返事が返ってきたので、近藤くんも恐る恐る自らの名前を告げた。
「近藤……って、ヒロト?」
「うん。その声は、青木だよな?」
「そうだけど……な、何か用……?」
これ、声の様子から察するに、青木くんとやらはあからさまに近藤くんを警戒してるよな?
「武田達はいる?」
「……居るけど、会いたくないって。」
どうやら、他の二人も中に居るらしいが、近藤くんとは顔を合わせたくないようだ。
他でもトラブルを起こしていたらしいから、仕方ないか……
「……そっか。じゃあ、そのままでいいから聞いてくれないかな。」
「え?」
「迷惑かけて、ごめん。言い訳するつもりはないよ。でも、もう二度とあんな事はしない……それだけ言いに来たんだ。じゃあ……ごめんな、桜井……いこう。」
だが、近藤くんはそんな青木くん達へ向け、見えていないであろうに頭を下げ謝罪を口にした後、オレにも謝罪をしつつ扉の前から立ち去ろうとした。
すると……
「ま、待って!ヒロト!」
「青木……?」
……見覚えのあるクラスメイトが扉を開け、顔を覗かせる。
「斎藤達と違って、ヒロトは元に戻ったの……?」
「うん……」
斎藤が誰かは分からないが、恐らく食堂にいる連中の一人なのだろう。
やはり彼らも柴田や食堂にいる連中を警戒しているようだ。
「そっか……ちょっと待ってて。」
青木くんはそう言うと扉を閉め、数分してから再び扉を開ける。
恐らくは、中に居るらしい二人と相談をしていたのだろうな。
「中に入って……柴田は、いないよね?」
「いないよ。保証する……ただ、桜井も一緒にいいかな?」
「桜井……って、ああ、転校生か……うーん大丈夫そう、かな……いいよ。」
柴田はともかく、オレを見て一瞬悩んだって事は、青木くん達も噂みたいなものを知ってるって事か?
「な、なぁ……青木?本当に、大丈夫なんだよな?」
「柴田も居ないみたいだから、多分……」
「多分って!?」
「柴田が桜井の近くに居ないのは、俺も確認してるから大丈夫だよ。アイツの性格は俺が一番よく分かってるから。」
どうやら、三人の会話や近藤くんの言からして柴田の性格上、操っている場合は近くで観察するのは間違いないらしい。
だから彼はオレに謝る前に、まず周りを確認していたのか……
だが……うん。それはさておき、ちょっとだけど近藤くんがどういう人なのか、オレにも分かってきたぞ?
「こ、近藤くん?三人が言ってるのは、そういう意味じゃないよ……?」
「え!?そうなの!?」
「……確かに、いつものヒロトだ。」
どうやら今のやり取りで三人も近藤くんが正気だと理解したらしく、以後は三人への再度の謝罪の後、オレが一緒にいる理由について話す事が出来た。
しかし……
「誰も何も知らないのな……」
「そう、みたいだね……」
……オレと近藤くんは中庭に移動した後、地面に腰を下ろし向かい合いながら、二人で頭を悩ませていた。
オレ達がこうして頭を抱えているのは、武田くん達は勿論、彼らとの会話の後にも既に謝罪を終えていた他のクラスメイトにも確認したのだが、ストーカーの正体はおろか、人によっては清水さんの死すら知らないらしかったからだ。
どうやら、柴田の暗躍や他にもおかしくなっているクラスメイトがいたせいで、情報や交流の分断が起きていた上に、オレまでもが暴れ回っているという、根も葉もない噂が出回っているのだそうで……
だからここ数日は、殆どのクラスメイトは出歩かなかったようで、スマホに関係性を依存していたオレ達しかいない事は、ストーカーや殺人犯に都合の良い状況だったのだろう。
どうりで、館を歩き回っても誰も見かけないワケだよ。
しかも、今回近藤くんに同行して気付いたのだが、各々の部屋がかなり離して配置されていて、かつ武田くん達を含めて何組もが一部屋に固まっているせいか、余計部屋と部屋の間隔が開いてしまっているのだ。
確かにこれじゃあ、他の部屋で何かあっても気付きようすら無いわな。
……ただ近藤くん曰く、現状でのクラスメイトの犠牲者は清水さん一人だけらしい。
食堂に居る数人を除いて、オレと出会うまでに顔を見せずとも返事があった人を数えた結果のようだが、だとしたら安置所の他の遺体は必然的に世話係の人達になる……が、それはそれでまずいな。
だって、そうなると昨日樋口さんが推察した通りに……つまりは、オレ達への最初の説明から考えれば、世話係は獣人だと気付かせる事で、敵が紛れ込んでいると誤解させ、殺させる……要するに、彼らは状況を加速させるためのブースターとして用意されているのだろう?
なら、現状は既に手遅れに近くならないか?
不幸中の幸いなのは、どうやらクラスメイト達の部屋だと世話係が部屋に常駐してはいないらしく、まだ被害が拡大してはいない事ぐらいか……
「……しかし困ったな。」
整理している中でこれらの事実に改めて気付き、此処の連中の悪辣さに戦慄していると、不意に近藤くんが口を開く。
「何が?」
「何人かが、桜井を見ると顔色を変えて部屋に閉じこもったじゃん?あり得ないのに、よく信じるよな。」
「オレに聞かれても……でも、何か人殺しがどうこうって、森田くんが言っていたような?暴れてるって話とは、明らかに別口の噂だよね?」
そういや、アレも一体どこから湧いた噂だよ……心当たりがないわけではないが、転校前の話だぞ?しかも、人を殺したどころか、打撲とかの軽い怪我だったはずだ。
肝心の森田くんを見つけられていたら聞けたのかもしれないのだけど、近藤くんと一緒に彼の部屋を尋ねたが不在だったのだよな。
全ての部屋を見て回ったわけではないから、偶々なのかもしれないが……
「あー……」
「樋口さんが森田くんに話したら理解してくれてたけど、もしかしてその所為もある?」
まぁ、アレは到底説得と呼べるものなどではなく、ただのゴリ押しだったがね?
「いや、それは無い……はず。」
「え?」
これ、もしかして皆知ってる話なの?
「だって、学校で出回ってたその噂、オレが潰して回ってたはずなのに……あれだけあり得ないって言っても、まだ皆信じてるのかよ……」
「どういう事?」
はて?オレの悪評を潰して回ってた……?
噂の出所はさておき、彼は何故そこまでしてくれるのだろう?
幾ら人が良いにしたって、オレとしてはそこまでしてもらえるような事を、近藤くんにした記憶は無いのだが?
「まぁ、そんな話はいいから、とりあえず作戦考えようぜ?」
「作戦?」
オレとしては置いとくような話でもないのだけど、何の事だろう?
「桜井のイメージアップ作戦だよ。このままじゃ、話も聞いてもらえないだろ?」
「いや、趣旨がズレてるよ!?」
「えー?そうかぁ?」
彼がこういう人だって薄々分かってはいたが、今はオレなんかより樋口さんが優先なんだって……
「オレのイメージなんてどうでもいいから、ストーカーの情報集めをどうするか考えようよ。後、清水さんをあんな目に合わせた犯人も探さないと。」
「こんな状況でお前、凄いな……って、もしかして桜井は犯人がオレ達の中にいるって考えてる?」
「いや、そこまでは分からないよ。でも、少なくとも近くにはいると思う。」
あんな事が出来る人間が近くにいるとは思いたくはないけれど、実際に起きてしまっているのだから、警戒は必要だもの。
「アレを人間がやったって?どう見ても人間技じゃないぞ?モンスターか何かじゃないのか?」
「あ、えっと……ちょっと、人に聞かれたくない話だから、場所変えない?」
あまりクラスメイト達が出歩かないにしても、大っぴらにするような話でもない為、なるべく人目につかない場所への移動を提案すると、近藤くんは少し考えてから口を開く。
「んじゃ、桜井の部屋に……」
「いや、オレの部屋、今入れない……樋口さんがいる……」
オレが言い淀みながらも彼女がいる事を告げると、彼はどこか納得したような表情を浮かべた。
「そっか、ならしょうがない……ちょっと遠いけど、俺の部屋に行こう。」
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