第25話

 シャワー室を後にして部屋へと戻る道中、先程の会話の最中からどうしても樋口さんに提案したい事があった為、オレは恐る恐る彼女へ尋ねる事にした。


「ねぇ……ちょっといいかな、樋口さん?」


「何かしら?」


「考えたんだけど、清水さんに協力してもらったら、ストーカーも……って、どうしたの?」


 オレが言い終える前から、樋口さんは酷く険しい表情を見せた為に質問を止め、彼女の様子を伺うが、彼女は険しい表情を浮かべたままオレに先を促してくる。

 

「何でもないの、続けて?」


「うん……清水さんに聞けば、ストーカーも誰か分かるんじゃないかな?」


「……それはどうかしらね?」


 オレが改めて尋ねると、樋口さんは足を止めて瞑目し、ため息を吐きながら何かを呟いた。


「何て言ったの?」


「気にしないで頂戴……でも多分、協力はしてくれないと思うわよ。」


 彼女は瞑目しつつ軽く首を横に振った後、少し苛立ちを見せるもはっきりとした調子で否定の言葉を告げる。


 ……そういや、確か大浴場で会った時に脅したって言っていたな。


 でも、だからって協力を得られないとは限らなくないか?


「どうして言い切れるのさ?」


「……食い下がるのね?」


 オレが口にした疑問が余程お気に召さなかったのか、彼女は苛立ちを隠そうともせずにオレを睨みつけた。


「いや、むしろ普段なら樋口さんが真っ先に考えるような事だと思うけど……」


「そ、それは………とにかく!!私はいかないわよ!!」


 どうやら当人も一度は考えたからなのか、図星だったらしく明らかに落ち着きがなくなりながらも、彼女はますます声を荒げる。


 これは……


「……わかった。」


 その様子に、樋口さんと清水さんの間には浅からぬ因縁があるのだとようやく気付き、オレは踏み込んでしまった事への申し訳なさから、短く返す事しか出来なかった。


「ごめんなさい……でも、そっとしておいてほしいの。」


「うん……」


 オレが引いたからか、彼女も冷静さを取り戻したようで謝罪の言葉を口にした後は、気まずさもあってかオレ達は無言のまま部屋へと歩いていき、出迎えてくれたアルマへ戻った事を伝えると、そのまま言葉少なに寝室へ入る二人を見送る。


「……じゃあ、おやすみ。」


「おやすみなさい……」


「おやすみ、なさい?」


 清水さんが樋口さんと出会った時に悲鳴をあげたらしい事や、先程の態度からも二人の間に何かがあったのは間違いないが……樋口さんの事情だものな。


 各々事情があるだろうに、軽率に踏み込んでいい話では無かったよ……


 そう反省しつつベッドで横になると、長かった一日の疲労感からか、先程寝つけなかったのが嘘のように、あっさりと眠りへ落ちていった。



 ーーー翌朝。


 清水さんに話を聞く案を却下されたオレは、まずは何でもいいから情報を集めようと考え、昨夜ストーカーらしき人物が覗いていた辺りから調査を開始する事にする。


「とはいえ……ヒントになりそうな物は何も無いんだよなぁ……」


 オレとアルマが窓から外へと降り立ち、樋口さんは上から異常を探すという役割分担で捜索を始めたのだが、暫く探しても足跡すら見つけられずに途方に暮れると、見かねたらしい樋口さんが頭上から声を掛けてきた。


「どう?何か見つかった?」


 そんな彼女を見上げつつ、オレが返事を返した直後、ふと目線の先の壁に何かが付着している事に気付く。


「何も……って、何だ?よく見たら、壁の薄い取っ掛かりみたいなとこに、指の形みたいな跡がついてるぞ?」


「指の形?」


 オレの言葉が気になったらしい彼女が窓から身を乗り出しながら覗き込むけれど、どうにも見えないらしく頻繁に頭を左右へと彷徨わせた。


 跡と言っても、本当に指を引っ掛けるのがせいぜいのでっぱりについている為、近付かなければ分からないのだろうな。


「そう。よく見たら、何ヶ所かに指を引っ掛けたみたいな跡が……指紋みたいなのもあるし、間違いないと思う。」


 そう考え、詳細な情報を彼女へ口頭で伝えると、樋口さんは少し考えてから頭を上げた。


「それってまさか……」


「うん。犯人のものじゃないかな?でもなんだこれ?なんかネバネバしてるし……きもちわりぃ……」


 指の先で触れてみると粘性が高く指にまとわりつくような感触があり、且つやや黒ずんでいたのでオレは慌てて壁に擦り付ける。


 流石に、〝アレ〟ではないとは思うが……


「粘り気があるの……?」


「あるね。匂いは……何だろ?嗅いだ事あるような、無いような?」


 粘性が非常に高い事から、体液の類いでない事に安堵しつつ改めて匂いを確かめると、何処かで嗅いだ事のあるような独特の匂いがした。


 何だろ?田舎のばーちゃんちで、似たような匂いを嗅いだ事があるような……?


 何だっけ、これ……?植物、みたいな……?


「どっちよ!?」


「わかんない……アルマなら分かるかな?」


 匂いで個人を判別出来るぐらいだからね。


「聞いてみたら?」


「そうだね……ねぇ、アルマ?この匂いが何か、分かるかな?」


「んー……」


 オレがそう問いかけると、アルマは粘液の匂いを確かめるように鼻を寄せた後、地面を這うようにして身を屈めつつさらに鼻を鳴らしてから、確かめ終えたのかオレの手を引き始める。


「こっち!」


「あ、ちょっと!?どこ行くの!?」


「二人とも待って!!私も今降りるわ!」


 オレの手を引いて走り出そうとするアルマを何とか引き留め、窓から降りる樋口さんに手を貸してからオレは再度アルマに追跡をお願いして、樋口さんと二人でアルマの後を追う事にした。


 ……途中何度か立ち止まっては、その度にあちらこちらの匂いを嗅ぐ仕草を見せるアルマを見ているウチに、オレはつい自分の家の犬を思い出して、思わず口に出してしまう。


「……なんかさ?」


「何かしら?」


「犬みたいだよね?」


「まぁ、狼だもの。」


 言われてみれば……



 そうしてアルマの背中を追いかけていると、森から建物を大きく迂回しつつ庭を通り、別館との渡り廊下から再び建物内に入った後で、突き当たりにある扉の前でアルマは立ち止まり、オレ達へ振り向きながら指差す。


「ここ!」


「此処から匂いがするの?」


 食堂の先、シャワー室よりもさらに奥にあるからか薄暗く、とても人が過ごす用途の部屋だとは思えないのだが……本当に此処なのか?


「はい!」


 疑問に思いながらも尋ねると彼女が自信満々に頷いたので、オレは恐る恐る扉を開けて確認するのだが、中は照明などはなく、小さな窓から差し込む光でかろうじて物が乱雑に詰め込まれている様子だけが分かる。


 これって……


「中は……物置?」


「何でこんな所に……?」


「さぁ?オレに聞かれても……」


 周囲と同様に内部も薄暗い為、入り口から見回すも特に目ぼしい物があるようには見えない。


 それに、頻繁に兵士が出入りしているらしく、清掃も行き届いているようで埃もない為、足跡もわからなさそうだ。


 恐らく、あの粘液は此処に保管されているって事なのだろうが、知りたいのはそういう事じゃないのだよなぁ……


「参ったわね……これじゃあ、ヒントにもならないわ。」


 どうやら樋口さんも似たような事を考えたらしく、少し困った表情でオレに視線を向ける。


 これで犯人が分かると期待していた訳ではないけれど、こんな事を繰り返したところで、いつまで経ってもストーカーにたどり着けるとは到底思えない。


 まだ調査を始めたばかりではあるが、手っ取り早く正体を突き止める方法がある以上、回りくどい事をする理由だって無いはずだ。


 その間、彼女のストレスになり続ける訳だしね。


 そうして、やはり清水さんの協力を仰ぐべきだと考えたオレは、不興を買うことを覚悟で樋口さんへと問いかける。


「そうだね……こうなったら、樋口さん?やっぱり……」


「言いたい事は分かるわよ?でも、多分向こうが嫌がるの。」


「清水さんがって事?」


 昨夜の苛立ちとは違う、酷く悲しそうな表情でそう告げる彼女を見て、オレはやはり二人の間には何かがあったのだと確信する。


 だが、オレが容易く踏み込んでもいいものなのか?


「……そう。」


 こちらの問いかけに益々眉を寄せる彼女を見て、どうにも放ってはおけなくなったオレは、意を決して口を開いた。


「二人の間に……何か、あったの?」


「ごめんなさい。幾ら貴方相手でも、話したくない事はあるわ……」


 そりゃ、友達といえど軽々に踏み込んでいい話じゃないのは分かってるよ?


 だけど、確実に犯人を突き止める手段があるのに、確かめない訳にはいかないんだ。


 何より、オレはキミを助けたいって考えてるから……


 彼女が申し訳なさそうに目を伏せた姿を見て、深く踏み込もうとした事を反省しつつも、オレは自らの率直な気持ちを伝える事にする。


「分かった、これ以上は聞かない。でもさ……」


「でも?」


「オレ、今の状況だと背に腹はかえられないと思うんだよ。だから、清水さんが嫌がるにしたって、話だけでも聞いて貰うべきなんじゃないかな?」


 オレが真っ直ぐに彼女の目を見ながら話すと、樋口さんは少し驚いたような表情でこちらを見つめ返した。


「マサトくん……」


「オレは樋口さんが心配なんだよ。だから……」


 まとまらない思考のまま思いついた言葉を口に出していると、不意に樋口さんが口を開く。


「……分かったわ。でも、お願いがあるの。」


「お願い?」


 何だろう?


「私の代わりに、彼女と話してほしいのよ……」


「うん。任せてよ。」


 オレが焚き付けたんだから、そのくらいはお安い御用だ。


「ありがとう……」


 お礼を告げる彼女の表情は今まで見た中で一番不安に満ちたものであったが、オレにはどこか安堵しているような響きが混じっているようにも感じられた。



 それから、不安げな表情の樋口さんに案内されるがまま、自分の部屋とは違う方向へ向かう廊下へと案内されながら、オレは漸くこの建物が妙な造りになっている事に気付く。


 何というか、こう……人が住む為というより、まるで子供が考えたような部屋割りにも……?


 なんせ建物の形自体がL字型とか、丁字型とかではなく、造りが王の字に近い上に、通路を挟んで両側にまで部屋があるんだよ。


 これだと日当たりが部屋によって大分変わってくるから、人が過ごすには向かない部屋が増えるよな?


 人を収容するだけなら効率はいいかもしれないけどさぁ?


「清水さんの部屋は此処で合ってる?」


 ……などと考えている間に、樋口さんがとある部屋の前にて無言で足を止めたので、オレが問いかけると彼女は緊張した面持ちで頷き返す。


「えぇ……あの子が部屋を移動していなければ、だけど……」


「分かった……じゃあ、ノックするよ?」


「う、うん……」


 扉の前に立ち、後ろにいる樋口さんへ改めて確認すると、彼女はさらに顔を強張らせつつも頷いたので、オレは数度だけ一定の間隔で扉を打ち鳴らす。


 ……だが、ノックの後少し待っても、中から返事がくる事は無かった。


「……あれ?」


 寝ているか、はたまた不在なのか……


 そう考えて、そっと取手を回してみるも、どうやらカギがかかっているらしい。


「いないのかな……?」


「変ね?あの子はずっと部屋に閉じこもっていたから、居るはずなのだけど……」


 ここ二日はオレ達とずっと一緒にいるとはいえ、それまで館を探索していたらしい樋口さんがこう言うって事は、間違いはないのだろうが……だったら、何故?


「うーん……じゃあ、どうしよ?中にいるんだよね?」


「鍵が掛かっているのなら、多分……」


 彼女の言う通り中から鍵が掛かっているのだから、恐らくは部屋にいるのだろうと考え、オレは再度ノックをするがやはり反応は無い。


 参ったな……多分誰とも会いたくないからなのだろうけれど、このままじゃ埒が開かないぞ?


 ……女の子の部屋だからあんまり気乗りはしないが、こうなったらこの手しかないわな。


「じゃあ仕方ないか……アルマ、兵士から鍵を借りてこれる?」


 最終手段の為、あまりやりたくはないが清水さんと会わない事には何も進まないので、鍵穴を指差しながら告げると、アルマは少し悩んで頷きその場を後にする。


 兵士が鍵を貸してくれるかは分からないが、無理矢理押し入るよりかはマシだ。


 ゆえに後は待つだけだと、そう考えた直後ーーー



「お、おい?そこで何してんだよ……そ、そこはお前らの部屋じゃ、ないだろ……?」


 ーーーこちらの様子を探るように話しかけられると同時に、まるで靴裏にガムが貼り付いた時のような粘着質な音が微かに聞こえる。


「……ん?誰?」


 見た覚えはあるが、誰だっけ?


「あなたは……森田くん?」


「しかも、お、お前!し、清水の部屋になんか近づいて何企んでるんだよ!」


「企む?オレが?何を?」


 目の前に現れた見覚えのある人物は、オレを指差しつつ意味のわからない事を捲し立てたので、少し苛立ちを覚えながらも彼に問い返す。


 もしかして、森田くんとやらはオレと誰かを勘違いしてるのか?


「と、とぼけんなよ……お前なんだろ?見かけなくなった奴らを殺して回ってたのは……それに、ぼ、僕は知ってるんだぞ!お前が……ひ、ひ、人殺しだって!!」


 オレが呑気にそんな事を考えていると、森田くんがこちらを指差しながらそう叫んだ。


「はぁ?」


 ……いきなり何言ってんだ、コイツ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る