第121話 奏視点

 カンッ…と高い木の打ち合う音が響いて、私の手にあった木刀が宙を舞う。持っていた手はジンジンと痛みを訴え、動き続けた事で心臓はバクバク。正直立っているのがやっとだ。


「ほら。早く拾う」


 なのに目の前のヒトは、面白そうに笑って私を急かす。


「―――この鬼!」


「鬼人だからね。そこまで吠えられるなら、まだ元気じゃないか」


「うぅ…」


 手を何度か動かして痺れを何とか軽減しようと悪足掻きしつつ、地面に横たわった木刀を持ち上げる。何度も打ち合った木刀は傷だらけで、次やったら折れてしまいそうだ。


「それが折れたら休憩にしよう」


「うげぇ……」


「こら。女の子がそんな声出さない」


 珠李さんが構え直し、それに合わせて私も構えを取る。基本的にこの特訓は珠莉さんが受けで私が攻めだ。けれど当然反撃もあるし……隙があれば容赦無くぶっ叩いてくる。


「っ…!」


「おや、これを躱すか」


 反射的に飛び退くと、私の目の前を木刀の切っ先が通り抜ける。あっぶな!?


「君はやはり勘が鋭いようだ」


 珠李さんの姿がブレる。速すぎて見えないけれど、動いたことによる土埃は隠せない。それから導き出される動きを予想して動けば、予想とは反対の方向から身体に衝撃が走った。


「しかしそれは短所にもなり得る」


「ゲホ…ッ!?」


 今、なにが……


「所謂誘い込みというやつさ。君は無意識に肌からの感覚で予想し動いている。それ自体は良い事だが、風の流れ等を必要以上に敏感に感じてしまっている」


「風…」


「私が近付いた瞬間に吹く風で、真っ先に身体が反応していただろう? その感覚に集中を割いてしまうせいで、私が急に方向転換した事に気付けない」


「………じゃあどうしろと?」


「君は触覚しか感覚がないのかい?」


「………」


 音、匂い、視界。それらを有効的に使え、と。


「攻撃と防御、回避。それらは全て繋がる。その時基準になるものを見付けるんだ」


 そう話している間にも攻めの姿勢は止めない。少しでも思考を外せば、珠李さんから手痛い反撃を食らってしまう。


 全ての動きは繋がっている。その時重要になるものはなんだ? なにが必要になる?


「…っ」


「動きを止めるな」


 木刀が腕をかすめ、じんわりと熱を持つ。止めるな、動け。思考しろ。どう動く。どう


 木刀がぶつかる。音が響く。足が地面を滑り、互いの呼吸が重なる。繋げろ。全て…っ!


「………」


 音が響く。ただ一つの音が、私の中で共鳴する。これだ、この音だ…!


 木刀がぶつかる。反撃が来る。回避は。だから受ける。音が繋がった…!


「…それでいい。さぁここからどうする?」


 珠李さんの動きが変わる。流れが変わる。いつまでも同じじゃない。


「一つの事に集中するな。全てを理解しろ」


「っ…!」


 タイミングがズレて、木刀が私の手を容赦無く叩く。思わず取りこぼしそうになったけれど、それを根性で耐えて情報を集める。


 音は揃った。なら次は目だ。自分の音と、目の前の動きを同調させる必要がある。

 珠李さんの動きを良く見ろ。観察しろ。理解しろ。


 少しずつ、視野が広がっていく感覚がする。

 手の動き。足の動き。視線の動き。そして、身体全体の動き。そこに私の動きを合わせる。途切れさせるな。テンポを合わせろ…っ!


 木刀が打ち合う音が、一つの曲のように繋がっていく。次の動きが分かる。見える…!


「っ…!」


 あと少し。もう少し…っ!!




 ――――――バキンッ!


「ぁ……」


 突然響き渡った破砕音に、私の意識がギュンッと戻ってくる感覚がする。そしてそこから一気に疲労が押し寄せて、視界が反転した。あぁ…あとちょっとで分かったような気がするんだけどな……。


「おっ…と。大丈夫ですか、奏様?」


「…ん。ありがとー、紫乃ちゃん」


 地面にキスしかけたところで、駆け寄ってきた紫乃ちゃんが私を支えてくれた。危なげなく出来るあたり、やっぱり紫乃ちゃんもしっかり腕力あるんだねぇ……


「今日はここまでにしようか。だいぶ最後は動き方が良くなっていたよ。その感覚を忘れないように」


「はぁい…」


 地面に座って動けなくなった私を、紫乃ちゃんが汗を拭いたりして甲斐甲斐しく世話してくれる。……何となく瑠華ちゃんに似てきたね。


「手の治療は後で瑠華様にしてもらうといい。私はあまり得意ではないからね」


「分かりました。…あの、ちょっといいですか?」


「なんだい?」


「瑠華ちゃんって、やっぱり珠李さんより強いんですか?」


 何回か特訓に付き合ってもらって、珠李さんがとんでもなく強いっていうのはよく分かった。でもそれとあの時の本気の瑠華ちゃんを比べると、なんだか少しの違和感があったんだ。


「ふむ…それは難しい質問だね。強さという観点から見れば、私は瑠華様には遠く及ばない。だが、技量という観点であれば、私に分があるだろうね」


「技量……」


「もとより必要では…おっと。これ以上は止めておこうか。兎に角、瑠華様と何でもありで戦うのであれば、まず間違いなく私に勝ち目は無い。しかし瑠華様が限りなく制限を自身に課した場合は…分からないね」


 限りなく、制限を……それだけしないと、珠李さんでも勝ち目が無い。ならあの時の瑠華ちゃんは、全く本気では無かったって事かぁ……。


「はぁ…先は長いなぁ……」


「ふふ…でも希望はある。少なくとも、私はそう感じたよ」


「それ本当ですか…!?」


「ああ。君は覚悟が違うと見た。その覚悟は、私が見てきたどの存在よりも強く感じる。……焦らず、着実に進めばいい。瑠華様が途中で見放すなんて事は、万に一つもないのだからね」


「………」


 珠李さんは、私に期待してくれている。それは多分、瑠華ちゃんも同じ。後は、私がどれだけ努力を重ねられるかだ。


「…紫乃ちゃん。瑠華ちゃん今何処にいるか知ってる?」


「瑠華様でしたら、お部屋でお仕事中でしたよ。お会いになりますか?」


「んー…いや、伝言頼もうかな」


「伝言?」


「うん。私もうちょっと休んだら、一人でダンジョン行ってくるから。晩御飯までには帰るって伝えておいて」


「……かしこまりました」


 さて。千里の道も一歩から、だね。まずは瑠華ちゃんに頼ること無く、一人で危なげなく攻略出来るようにならないと。

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