第90話

「ねぇねぇ瑠華ちゃん。私の刀には何か使えるスキルないの?」


 奏がクイクイと瑠華の袖を引き、少しの期待と不安を滲ませる眼差しを向ける。それに凪沙に対する嫉妬も少なからず含まれている事を見抜いた瑠華は、微笑ましいものを見る様な柔らかい笑みを浮かべて、安心させるように弓を消した手で頭を撫でた。


「無論あるぞ。最も奏に合っているのは、[抜刀術]というスキルじゃな」


 [抜刀術]は鞘から抜いたその瞬間の攻撃力に補正が掛かるスキルであり、普段鞘に収めた状態で戦う事の多い奏にとってはうってつけのスキルだろう。


「[抜刀術]……」


 :突き詰めるとめちゃ早い居合いが出来るやつ。

 :シンプルだけど強いんだよね。

 :ただ刃の入りが悪いと刀折れるけど。


 シンプルな効果ではあるが、ただ抜刀するだけで使いこなせる程簡単なスキルという訳でも無い。本人の技量が伴って初めて、使えるレベルになるスキルだ。


「刀の耐久に関しては〖魔刀・断絶〗を使えば問題なかろう。スキルを同時に使うというのは今後必要になる技術じゃろうしのぅ」


「スキルの並列かぁ…これないと厳しいかなぁ」


 奏が目線を向けた先にあったのは、首からぶら下がったネックレス。瑠華の魔力が込められた魔力タンクが無ければ、今の奏にとってスキルを一つ発動する事すら難しい。


「…瑠華お姉ちゃん。私も欲しい」


「ん? ……後で聞いておこうかの」


 元々奏が使っているネックレスはスポンサーからの提供なので、雫に聞いてみるのが一番手っ取り早いだろう。


「兎に角私はその[抜刀術]? を獲得する事を目指せばいいのかな?」


「それはそうじゃが…正直な話をすれば、今からわざわざ意識する必要もさして無いとは思うぞ?」


 スキルは動作の繰り返しによって獲得へと近付く。普段から抜刀しながらの攻撃を多用する奏ならば、今更意識せずとも獲得は出来るだろう。


「後はそうじゃな……[リンク]というものも、奏には合っておるかと思うぞ?」


「[リンク]?」


「使役したモンスターと意思疎通を行う事が出来るスキルじゃよ。それがあればわざわざ口に出さずとも、意図を汲み取って動いてくれるようになるでの」


「美影用って事か…わっ」


 奏が名前を言った事で呼ばれたと思ったのか、スルリと影から美影が飛び出してきた。


「ごめんね、呼んだ訳じゃないんだ」


「クゥン……」


 間違いを詫びて頭を撫でれば、しょげた様な鳴き声を上げて奏を見上げる。それにうっと言葉を詰まらせながらも、今日は凪沙の慣らしが目的なので、罪悪感を抱えつつ影に戻した。


 :美影ちゃん可愛い。

 :マジで反応が犬なんだよなぁ。


 その様子にコメント欄がほっこりしつつ、瑠華達は先へと歩みを進めた。


「今日はどこまでいこうか?」


「平原ダンジョンは一階層しかないからの。時間で区切るのが良かろう」


「あー、成程。じゃああと三十分くらいかな」


「その時間が来る前に凪沙の矢が切れそうではあるがの」


「ん。何とか持たせる」


 :瑠華ちゃんが矢を作るとかは出来ないの?

 :あっ、その発想は無かったわ。

 :確かにそれなら実質無限では。

 :誰も瑠華ちゃんが作れる事疑ってなくて草。いや多分出来るんだろうけど。


「って言われてるけど?」


「ふむ……まぁ作れなくは無いな。ここには材料となる木は少なからずあるしのぅ。ただ…それならばこちらの方が楽じゃな」


 そう言って作り出したのは、先程の弓と同じく〖魔法板〗で構成された矢。半透明な見た目をしてはいるが、その強度は鉄を遥かに凌ぐものだ。……当然言わない限りは気付かれないが。


 :出た万能チートスキル。

 :文字浮かび上がらせるだけのゴミスキルだと思ってた時が自分にもありました。

 :誰もまさかこんな事に使えるとは思わんて。

 :そう考えると瑠華ちゃんよく気付いたね。


(……気付いたもなにも、妾が創ったのじゃがな)


 しかしそれを口にすることは無い。流石の瑠華でも、スキルを創るという行為の非常識さに関しては理解していた。


「凪沙、使えそうか?」


「んー……ちょっと軽過ぎるかも」


 瑠華から受け取った矢を番えて放つも、直ぐに軌道が横へと逸れた。どうやら矢そのものの重量が足りなかったようだ。


「重さか…単純に重くする事は出来るが、携行する事を考えるとそれは少し悪手かもしれんのぅ」


 性質を変化させられるのだから、当然重量を増やす事は可能だ。しかしだからといってただ重くしてしまえば、持ち運ぶのに支障が出る。


「……書き加えるか」


 そう呟いて手にした矢を宙に浮かべると、まるで巻物を解く様にして矢が広がり、一枚の板になる。そこに薄らと文字が浮かび上がっては消えを繰り返し、その度に板は輝きを増していった。


 :なんかまたやってる。

 :そっか、元は書くための板だから…

 :つまり色んな効果を書くことで付与するってこと?


「その認識で間違っておらんよ。ただ〖魔法板〗に意味を持たせようと思った場合は、魔法文字を使う必要があるがの」


「あのめちゃ難しいやつ…」


 :魔法文字とは。

 :奏ちゃんは知ってるっぽい?

 :前配信で言ってたやつ?


「あ、そうそう。簡単に説明すると、一文字にめっちゃ多くの意味がある文字だよ。その分込められる効果も強くはなるんだけど……正直一文字覚えるだけでも一苦労って感じ。頭痛くなる」


「今のところ奏はどこまで覚えたのじゃ?」


「まだ四つかな。大分慣れてはきたけど、やっぱり脳に直接情報を叩きつけられるっていうのは結構辛くてさ」


 :なーんかやばい会話。

 :これ聞いていいやつ?

 :瑠華ちゃんが止めないならいいんだろ。

 :瑠華先生! それ俺達にも覚えられますか!


「……いや、流石にこれを迂闊には教えられん。素質が無い者が扱えばその身を破滅させる恐れがあるでの」


「えっ」


 :こっわ。

 :てか奏ちゃん驚いてるあたり初耳だなこれ。

 :教えてなかったのか……


「奏にはその素質があるでの。無論それにも制限を設けてはおるが」


「教えてくれたの十文字くらいだもんね」


「それが奏の限界じゃからの。……よし、出来たぞ」


 魔法文字を書き加えた〖魔法板〗を再び矢の形に戻し、凪沙に手渡す。しかしその受け取った矢の重さは先程と殆ど変わっていないように思い、凪沙が首を傾げた。


「瑠華お姉ちゃん。重くなってないよ?」


「撃つまで重さは変わらん。弓より放たれてから重量が増すようにしておいたのじゃ」


 :何その矢欲しい。

 :また軽率にオーバーファンタジーしてるよ……

 :オーバーファンタジーは草。


 取り敢えず聞いてもよく分からなかったので、撃って確認してみる事に。狙うは離れた距離で伏せているリトルウルフ。

 キリキリと弦が引き絞られ、ヒュンッと風切り音を鳴らしながら矢が放たれる。すると少しの時間を置いてドスッと重い音が響き、見事にリトルウルフの頭を貫いた。


 :貫通した……

 :刺さったというより潰した気がしたんですが……


「うむ、見事じゃ」


「……私、瑠華お姉ちゃんは少し自重すべきだと思う」


「……奇遇だね。私も常々そう思ってるよ」




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