第84話

 猫カフェで存分に癒しを得た後、茜は次の目的地に頭を悩ませていた。

 時刻としてはお昼を少し過ぎたところで、まだまだ時間はある。夕食も二人っきりで取るつもりなのでそこの目星は付けてあるが、その時間まで過ごす場所は元々決めていなかった。その時に行きたい所へ行こうと思っていたからである。


「んー……るー姉何か希望ある?」


「…あまり思い付くものは無いのぅ」


 誰かと出掛けて遊ぶという行為自体殆どした事がない瑠華にとって、行きたい所など思い至るはずもなかった。

 茜としては瑠華が行きたいといえば何処でも良いと思っているが、その当人が希望が無いとなれば少し困ってしまう。


 結局十分ほどじっくりと悩んだ結果、近くにボウリング場がある事を思い出しそこへ向かう事にした。


「ボウリングか…茜はした事があるのかえ?」


「三回くらいあるよ。まぁそこまで上手くないけど……るー姉は身体動かして遊ぶ系が好きだと思ったから提案したけど、大丈夫だった?」


「構わんよ。茜が行きたい所であるのならばな」


 今日一日は茜の物。元より拒否するという考えはなかった。


 仲良く手を繋いで歩く事数分。辿り着いたボウリング場は、やはり夏休みという事もありかなりの混みようであった。とはいえレーンは空いていたようで、比較的待つこと無く中へと入る事が出来た。


「茜、教えて貰えるかのう?」


「まっかせて!」


 好きである以前に憧れの対象である瑠華に頼られ、ウキウキとした様子でボウリングについての説明を行う。


「自分の番につき二回ボールを投げて、奥にあるピンを倒した数で競う遊びだよ。最初の一回で全部倒したらストライク、二回目で全部倒したらスペアっていう状態になって、簡単に言うと得点が高くなるんだ」


「ふむ…つまり出来る限り一回目で倒せば良いのじゃな?」


「そうなるね。でもレーンにはガターっていう溝が両端にあって、そこに入っちゃうと一本も倒せなくなっちゃうんだ。後は投げる時にレーンに入っちゃうのも駄目。得点が無くなっちゃうよ」


「それらに気を付ければ良いのじゃな? 思うたより簡単なルールじゃの」


「簡単だけど奥が深いんだよ。……まぁ私もそんなにやった事ないからそこまで分かんないけど」


 兎に角投げてみようということで、まずは経験者である茜がレーンに立つ。

 線を越えない事を意識しつつボールを投じれば、少しのカーブを描いて並んだピンの左側を薙ぎ倒した。


「うぅ…あとちょっと右だった…」


 ストライクを取れなかった事を悔やみつつも、気持ちを切り替えて二投目。同じ所に向かわないよう力のかける向きを調整するも、虚しくほぼ同じ場所へと吸い込まれてしまった。


「六スコアかぁ…」


「中々難しそうじゃの?」


「うん。真っ直ぐ投げたつもりでも曲がっちゃうし、狙った所に投げるのは難しいね…」


 そして茜が場所を譲り、瑠華の番に。ボールの重さについては茜が選んだ物を使う事にした。


(ふむ…ボールの中に何か入っておるな。これが回転を生み出しておるのか…)


 手に持てば重心が偏っているのが分かる。瑠華からすれば、その誤差を修正しながら投げるという事も容易い。

 ……つまりどういう事になるかというと。


「わぁ…二連続ストライク……」


 当然そうなる。全ての事象を計算し意図的に引き起こす事が出来るのだから、寧ろ外す方が難しいのである。


「これは…考えず投げた方が良いな」


 点数を競う遊びだとすれば、瑠華の能力は間違いなく違法だろう。今まで全てを計算した上で行動する事を徹底してきた瑠華にとって、その計算を行う前に動くというのは未知の行動になる。


(それを今後学ぶのも良いやもしれんのぅ)


 考え無しで行動する事は絶大な力を持つ瑠華にとっては禁止事項の一つではあるが、それが許される場合と許される範囲を学ぶのは良いかもしれないなと瑠華は思う。


「茜の番じゃな」


「もう勝てる気がしないんだけど」


 と言いつつボールを投げる。すると真ん中へと当たったものの、結果は八本。……つまり、両端が残った。


「無理じゃん!」


「これは難しいのぅ…」


 計算したところ、不可能では無いだろうとは思う。だがその条件が一つだけしか該当しなかったので、瑠華であっても狙うのは難しいと言わざるを得ない。


「ふんっ!」


 一縷の望みを掛けて勢い良くボールを投げる。するとトップスピードに達したボールは右端のピンを左側から弾き、弾かれたピンがもう片方のピンを弾き飛ばした。


「やったぁ!」


「……成程。ピンを使うか」


 瑠華はボールの回転とピンに当たった時の反動を利用して、もう片方のピンへとボールを当てる事を想定していた。しかしボウリングとは、ボールだけがピンを倒すとは限らないのである。


「さて。……手早く投げるかの」


 思考を止めることは出来ないものの、計算結果が出て身体が勝手に動いてしまう前にボールを投げる事は出来る。

 ボールとレーンが壊れない程度に力を加減しつつ、適当になるよう意識して投げる。……何だか言葉が矛盾している様な気もするが、それは無視する。


 レーンを転がるボールはその軌道をズラす事無く突き進み、真っ直ぐに真ん中のピンへと吸い込まれた。……ストライクである。


「何故じゃ…」


「ストライク出して落ち込んでる人初めて見た…」


 原因としてはやはり瑠華の膂力だろう。最大限加減したとしても、ボールの重心すら無視できてしまうほどの速度が出てしまうのだから。


「むむ…次こそは…」


「…るー姉は一体何を目指してるのか」


 ストライクを出さないよう努力するその姿は不可解でしかなく、茜は思わず呆れた声を出してしまうのだった。






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