第68話
その後もいくつかのアトラクションを周り、とうとう集合予定時間を迎えた。最後はお土産屋を見て回るだけで終わったが、それでも十二分に遊ぶ事が出来た。
「楽しかったかえ?」
「うんっ。偶にはこうして皆で遊ぶのも良いね」
「機会があればまた企画するのも良いかもしれんのぅ」
元々は時間と資金が無かったからこそ行っていなかった旅行だが、今は配信のお陰で資金には割と余裕が生まれ始めている。次の旅行は比較的早く実現するかもしれないなと瑠華は思う。
「さて。今日はまだこれでは終わらんぞ」
「お泊まりで遊びに行くなんて初めてだからねぇ」
「皆羽目を外して迷惑を掛けんようにの」
「「「はーい」」」
瑠華が予約した【白亜の庵】は、この遊園地から無料のシャトルバスが出ている旅館である。そして今回は団体で予約したので、シャトルバスは貸し切りで運行して貰える事になっていた。集合時間をきっかり指定したのはその影響である。
やって来たシャトルバスに乗り込んで、揺られる事数十分。遊び疲れてクタクタになったのか数人が船を漕いでいたが、着いた瞬間に瑠華が手を叩いて微睡みから引き摺り出した。
「ぅん……」
「ほれ、あともう少しじゃから寝るでない」
それでも眠たげた様子の子達を奏達と協力して歩かせ、いよいよ目的地である【白亜の庵】へと入る。そして瑠華がカウンターでチェックインを済ませると、貰った館内図を頼りに部屋へと向かう。
宿泊する数が大人数の場合、複数の部屋を取るのが普通だ。しかしこの【白亜の庵】には最大十五人が泊まれる大部屋が存在していて、今回予約したのはそんな部屋である。
「流石に小学生の子らをバラけさせるのはのぅ…」
「まぁそうだね。それにこれはこれで特別感があって楽しいし、かなりアリだと思うよ?」
「確かにそうじゃな」
無事大部屋に荷物を置くと、丁度晩御飯の時間となった。どう考慮しても騒がしくなる予感しかしていなかったので、予め食事は部屋に運んでもらうよう手配していた。
「こういう手配瑠華ちゃん手早いよね…」
「あらゆる可能性を考慮して動いているからの。楽しむのはいいが、それで他者に迷惑を掛けるのは妾の望む所では無い」
瑠華が話せば皆言う事は聞くだろうが、一頻り遊んだ後であれば自制が緩む可能性は否定できない。ならば事前にその危険性は排除しておくに越したことはない。
【白亜の庵】は以前配信の視聴者が言っていたように、海鮮料理が有名な宿である。なので本日の夕食もまた例に漏れず多くの海鮮料理が並んでいた。
「瑠華お姉ちゃんこれほぐしてー」
「どれどれ…」
そんな中一匹丸々の焼き魚は小学生の子らからすると食べるのが難しく、瑠華が丁寧に箸を使って解してあげた。
「美味しい!」
「そうじゃのぅ…妾でもここまで味に深みを出すのは不可能じゃ」
瑠華は料理する事が好きではあるが、やはりその道を極めた者には及ばない。味の研究をするのも良いが、今はただその味に舌鼓を打って食事を楽しむ事を優先した。
十分に夕食を満喫すれば、後に残すはお風呂のみである。この旅館は大きな露天風呂が有名であり、そこは宿泊者専用となっている。なので瑠華自身その温泉は楽しみであった。
「良いか? 他の客も多く居るでの。走ったり騒いだりして迷惑を掛けるでないぞ?」
「「「はーい!」」」
食事は部屋に運んでもらったが、温泉を貸し切る事は難しい。比較的空いている時間を従業員から聞いてその時間に合わせたが、それでもゼロではない。
「温泉なんて初めてだから凄く楽しみ!」
「旅行は行けずとも、温泉程度ならば今後も連れて行きたいものじゃのぅ」
脱衣所で服を脱ぎ、いよいよ温泉とご対面。【白亜の庵】は内部風呂が五つ、露天が三つの計八つという多くの温泉を備えており、その光景は圧巻の一言に尽きる。
「おぉ〜…」
「思いの外凄いものじゃの。…これ。風呂に入るならばかけ湯をしてからじゃ」
「はーい」
早速湯船に入ろうとした子を捕まえ、かけ湯を浴びせる。半数はそのまま湯船に向かったが、残りの半数は体を洗ってから入るつもりのようだ。瑠華や奏も後者である。
「瑠華お姉ちゃん洗ってー」
「ん? まぁ良いが…」
わしゃわしゃと頭を洗ってあげれば、同じくして欲しいという子達で列が出来る。
「ほら、私が洗ってあげるから」
「えー…」
「瑠華ちゃんに迷惑掛けないの」
「はーい」
「私も手伝いましょう」
流石に全員を一人でやるには時間が掛かり過ぎるので、奏と紫乃がその手伝いに立候補する。
そうして手分けして洗っていると、先に湯船に向かっていた子達もそれに合流したせいで中々の時間を要する事となった。
「ふぃ〜…瑠華ちゃんお疲れ様」
「いつもの事じゃよ」
「でも今日くらいは休もうよ…」
「む……」
瑠華としては負担でも何でも無いが、奏の意見も一理ある。折角の温泉なのだから、この後はそれぞれに任せてのんびりしても良いかもしれないと思う。
やっと自分の身体を綺麗にする事が出来た瑠華達が、三人揃って露天風呂へと向かう。
「ふぅ…」
「何かあっても私が対処するから、瑠華ちゃんはゆっくりしてね?」
「…そうじゃな。では任せるのじゃ」
「では私は中の皆様を見ておきますね。逆上せてしまっては大変ですから」
「うむ。頼むのぅ」
そうして露天風呂には瑠華と奏の二人っきりになる。時間もまぁまぁ遅いので、他に露天に入っている人は居ないようだ。
「気持ちいーねー…」
「そうじゃのぅ…」
ゆったりとした時間が流れ、不意に奏が瑠華へと肩が触れ合う程に近付く。
「どうしたのじゃ?」
「んー? 何となく」
えへへと瑠華に笑みを零すと、瑠華もまた柔らかな微笑みを返した。するとその表情によるものか、それとも湯の温度によるものか、奏は一気に体温が上昇する感覚に襲われる。
(あぁ…やっぱり好きだなぁ…)
熱に浮かされ、普段よりも幾分か気持ちが緩んで意識が朦朧とする。次に意識がはっきりとしたのは、その柔らかな頬に一つ口付けを落とした後で。
「……奏」
「…ぁ……」
やってしまったと思っても、もう遅い。居た堪れなくなってつい離れようとすれば、その肩を強く掴まれ―――――
「――――ふぇ……?」
「妾の接吻は高く付くぞ?」
そう言ってクスリと笑うその笑顔は、いつの日か見たあの悪戯めいた笑顔で。
「………ムリ」
「奏…? 奏!?」
奏が顔を真っ赤に染めて気絶してしまうのも、無理はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます