第66話

 瑠華が凪沙を撫でて魔力で体調を少しずつ整えていけば、大分顔色はマシになっていった。


「もう大丈夫かの?」


「…もう少し」


 甘えたように瑠華の太腿にグリグリと頭を擦り付ける凪沙であったが、それも虚しく瑠華によって起こされてしまう。


「時間は有限なのじゃ。帰ってからでも出来る事は後回しにせんか」


「むぅ…」


 不満気ではあるが瑠華の言う事も理解出来るので、大人しく瑠華の隣りに座り直す。


「お待たせしました」


「すまんの、紫乃」


 とそこで飲み物を買いに行っていた紫乃が戻って来た。その手には水が入った三本のペットボトルが。


「凪沙さん、どうぞ」


「ん、ありがと紫乃お姉ちゃん」


「瑠華様もどうぞ」


「うむ、感謝するのじゃ」


 三人でほっと一息吐いて、次に向かう場所を相談する。


「この次はどうするのじゃ?」


「んー…今からの時間だと、ジェットコースターを一回が限界だと思う」


 お昼頃に班の入れ替えがあるので、混雑具合から考えてアトラクションはあと一個が限界だろうと凪沙は思う。中でも人気のアトラクションであるジェットコースターであれば尚更だろう。


「他のアトラクションも似た様な待ち時間じゃろうし、どうせならば人気のものが良かろうな」


「うん。紫乃お姉ちゃんもそれでいい?」


「大丈夫ですよ」


 紫乃もその意見に頷くと、善は急げとばかりに立ち上がってジェットコースターの方面へと歩みを進める。

 するとその道中がかなりの混雑具合であったので、はぐれないように瑠華が二人の手を取った。


「逸れては大変じゃからの」


「そ、そうですね」


「ん…」


 慌てる紫乃とは対照的に、凪沙は嬉しげに口の端を緩める。そしてここぞとばかりに繋いだ瑠華の手と指を絡ませた。当然その動きに気付かない瑠華ではないが、まぁ良いかと素直にそれを受け入れる。


「あの子モデルさんみたい…」


「あれって瑠華ちゃんじゃない?」


 多くの人がいる中で、当然ながら瑠華の容姿は目立つ。今回の場合は日本人離れした容姿を持つ紫乃もいるので、尚更人の目を集めていた。そして『柊ちゃんねる』と視聴者と思しき声もちらほらと。


(意外と名は売れているやも知れんのぅ)


 配信に関しては奏に一任しているので、今どれだけの人気があるのかを瑠華は把握していないのだ。だが聞こえてくる会話の内容と量からして、瑠華の予想よりも名は比較的売れているらしかった。


 多くの人の目に晒されながらも、三人はジェットコースターの場所まで辿り着く。そこには予想通りの長い待ち列があり、掲示されている待ち時間は四十分となっていた。


「んー…どうする?」


「時間的にはまだ余裕があるぞ?」


「…じゃあ並ぶ」


 あまりの人に一瞬気圧された凪沙だったが、ジェットコースターが“二人乗り”である事もあり並ぶ事にした。

 長い列に並ぶ間、瑠華は他の子達が何をしているのかに思いを馳せる。


「かな姉はなんだかんだ茜に合わせて動いてそう」


「じゃろうな。奏はああ見えて周りに気を遣う事が出来るからのぅ」


 普段瑠華にベッタリな様子の奏ではあるが、【柊】における最年長である自覚はしっかりと持っている。なので瑠華と離れた時は、割と真面目で頼りになる姉なのだ。


「……瑠華お姉ちゃん」


「なんじゃ?」


「私も、探索者になっていい?」


 突然告げられたその言葉に瑠華が小首を傾げる。今の話の流れで何故その質問が出てきたのか分からなかったからだ。


「何故いきなりその様な事を尋ねるのじゃ?」


「……私も、瑠華お姉ちゃんにちゃんと見ていて欲しい。かな姉ばっかり、ヤダ」


「…成程のぅ」


 瑠華にとって奏はお気に入りであり大切な人間だ。【柊】に居る子達も同じく大切だが、その比重は異なる。凪沙は、その有り様に嫉妬してしまったのだ。

 最近は特に休みの日に瑠華がダンジョンに潜る影響で共に居られる時間が少なくなっており、その嫉妬心を増長させる要因になっていた。


「私だって…私だって瑠華お姉ちゃんの役に立ちたいの…っ!」


「……凪沙」


 凪沙の瞳に薄らと膜が張り、確かな覚悟を含んだ様子で瑠華に詰め寄る。

 瑠華自身凪沙から好かれている事には気付いていた。それが他の【柊】の子達とは異なる物である事も。


(…は、ある。じゃがこれ以上巻き込むべきでは……)


 瑠華は自身の特異性を理解しているが故に、これ以上人間を増やしたくはなかった。

 返答に瑠華が悩んでいれば、凪沙がどんどん顔を俯かせてしまう。その仕草に、瑠華は胸が締め付けられるような感覚に襲われた。

 そうして漸く、自分が凪沙をどう思っていたのかに気付かされる。


(……誠難儀なものよの)


「…凪沙の人生じゃ。その選択が非道でない限り、妾はその選択を否定するつもりは無い」


「!」


「じゃが…無理する事は許さんぞ?」


「うんっ…!」


 この選択が凪沙にとって間違いだったのではないか、止めるべきだったのではないかと早速後悔の念にかられてしまうが、心底嬉しそうにキラキラとした笑顔を浮かべる凪沙を見れば、それが最善であることを願うばかりだった。











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