第34話 奏視点
「勝っ、た…?」
「……いや」
瑠華ちゃんから否定の言葉が聞こえた瞬間、私の目の前に黒が集まり、その姿を顕在化した。
思わず刀をもう一度握り締めるも、どうやら様子がおかしい。というより……
「……ちっちゃ」
最初の大きさから随分と小さくなってしまった黒狼。もう子犬くらいのサイズしかない。その瞳に既に敵意は感じられず、ただ戸惑う。
「……クゥン」
「っ!?」
少しの静寂の後いきなり聞こえたのは、甘えたような声。えっ、今この子が鳴いた!?
「……奏。どうやらそやつが配下になりたいそうじゃ」
「配下?」
「現代的に言えば…テイムして欲しいという事じゃな」
……え、マジで?
「ど、どうすればいいの?」
「本来ならば魔力を繋ぐが…どうせならば魂の契約でも構わぬぞ?」
「なんか物騒な用語が聞こえたんですけど」
「そう身構える物では無い。従魔契約よりも強固な繋がりというだけじゃよ」
「へー…瑠華ちゃんした事あるの?」
そう軽く尋ねたつもりだったんだけど、瑠華ちゃんは明らかに顔を顰めてしまった。ありゃ?
「…あるには、ある」
「なんでそんな表情」
「かなり無理矢理だったのじゃよ。まぁ良い友ではあったが」
「そうなんだ。…え待って。何となく聞いてみたけど、何時瑠華ちゃんその契約したの?」
「……黙秘する」
私には甘い瑠華ちゃんだけれど、それでも口を噤むと言った時は絶対話さない事を知っている。これは諦めるしかないかなぁ…。
「…まぁいいや。じゃあ魂の契約…でいい?」
「ガウッ」
「…うん。良いって事にする。瑠華ちゃんどうやるの?」
「妾が契約を代行しよう。少し時間が掛かるでの。その間にそやつの名を考えると良い」
「あ、そっか」
名前、名前ねぇ……。
色々と案を出していると、瑠華ちゃんが二枚の〖魔法板〗を展開して、そこに円を描いていく。確か魔法陣って言うんだっけ?
複雑で繊細な模様が刻まれた魔法陣があっという間に完成すると、私と黒狼の下にその〖魔法板〗が滑り込んできた。
「おぉ〜」
「それで魔力を流せば魔法陣が起動する。その際契約の証として名付けを行えば良い」
「分かった!」
ずっと展開していた[身体強化]を止めてじっくり考えようとしたら、突然カクンと身体から力が抜けた。
「奏!?」
珍しい瑠華ちゃんの驚く声が聞こえて、地面に倒れる前に抱きとめられる。
「治療を忘れておったの。動くでないぞ」
いや、そもそも動けそうにないです……。
無事瑠華ちゃんに治療してもらって、支えてもらいながらもなんとか立ち上がり、黒狼と相対する。
「待たせてごめんね。じゃあやろっか!」
魔力を魔法陣に流し込めば光が零れ、私と黒狼を包む。それと同時に、私が次にしなければならない事も自然と分かった。
「――――
その名前を呼んだ瞬間、私と黒狼――美影と繋がったのが分かった。
包み込んでいた光が私と美影へと吸い込まれると、魔法陣はスゥ…と薄くなって消えてしまった。
「美影っ!」
「ワウッ!」
名前を呼んで手を広げれば、勢い良く私の胸に飛び込んでくる。というかワウッて…あなた狼じゃないの?
「美影…美しい影、か」
「そー。いいでしょ!」
「良き名だと思うぞ」
「んふふ…」
「ワ、ワフ…」
「ん? 美影、どうしたの?」
いきなり私の腕の中で震え始めた美影に首を傾げる。その視線の先に居たのは、瑠華ちゃん。
……もしかして、瑠華ちゃんに怯えてる?
「そう怯えるでない。お主が妾の影に無断で入り込まん限りは何もせんわ」
「影に入り込む?」
「こやつの能力の一つじゃ。[影渡り]と呼ばれるスキルじゃの」
「へー。契約した私も使えたりする?」
「使えるぞ。魔力はかなり使うがの」
「おぅ…」
それは私に使えないやつなのでは…。
「奏でも妾の影に入るのはやめておくのじゃぞ」
「なんで?」
「……何が起こるか分からん」
「…なんで?」
ほんとになんで?
「色々あっての…」
そう言う瑠華ちゃんの顔は、何処か哀愁が漂っていた。ほんとに何があったんだろ…。
「兎も角これでダンジョンは無事攻略じゃの」
「あっ、忘れてた」
「忘れるでないわ…その様子だと配信していた事も忘れているな?」
「…うん」
急いでスマホを取り出して画面を覗き込めば、怒涛の如くコメントが流れていく。
:草。
:忘れないでwww
:とにかくおめでと!
:よく頑張った。いやまじで。
:美影ちゃん? くん? も良かったね! 家族が増えた!
「あ、美影の性別」
「雌じゃよ」
一瞬で判別しちゃうあたり、流石瑠華ちゃんだと思う。
:美影ちゃん!
:いやほんと奏ちゃんが傷付く度に心臓がバクバクして怖かったよ…
:それな。早く瑠華ちゃん助けてって思った。
「一応言っておくけど、瑠華ちゃんは悪くないからね。これは私が決めた事だから」
瑠華ちゃんが悪しき様に言われるのは看過できない。それだけは忠告しておかないとね。
:うん、分かってる。
:瑠華ちゃんも焦ってたの分かるし。
「そうなの?」
:何度も薙刀握り直したりしてた。
:あと若干唇も噛んでた。
:目も小刻みに震えてたよね。
「へぇぇ…?」
思わずニヤニヤした笑みを浮かべて瑠華ちゃんを見てしまう。
「そんなに心配してくれたんだ?」
「……当然じゃろう。影狼が奏と相性が悪い事は分かっておったしの」
あ、影狼っていう名前だったのね。
「影狼には物理攻撃が一切通用せん。魔力攻撃手段を持っておらんかった奏からすれば、天敵とも呼べる存在じゃったからの」
「あー……でも自力で克服したから!」
「そこは十分評価に値する。良く頑張ったのう」
「えへへ…」
瑠華ちゃんが私の頭を撫でてくれた。それだけで疲れが吹き飛ぶような感じがするのだから、不思議なものだよ。
:てぇてぇ。
:これはご褒美を要求しても許されるのでは。
「ご褒美…くれたりする?」
「ん? 何か欲しいのかえ?」
ダメ元で聞いてみると、どうやらいけそう…?
「とことん甘やかして欲しいなぁ…」
「甘やかす?」
「うんとね…付きっきりでお世話? して欲しい!」
ほんとはその中でキ、キスとか欲しいけど……瑠華ちゃんにそれを望むのは無理だろうなぁ。
「……奏」
「何…っ!?」
―――――チュ。
…え、え? えぇっ!?
「お望みであったのじゃろう?」
まるで悪戯が成功した事を喜ぶ子供のような無邪気な笑みを浮かべ、クスクスと笑う瑠華ちゃんに、私は口をパクパクとする事しか出来なかった。
え、今頬に、頬に…っ!?
:あっ…
:(´・ω...:.;::..サラサラ..
「っ!?!?」
見られた? 見られた!
「お、お終いっ!」
急いで配信を止めてバクバクとした心臓を押さえ付ける。うぅ…瑠華ちゃんのばかぁ…!
「ほれ。帰るぞ」
何も感じていない様な態度で、瑠華ちゃんが私に背を向けて歩き始める。その先には光る魔法陣があった。あれは確かダンジョンのボスモンスターを倒した時に出てくる、入り口まで転移してくれる魔法陣だったかな。
美影を地面に下ろして急いで瑠華ちゃんの元へと走れば、ふと瑠華ちゃんの耳が淡く染まっている事に気付く。
……ほほ〜ん?
「るーかちゃん!」
「………」
「ふふっ。瑠華ちゃんも照れてたんだね?」
「…煩いのじゃ」
それから【柊】に帰るまで、私はニマニマとした笑みが治まらないのでした。ふふふ……。
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