第29話
「うわぁ……」
:うわぁwww
:いやマジで瑠華ちゃん強過ぎでしょ…
三階層に到達してからはや数十分。何故か以前潜った時よりも多くのリトルゴブリンに遭遇したが、その尽くを瑠華が一刀の元に斬り伏せる。その舞うような流れ作業に目の前の奏は勿論の事、コメントも唖然としていた。
「ふぅ…」
一つ息を吐いてその動きを止れば、一拍置いて瑠華を取り囲んでいたリトルゴブリンの姿が塵と化す。
「まだまだじゃのう」
「いやいやいや十分だよ!?」
:それな。
:理想が高い…
:リトルゴブリン相手でもここまで綺麗な動き出来るのは凄すぎる。
視聴者も奏と同意見ではあったが、瑠華からすればまだこの薙刀――明鏡ノ月を活かしきれてないと確信していた。
(元より妾は武器など使った事が無いからのう)
正直な話、今でも魔法を使った方が楽だと思っている。それでも武器を使っているのはスポンサーからの提供だからというのもあるが、一番は“納得出来ない”からだ。―――言ってしまえば、瑠華は以前から負けず嫌いなのである。
「それにしても凄い数だね」
:リトルゴブリンに群れる習性があるとはいえ、流石に異常だとは思う。
:まさかダンジョンブレイク?
「ダンジョンブレイク?」
「ダンジョンからモンスターが溢れ出る現象の事じゃな。しかしここは人の出入りが激しい初心者用のダンジョンじゃ。モンスターが溢れるという事はあるまい」
「となると…何?」
:可能性としてはイレギュラーかな?
「イレギュラー…突然変異体の事だっけ?」
ダンジョンは言ってしまえば坩堝の様なものだ。そんな場所では、犇めく通常種のモンスターが同族などと争い、能力が変質した個体が時たま現れる。それらをイレギュラーと総称しているのだ。
イレギュラーは前提知識がまるで役に立たない上、通常個体よりも危険度が跳ね上がる事が多い。初心者向けのモンスターがイレギュラー化した場合もまた、例外では無い。
:イレギュラーに追われたって事?
:となるとやっぱり危険…な訳無いか。
:正直瑠華ちゃんが居れば何とかなりそうwww
「…瑠華ちゃん」
「なんじゃ?」
「……居るの?」
その問い掛けは、どこか確信めいていた。
:え、マジで居るの?
:いや分からん。事前に察知出来ないからこそのイレギュラーだし。
奏が真剣な眼差しで瑠華を見詰める。しかし瑠華は何も答えず、ただそれに少し微笑んだだけだった。
:あっ…
:(´・ω...:.;::..サラサラ..
:不意打ちはエグい…
:てか笑ったって事は…
:瑠華ちゃんなら把握してても不思議じゃないと思っちゃうのよなぁ……
「自ずと分かろう」
「……分かった」
腰に佩いた刀の握り心地を二三度確認し、深く息を吐く。瑠華がなんの意味も無しにその様な言葉を吐かない事は、奏が最も良く知っていた。
「というか、ここまでモンスターが多いなら瑠華ちゃんの〖認識阻害〗で通り抜けられないの?」
:あ、確かに。
:瑠華ちゃんにとって糧にはならないモンスターばっかだし、素通りしても良いように思う。
「〖認識阻害〗は魔物…モンスターには効かぬのじゃよ」
「え、そうなの?」
「なんと言えば良いか…まず妾が扱う〖認識阻害〗とは、基本的に掛けた対象に対する興味を著しく失わせるものじゃ。例えるならば、宝石をそこらの石と同価値だと思わせるようにの」
:ほほう。
:気配を消すんじゃなくて、そこに居るけど気にならなくする的な感じか。
「じゃかモンスターは例外じゃ」
「なんで?」
「大きな肉が木っ端な肉片に変わったところで、モンスターからすれば皆等しく“餌”じゃからのう」
:あぁ〜…
:成程、分かりやすい説明。
故にかつての世界でもレギノルカに対してちょっかいを掛けて来た魔物は数多い。逆に〖認識阻害〗を解除すれば一目散に逃げたが。
(それでも逃げなかった妙な魔物は居たがのう)
それも攻撃する為では無く、ただレギノルカを好いて近付いてきた魔物が。懐かしい記憶である。
「兎も角妾も薙刀に慣れたいのでの。この進み方は続けるぞ」
「はーい。私は出なくて良いの?」
「温存しておいた方が良かろう」
:温存?
:なんか奥にいるっぽいな。
:奏ちゃんに戦わせたいモンスターが居るって事なのかな?
:まさかイレギュラーと…?
「…勝てるの?」
「どうじゃろうな?」
少しの期待と愉快さを滲ませる笑みを浮かべる瑠華に、奏は溜息をひとつ吐いた。瑠華が言わんとしている事は、長年の付き合いで何となく分かってしまう。
――――瑠華は、自分を助けるつもりが無いと。
正確には命が危なくなれば手を貸すつもりはあるのだろう。しかし、逆に言えばその状況にならない限り手出しはしないという事だ。
(そして多分、手を貸した時点で瑠華ちゃんは
であれば、求められる結果はただ一つしかない。
「はぁぁ…早まったかなぁ…」
「おや? 諦めるのかえ?」
「まさか。まぁちょっと性急過ぎるとは思ったけど…」
「そうでもせねば
「………」
人の一生が短い事を、瑠華はその身を持って知っている。瑠華に肩を並べると啖呵を切った以上、足踏みなどしている暇は無いのだ。
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