第21話

 ダンジョンへと向かった次の日。奏は自室で浮遊カメラを起動して配信を始めていた。


「おーい。映ってるかな?」


 :映ってるよー!

 :奏ちゃんきた!

 :待ってた。特に昨日配信終わった後知りたい。


「昨日? あの後瑠華ちゃんにお姫様抱っこしてもらって帰ったよ」


 :お姫様抱っこ!

 :絶対奏ちゃんが強請ったでしょwww


「……ぅん」


 :可愛い。

 :可愛い!

 :やっぱり確信犯でしょwww


「い、今それはいいの!」


 コメントに顔を真っ赤に染めながら、奏が頬を膨らませる。


 :お、そうだな。

 :今日は何するの?


「今日は【柊】の日常を見せようかなって」


 :所謂Vlogってやつか。

 :ちょっと気になる。

 :普段何してるのか意外と気になる。


「じゃあ早速【柊】を案内するね」


 扉を開けて浮遊カメラを外に出し、辺りが画角に収まるようにカメラを手に持って動かす。


「ここが普段私たちが過ごしている部屋だよ。一人一部屋あって、全部で十五部屋あるの」


 :意外と広い。

 :一人一部屋なんだ。

 :てっきり瑠華ちゃんと一緒の部屋かと思ってた。


「あー…瑠華ちゃんの部屋は最早皆の部屋だから」


 瑠華の部屋は本人が居ない時に勝手に入る子は居ないが、瑠華本人が居た場合は皆の溜まり場になったりする事が多いのだ。


 :瑠華ちゃん大人気?


「人気だねぇ。【柊】のお母さんでお姉ちゃんみたいな存在だから」


 :なんだろう。凄く解釈一致なんだがwww

 :頼り甲斐ありそう。


 部屋の紹介もそこそこに、奏がカメラを持ったまま一階へと下りる。するとキッチンで水を飲んでいた茜が奏の姿に気付き、近付いて来た。


「かーねぇそれなに?」


「これはカメラだよ。今配信してるんだ」


「配信!? 映ってるの?」


 興味津々といった様子で茜がカメラを覗き込む。


 :可愛い。

 :モザイク掛かってても分かる美少女具合。

 :てかこの施設美人率高くない?

 :それな。しかも女の子しか居ないの?


「あ、そうだよ。【柊】は女の子しか居ないんだ」


「コメント? 茜にも見せて!」


「ふふっ。良いよ」


 :あぁ心が浄化される…

 :茜ちゃん? 見えてるー?


「わ、見えてるよ!」


 :いちいち反応が可愛い。

 :【柊】には純粋な子しか居ないのか…


「騙されてるみたいだけど、茜は性格悪い方だよ」


「かーねぇ?」


 奏の言葉に茜がジト目で抗議の眼差しを向ける。


「茜が綺麗なのは瑠華ちゃんの前だけでしょ」


「そんな事ないもん!」


 :可愛い。

 :そうか瑠華ちゃんの前だけか…なんか分かるかも。

 :奏ちゃんに嫉妬してそう。


 妙に鋭いコメント欄と茜を無視しつつ、キッチンをカメラに映す。


「ここが【柊】のキッチン。平日の夜はパートさんが作ってくれてて、毎日の朝食と休日の夕食は瑠華ちゃんが作ってくれてるの」


 :へー、全部やってくれる人が居ると思ってた。

 :瑠華ちゃんマジで何でも出来るのな。

 :綺麗だけどちゃんと使ってるのがよく分かる。

 :瑠華ちゃんの手料理食べてみたい!


「るーねぇのご飯すっごく美味しいんだよ!」


「それでいて【柊】の子達の栄養バランスを考えて作ってくれるからね。パートさん達とも献立について話をしてるみたい」


 元々はそれらも管理する人間が国から来ていたのだが、その人がやるよりも瑠華がやった方が早くて正確だった為に、今では瑠華が実質的に【柊】の運営を行っている。


 :マジでお母さんじゃんwww

 :語尾のじゃのお母さん…アリだな。


「茜。瑠華ちゃんは?」


「ソファで皆に囲まれながらテレビ見てる」


 茜の言った通りテレビ前のソファに向かえば、【柊】の子達に周りを固められた瑠華の姿があった。


 :大人気!

 :しかも瑠華ちゃんの両隣は仲良く交代しながらっていう。

 :仲良してぇてぇ。


「瑠華ちゃーん」


「ん? おぉ奏。それは…配信をしているのかえ?」


「そうだよ。マンネリ化防止!」


 :ぶっちゃけたwww

 :まぁこういうのんびりも需要有るしね。


 奏が近付けば自ずと瑠華の隣が空く。これは【柊】において奏だけに許される特権だ。……しかし実際は、奏の日々の努力奢りによる成果である。奏が常に金欠なのは、それが要因の一つだったりする。


 ポスンと瑠華の隣へと腰掛けると、カメラを手放し正面へと浮かべる。


「という訳で、ここからは質問を受け付けるよ!」


 以前にも行った自己紹介兼質問会。しかし今回は奏に加え、瑠華も質問の対象である。


 :質問! 瑠華ちゃんが一番好きな子は?


「一番好き、のう…」


 何故かこの質問が来た瞬間、瑠華の周りが静まり返る。誰もが、次の瑠華の言葉を固唾を飲んで待っていた。


「…柊が好きじゃのう」


 この施設の名前であり、皆の苗字でもある“柊”。それは特定の誰かを示すものでは無い。


 :まぁそうだよな。

 :無粋な質問。

 :じゃあ空気を変えて、得意料理!


「得意料理…オムライスかの?」


「瑠華ちゃんのオムライスはアレだよ、卵トロトロタイプ。私の大好物」


「あれ私も好き!」


 奏の反対に座っていた子が満面の笑みを浮かべ、その意見に同調する。


「瑠華お姉ちゃん今日のご飯はー?」


 :和み。

 :こうして見るとお母さんにしか見えんwww


「今日の夕餉は鯖の味噌煮じゃよ」


 :思ったより渋かったwww

 :でもいいよな、鯖の味噌煮。


「えー…オムライスがいいー」


「おや。妾の料理が嫌いかえ?」


「……好きだけど」

 

「ならば文句を言うでない」


 :強い。

 :胃袋を掴まれてるのって強いよな。


「瑠華ちゃんがメニュー変えることなんて滅多に無いもんね」


「栄養バランスを考えておるからの。妾の一存で平日の献立にも口を挟んでおるのじゃ。妾がそれを崩す訳にはいかん」


 :しっかりしてる。

 :でも嫌いな物とか遠慮無く出てきそう。


「瑠華ちゃんそれは結構配慮するよ。世間一般的に苦手な人が多い食材とか」


 :ほほう。

 :そういや瑠華ちゃんセロリ嫌いなんだっけ。

 :自分だけ贔屓はしない方針なのね。

 :でもセロリ嫌いは分かる。俺も嫌い。


「……セロリだけは無理なのじゃ」


 嗅覚に優れる瑠華にとって、匂いの強い食材は忌避するものなのだ。


「瑠華ちゃん昔から鼻良かったしね。匂いが強いの苦手でしょ」


「うむ…」


「の割には納豆とか食べてるけど」


「あれは確かに匂いが強いが、それが意外とクセになってのう」


:外国人とか偶にそう言う人いるよね。

:分かる。私も一回食べたら好きになった。

:外国人ニキ居て草。


「なるほどねぇ〜。そしてかく言う私はピーマン嫌い!」


 :( ˙꒳˙ )oh......

 :ピーマンは美味いぞ。

 :酒飲むようになってから美味さに気付いたな。

 :ピーマンは食べなさい。


「あれぇ!?」


 てっきり擁護してもらえると思っていた奏からすれば、コメントの流れは予想外のものだった。


「そういえば今日の副菜はピーマンの煮浸しじゃったかの」


「えっ」


 :無慈悲www

 :頑張れ奏ちゃん!


「瑠華ちゃん食べて!」


「断る」


「そんなぁ…」


「…妾の料理を食べてはくれんのか?」

 

「…っ!?」


 少し俯きがちになり、上目遣いに悲しさを滲ませた眼差しで見つめる瑠華に、奏は息が詰まった。


「食べる!」


「……ふふ。ならば良い」


「……あ」

 

 途端に表情が和らぎ、少しの黒さを感じさせる笑みを浮かべる様子を見て、奏は自分の失策を悟る。


 :あららwww

 :これは瑠華ちゃんが強いwww


「もうっ! 配信終わりっ!」


 :あっ!?



 ―――――この配信は終了しました。




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