第19話

 三階層まで下ると、流石にコメントを見る余裕は失われつつあった。


「瑠華ちゃん!」


「任せよ」


 奏が三体のリトルゴブリンを相手にしていると、追加で二体が奥から現れる。それらの脳天を正確に瑠華の焔の矢が貫いた。


 :精度やべぇ。

 :この信頼関係が良いのよ。

 :流石に初心者だとリトルゴブリン連戦はキツいか。


 そう。辛うじてリトルゴブリンを倒し切ることが出来た奏ではあったが、その額には大粒の汗が滲んでいた。


「少し休むかの」


「うん…」


 何時でも逃げられるように警戒は怠らず、奏が地面へと座り込んだ。


「ほれ」


「ありがと」


 息を荒くする奏に瑠華が水筒を渡し、瑠華は立って警戒を続ける。その姿に疲労の色は見えない。


 :瑠華ちゃんの圧倒的強者感。

 :実際強いよな。魔法の精度も高いし、常に奏ちゃんをカバー出来るよう立ち回ってるし。


「でしょー。さす瑠華ちゃん」


 休憩ともなれば、スマホを見る余裕はある。コメントの瑠華を褒める様子に、奏は自慢げな表情をカメラに向ける。


 :さす瑠華!

 :ドヤ顔奏ちゃん可愛い。

 :友達が褒められるのが嬉しいっていうのが素直で可愛い。


「か、可愛いばっか言わないでっ」


「奏は可愛らしいじゃろ?」


「瑠華ちゃんまで!?」


 瑠華からしても奏はその顔立ちや言動、仕草は可愛らしく好いている。その気持ちに偽りが一切無い事が分かるからこそ、奏はコメントで言われるよりも恥ずかしかった。


 :顔真っ赤www

 :真正面から言われて照れてるの可愛いwww


「もうっ! 休憩終わり! 行こっ!」


「ふふっ…そうじゃの」


 :アッ!!

 :その笑みは不味いですよ!


「瑠華ちゃんは油断した笑み浮かべないで!」


「油断などしておらぬが…」


「瑠華ちゃんは美人なんだから、そんな笑み見せたら変な人来ちゃうでしょ」


 :( ´ཫ`)وウグッ

 :はい! ガチ恋しました!

 :↑処そう。挟まる男は要らねぇ。

 :同意。


 変な人呼びでコメント欄が阿鼻叫喚になりつつも、順調に進む二人。そして二人の前に現れたのは、下層に続く階段。


「ここからは初めてだね」


「リトルゴブリンが出てくるのは変わらんが、時折ウルフも出る事があるそうじゃ。気を引き締めねばのう」


 ウルフは最下層の魔物ではあるものの、手前の四階層にも極稀に出現する事が確認されている。まして瑠華達は前回三階層でウルフと遭遇している。警戒するに越したことはないだろう。


 階段付近は予期せぬ魔物との遭遇があるので、十分に索敵しつつ奏が下りていく。瑠華は当然居ない事が分かっているので本来そんな索敵も必要無いが、奏の経験の為に黙っておく事にした。


 無事下へと下りれば、若干の疲労がある奏に代わり瑠華が先頭を歩いて索敵を担当する。


「なんだか狭い空間が続くと苦しいね」


 :分かる。

 :閉所恐怖症は無理よな。

 :まぁ洞窟型じゃないダンジョンもあるし。


「へー、全部のダンジョンがこんな感じかと思ってた」


 確かにダンジョンとして多いのは今瑠華達が居る様な洞窟型のダンジョンだが、他にも森林型や平原型、珍しい物では海中型・・・などもある。


「海中……?」


 :その反応は分かるwww

 :誰がクリア出来んねんとか思ったけど、スキルがある世の中だから……


「あぁ成程。……成程?」


 例えスキルがあるからと言って、好き好んで海中に戦いを挑みに行くものだろうか。


「そこでしか得られん物もあるのじゃろ」


「……海産物?」


 :実はあながち外れでも無かったりしてwww

 :何故かドロップに魚とか出るらしい。


 一応人体に影響が無い事は確認されているので、一般的に販売されていたりする。


「居たぞ」


「っ!」


 瑠華の言葉に奏が意識を切り替える。その先の少し開けた空間にはリトルゴブリンが三体、そしてウルフが三体居るのが見えた。


 :ゴブリンライダー!?

 :レアモンスターじゃん。

 :強いん?

 :乗ってるのが武器持ちだと面倒。


 コメントがフラグとなったのか、ゴブリンライダーの手にはしっかりと武器が握られていた。対して普通のリトルゴブリンは何も持っていない。


「弓持ちが二体に短剣一体…どうするかのう?」


 :よりにもよって弓持ちかぁ…

 :いやでも瑠華ちゃんの魔法ならワンチャン?


「奏。この場合はどうするべきかのう?」


「え、えぇっと…」


 突然話を振られて困惑しつつも、冷静な思考でこの場を切り抜ける方法を模索する。


「まず瑠華ちゃんの魔法で先制して、弓持ちを先に倒したい」


「ふむ。当たらなかった場合は?」


「え?」


「戦いに絶対は無い。それを忘れてはならんぞ」


 いくら瑠華の魔法制御が優れていようと、何かが噛み合えば外す事だって十分に有り得る。常に最悪を想定するのは戦いの常識だ。


 :これ奏ちゃんの勉強かな?

 :だと思う。いやでも俺達もこういう初心は忘れたら駄目なんだろうな。


「当たらなかったら…それでも当たるまで瑠華ちゃんには撃って欲しい。多分私だとウルフの機動力に追い付けない。だから瑠華ちゃんが遠距離から圧を掛けつつ、私が前に出て気を引くのが良いと思う。どう?」


 冷静に自分に出来ない事を把握し、それを考慮した上で互いが最大限力を出せる方法がそれだと奏は思う。


「うむ、了解した。ではそれで行こうかのう」


 瑠華が頷き、奏が前に出る。そして瑠華が焔の矢を放つのを合図に奏が飛び出した。

 そして瑠華が放った焔の矢が、真っ直ぐにゴブリンライダーへと――――当たらなかった。


「っ!?」


 最悪の事態を予想していたとはいえ、若干の戸惑いが生まれる。だがすぐに自分の仕事を思い出すと、そのままリトルゴブリンへと突き進む。その視界の端で、続け様に放たれた二本の焔の矢が弓持ちを貫いたのが見えた。


「はぁぁっ!」


 少し離れた位置に居た一体のリトルゴブリンの首を切り飛ばし、続けてもう一体に肉迫。だがそれを残っていたゴブリンライダーが邪魔をする。


「ギャギャ!!」


「ちぃっ!」


 間に割り込んできたゴブリンライダーからの攻撃を後ろに飛んで躱しつつ、瑠華の様子を確認する。


「キャウンッ!」


「すばしっこいのう」


 瑠華は残ったウルフの一体を薙刀で串刺しにし、残り一体を追い掛けていた。


(……瑠華ちゃん手を抜いてるね)


 奏は瑠華の身体能力の高さをその身をもって知っている。だからこそ、ウルフと追いかけっこがそもという事も理解していた。


(私の為…というより、配信のせいかな。でも…)


 これは良い機会だとも思う。


 人というものは、否、生き物というものは、逆境でこそ成長する。であればこれは、またと無い成長の機会であると。


 目の前の敵に集中する。後ろのウルフは瑠華に任せておけば問題は無い。


「しっ!」


 ゴブリンライダーの位置、向いている方向。そこからゴブリンライダーが援護しにくい位置を特定し、その位置に近いリトルゴブリンへと襲い掛かる。


「ギャギャ!!」


「っ!」


 首を跳ね飛ばした瞬間にゴブリンライダーの短剣が迫り、刀でその刃を滑らせる。これは実技試験で見た動きだ。


(これくらいなら真似出来る…っ!)


 そこから流れる様にして短剣を持つ手を切り飛ばし、ウルフの噛み付きを後ろに飛んで躱す。


「はぁはぁ…っ」


 残りは二体。しかし体力の消耗が激しく、息が上がる。


「ギャッ!?」


 突如飛来した焔の矢が、残ったリトルゴブリンを貫いた。驚いて後ろを振り返れば、汗一つ流さずこちらを見る瑠華の姿が。


「いけるかえ?」


「頑張るっ!」


 :頑張れ!

 :見えてないだろうけど頑張って!

 :瑠華ちゃんのお陰で安心して応援出来るの強い。


 上のリトルゴブリンはさして脅威では無い。問題はウルフの方だ。今の奏の技量では、一撃で仕留める事が出来ない。


(頼みの綱はスキル…でも外せば二度目は無い)


 万が一の場合は瑠華が居るとはいえ、そもそも探索者になろうと思った理由を考えればその構え方は無しだ。


「ふぅ…」


 息を吐いて気持ちを整えつつ、ゴブリンライダーを睨む。片腕になっても尚その闘志は衰えず、ピリピリとした空気感が漂う。

 武器である短剣はいつの間にか回収していたようだが、片腕ではそう満足には触れないだろう。


「―――っ!」


 奏とゴブリンライダーが動き出したのは同時だった。

 まず得物を振りかざしたのはゴブリンライダー。その様子を慌てる事無く観察し、武器を振った瞬間の重心の崩れを見抜く。


「やっ!」


 体勢が崩れたリトルゴブリンの胴体を切っ先で貫き、ウルフから引き摺り下ろした。これで漸く一対一だ。


「グルァッ!」


「っ!」


 ガギンッと奏の刀とウルフの牙がぶつかる。刀に噛み付かれた事で攻撃手段が奪われてしまった。

 だが――――


「これなら―――外さない!」


 奏の刀に、光が宿る。


「―――〖魔刀・断絶〗っ!」


 先程まで拮抗していた力関係が、崩れる。


「はぁぁっ!」


 刃が食い込み、ウルフがスパンッと両断された。


 :うぉぉぉ!

 :固有スキル!?

 :なんだかんだ被弾せずやり切ったのすげぇ。


「おっと。大丈夫かえ?」


 魔力切れで倒れ込んだ奏の身体を瑠華が軽々と抱き留める。その光景にコメントが一段と騒がしくなるが、今は奏の事が最優先だ。


「えへへ…前より、しんどくは無いかな」


「さよか。よう頑張ったのう」


「んふふ…」


 :ア゛ア゛ッ!

 :これ無料で見れて良いんですか!?

 :分かるな。俺達は壁…いや空気だ。

 :ありがとうございます!


「……なにやらコメントが騒がしいが、まぁ良い。流石にこれ以上は難しいのでの。配信はここまでじゃ」


 :はーい!

 :次楽しみにしてる!


「みんな、またねぇ…」


 :奏ちゃんは休んでもろて。

 :瑠華ちゃんに甘々看病されてて欲しい。


「看病はするが甘々とは何かの…?」


 取り敢えず奏が残った気力で配信を終了し、瑠華がカメラを回収する。


「動けるかの?」


「うぅん…瑠華ちゃんに抱っこして欲しいな」


「……まぁそれくらいなら良いか」


 奏が何を求めているのかをしっかりと把握した瑠華は、お望み通りに奏の背中と膝裏に手を入れて持ち上げる。所謂お姫様抱っこである。


「えへへ…抜け駆けー」


「既に茜にした事があるがの」


「……ぇ?」


「というより、小学生組はソファで居眠りする事が多かったからの。こうして部屋まで運んだ事があるぞ」


「………」



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