第3話

「瑠華ちゃん! 約束覚えてる?」


「……奏が覚えておったのが寧ろ驚きじゃな」


 レギノルカが人間の瑠華として産まれ、十五年と少し。それは幼き日に奏が決意したある職業──探索者と成る事を許される年齢だ。


 十五年も生きていれば人間としての常識も身に付く。瑠華は立派に中学生となり、高校受験を控えていた。故にその誘いに乗るのは、少しばかりの葛藤があった。……龍に高校受験が必要かとか考えてはいけない。


「高校受験はどうするのかえ?」


「うっ…だ、大丈夫! まだ時間あるし!」


「そう言って何時も誰にノートを見せて貰っているのかの?」


「……その節は大変お世話になっております」


 深々と頭を下げる奏に、最早溜息しか出ない。


「なになにー? また夫婦漫才してるの?」


「夫婦では無いし漫才でも無い。奏が探索者になると聞かぬのじゃよ」


 奏と瑠華の会話に混ざってきたのは、この中学で親しくなった八車やぐるま しずくである。


「あーね。かなっち昔からそうなんだっけ?」


「しずちゃぁん…瑠華ちゃんが虐めるぅ…」


「虐めてはおらんじゃろ」


「まぁ瑠華っちの言い分も分かるけどねぇ…でも正直な話、探索者になれば高校受験する必要って無いよね」


「そうっ!」


 まるで水を得た魚のように元気を取り戻した奏に、瑠華は呆れた眼差しを向ける。


「成功する自信があると?」


「だって適性あるもん!」


 誰しもが探索者になれるかと言えばそうでは無い。ダンジョン適性と呼ばれる数値が高くなければ、探索者になる事は出来ないのだ。


 ダンジョン適性とはその名の通りダンジョンに対する適性を数値化したものであり、これが高いと魔法やスキルが得られ易くなるというものだ。

 現代においてこの適性を測ることはほぼ義務であり、奏や瑠華もまた、適性を既に測り終えている。


「適性Aだっけ。私はCだったんだよねぇ…」


「それでも成れるじゃん」


「そうだけどぉ…私もAが良かったぁ…」


 その言葉を雫から聞いて、奏の眼差しが瑠華へと向けられる。


「て言われてるよ? “測定不能”さん」


「………」


 瑠華のダンジョン適性は、測定不能。それは適性が無いのでは無く、限り無く高いからこその結果である。まぁほぼ全盛期の力をそのまま持っている瑠華からすれば、当然の結果だろう。


「えっ…測定不能…?」


「瑠華ちゃん計器壊したから」


「えぇ…虫も殺さないような瑠華っちが…?」


 なんとも反応に困る評価のされ方だと瑠華は思う。


「ダンジョン協会から手紙も来てたよね。燃やしてたけど」


「あの様なもの必要無い」


「うわぁ…」


 誰がなんと言おうと、瑠華にとって優先するのは人として生きる事だ。探索者になる事がそれに繋がるとは到底思えなかった。


「はぁ…まぁ瑠華ちゃんがしないならいいや」


「え、いいの?」


「だって一人だけでもつまんないじゃん。私は探索者になりたいけど、それは瑠華ちゃんと一緒になりたいの。そう約束したし」


「承認はしとらんがの」


「瑠華ちゃんの分からずや!」


 そう言い残し、バタバタと奏が教室を後にする。残されたのは瑠華と雫の二人だけだ。


「そこまでしたくないの?」


「……妾だけならば、まだ良い。だが…」


「なーるほど。いやぁ…お熱いねぇ」


「茶化すでないわ」


「まぁまぁ。瑠華っちがかなっちを大切に思ってる事は分かったけどさ、かなっちにももう少し寄り添ってあげたら?」


「? 添い寝ならば毎晩しておるが」


「あっ…いや、うん。仲が良いのは分かるけど、そういう意味じゃなくて…瑠華っちって、頭良いじゃん?」


「そうかの? そこまででは無いと思うが…」


「謙遜は時に嫌味だよ。まぁそれは置いといて…かなっちは、不安なんじゃないかな?」


「不安…?」


 あの元気の塊のような存在である奏が、不安?


「けっこーそれ失礼だと思うけど…かなっちだって人間。不安に思う事の一つや二つあって当然だよ」


「ふむ…例えばどんなものじゃ?」


「……親友に置いていかれるのが怖い、とかかな」


「捨てるつもりなどないが」


「その認識がそもそも間違っていると思うよ」


 捨てる捨てないを決めるのはいつの世も上の存在の特権。つまりは瑠華にとって奏は、隣りに立つ存在では無いと認識している事の証左に他ならない。


「……妾は、奏を見下していたと?」


「そうじゃない。なんだろな…瑠華っちは、かなっちを護ろうとしてる。それは優しいし凄い事。でも、かなっちはそう思ってない」


「迷惑に思っていると?」


「うーん…感謝してるし嬉しいとも思ってるけど、それはそれとして……あぁそうだね。“悔しい”んだと思うよ」


 親友で大切な存在で、そんな人は自分を護る事だけ考えて常に前に居てくれる。その背を、何の感情も抱かず見続ける事など出来ない。


「友達として、親友として、家族として。かなっちは瑠華っちの隣りに立ちたがってる。そうして、自分は護られるだけの存在じゃないって瑠華っちに訴えようとしてる」


「………」


「だから……まぁ完全な部外者の私が口を挟むべきじゃないのは分かってるけど……ちゃんと、話してあげて?」


「……分かった。感謝する」


「どいたまー。今度クレープでも奢ってよ」


 その言葉に苦笑を浮かべた瑠華が、鞄を手に取り教室を後にした。




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