第40話 新宿区 悪魔掃討作戦 その2

 作戦は静かに始まった。

 

 威勢の良いかけ声もなく、冒険者たちは淡々とそれぞれの武器を手に、指定された場所まで移動する。


 カレンは要塞の中で指示を出し、カレンのボディーガードは変わらず彼女にべったりで、カレンにお世辞を言うだけの役人は二名を残してシェルターに避難した。

 掃除屋たちも例の待合室で待機中だ。


 旧新宿駅ダンジョンの心柱を破壊する重要な任務を仰せつかった楠木率いる別働隊は、ビルの残骸の高い場所から、戦況を見つめている。


 いつでも動けるように準備は万端。カレンの合図を待つだけ。

 ただひとり、緊張でガチガチな風間ヤオだけは準備もへったくれもない状況。


 ヤオと桐島クランは、楠木が指揮する別働隊に参加することになった。

 

 彼らを指名した楠木は言った。


「あの立川の戦闘に参加していた人物がいるとカレン総司令に聞かされてピンと来ました。間違いなく皆さんだと」


 別働隊は楠木含めて四人。

 皆があの立川にいたので、ここにいる全員顔見知りということになる。


「それにしても先ほどは醜態をさらしました。あの立川での一件、私がぜんぶ解決したことになってしまって、必要以上にちやほやされて、気がつけばこんな大役を任される始末です。本来なら皆さんにも名誉と報酬がいくべきなのに」


 ヤオは慌てて手を振った。


「いいんですよ。俺たちにそういうのは重すぎるし……」


「そう言ってくださると少しは気が楽になります。ましてご一緒に戦えるとは光栄の極み」


 楠木もその三人の部下も、ヤオとクランを優秀な人物だと認めているというか、痛い目にあって思い知らされたので、彼らの参加を大いに喜んだ。

 

 ただ一人、雨宮がいなかった。

 上野竜也に関する貴重な情報を預けてくれた男だ。


「あの坊やはどこに行ったのです?」


「立花将軍の裁判を見届けたいと大阪へ。将軍が証言の一切を拒否しているから間違いなく有罪になるでしょうが、だったらなおさらだと」


「なるほど」


 実にあのお方らしいと頷くクラン。

 その横にいるヤオはおそるおそる楠木に話しかける。


「あの楠木さん……、俺たちはその、前と経歴が違っていたりするんですが」


 楠木はハッハッハと手を振る。


「こんな時代です。みんなワケありですよ。私だって本当は東京出身じゃないし、正規の軍人でもないし、29歳じゃなくて21歳ですから! そうでもしないと新政府軍に入れなかったもんでね!」


 ヤオは思わず笑った。

 実を言うと同年齢の38歳だと思っていたので、そっち系の話をしないで良かったと心から思った。


「隊長、始まったようです」


 双眼鏡を使って戦況を見ていた楠木の部下がはきはきと報告する。


 陽動作戦を行う三カ所の拠点に要塞から放たれた青い光が雨のように降り注ぐ。

 崩壊したビルの残骸、放置された車など、たくさんのガラクタが雲のように浮いて、カレンの言葉通り、更地ができていく。


 ガレキを盾にして進んでいたモンスターの姿が丸見えになった。


 一斉砲火が始まる。


 逃げ隠れする場所はもうない。

 待ち構えていた冒険者の魔法と兵士の銃撃が乱れ飛ぶ。


 ストリートゴブ、コンクレッドスネーク、アンカースパイダーといった、ダンジョンを徘徊する大量のモンスターがバタバタ地面に転がって動かなくなる。


 上記のモンスターは言うならば雑魚の部類だが、サイクロプス、ダーカーウルフ、ソリッドインプなど、一撃食らったら死ぬかもしれない高威力の火力を持つモンスターまで、なすすべなく攻撃を浴びて倒れていく。


 勝敗を決定づけるのはその最初の一撃だとするなら、非常に幸先の良い展開であるが、戦況を見つめる楠木はなぜか渋い顔だ。


「良い出足だが……?」


 奥歯にものが挟まったような渋い顔。

 ついにはヤオに弱音を吐く。


「戦いというのは準備の段階で勝っている必要がありますが、カレンという人はその点、いつも雑というか、大丈夫かと不安になることが多いんです。なのに最終的にはあの子の作戦通りにことが進むから、今回もまあ行けるだろうと、皆がそんな感じなんだと思うのですし、今まで自分もそう考えておりましたが……」


「なるほど……?」


 そんなこと俺に言わないで案件なので戸惑うヤオであるが、楠木の漠然とした不安を、クランが明確にした。


「陽動作戦を行う三カ所のうち、中央の拠点が押し込まれるおそれがあります。配備された冒険者のほとんどが、近距離攻撃を専門にしてそうな、いかつい筋肉のお方ばかりだったでしょう?」


「む……!」

 

 楠木もついに気づいた。

 これはまずいぞとあごに手を置く。


 戦い慣れていないヤオはクランの説明を聞いてもピンと来なかったから、クランがとてもわかりやすい例えを話してくれた。


「シミュレーションゲームだと思ってみましょう。左のマップには弓兵ばかり、右のマップは魔術師ばかり。中央のマップは歩兵ばかり。これがカレンが組んだ陣形です。左も右も得意の遠距離攻撃で敵をなぎ払っていきますけれど、中央の歩兵さんは射程1の攻撃しかできないから、左右と比べて敵を倒すペースが遅い。そこを敵が突いてくるおそれがあります。悪魔が五匹いるなら必ずその遅れに気づくはずです」


 その説明でヤオも状況を理解できた。


「射程1の攻撃しかできない歩兵ばかりだから、射程2や3の攻撃ができる奴を連れてきてタコ殴りにすればいいってことか……。でもなんでそんな極端な配置にしたんだろう」


 この疑問に答えるのは楠木である。


「中央の拠点は我々の目的地である旧新宿駅と近いので、配備した部隊をあとあと我々の援護に行かせる前提で、ソルジャータイプの冒険者を多く配備させたんでしょう。新宿の迷宮は狭いし、複雑な構造になってますから、スナイパータイプの戦士には戦いにくい場所なんです」


 楠木はやれやれと溜息を吐いた。 


「総司令の考えはわかりますが、これは先を見過ぎた危険な采配です。目の前の戦いにまず勝つという最初の段階をすっ飛ばしている」


 さらにクランはこの事態をさらに深刻に考えているようだった。


「雇われた戦士さまの数、支給された銃弾と要塞に運び込まれた食料の数を考慮すれば、カレンは今回の作戦を短期間で終わらせる算段のようです。終わらなかったときのことなど考慮すらしていない。あの子のプランがひとつでも予定通りに行かなくなって、カレンが考えている以上に作戦が長引いた場合、こちらの方が先に根負けする可能性が高いと思われます」


 この話を聞いていたのが楠木でなかったら、


「いやいやそれはない。圧倒的ですよ、我が軍は」


 などと言って、クランを嘲笑っただろう。


 しかし楠木は心底からこの謎の美女をリスペクトしていた。


「あなたの言うとおり、もしこの作戦が総崩れになったら、悪魔は新宿を飛び越えて国民の生活圏に侵入してしまう。その最悪の事態を引き起こすきっかけが、今かもしれない」


 楠木はたたき上げの偽軍人である。ルールや常識には縛られない。


「今のうちに我々が助太刀に行くべきですね」


 クランはニコリと笑った。


「同意です。悪魔を二、三匹始末すれば相手も退くはず。あなたが持っているとても頼りになる道具を使えばすぐ終わるはずですよ」


 その指摘に楠木は改めて驚く。


「爆弾が複数あるのを、あなたはもう知っているのですね」


「ふふ」


 それくらいなんともないと言わんばかりの笑みである。


「よし、中央に陽動された敵戦力をある程度減らした後、本来の任務に移る」


 部下たちは動揺した。


「総司令の命令に逆らうことになりますが」


「別働隊の指揮に関しては俺に委ねられている。事後報告でいい」


 その一言で部下も頷き、気持ちを改めた。


「頼もしいこと」


 クランはそう言うと、深呼吸を続けているヤオの前に立ち、その両手を握った。


「まだ緊張していますか?」


「さっきまでは」


 ここに来て今もなお堂々といつものクランでいる彼女を見ているうちに、ヤオは落ち着いてきた。


「あなたがいれば、問題ないって感じです」


 その通りですとクランは喜んだ。


「約束しましたね。あなたには傷ひとつ付けないと。クランを信じなさい」


「わかってます。どこに行っても俺のやることは道に落ちてるゴミを拾って、汚れは拭き取る。それだけですからね」 


 クランは嬉しそうに笑った。


「ええ、あなたはそれでいいの」


 そしておまじないと言って、ヤオの額に口づけをした。


「……」


 楠木たち四人の兵士はその光景を見て、羨ましいなあ、こんちくしょうという顔になった。

 しかし、クランが四人を見てニコリと微笑むと、ヤバい薬を注射されたような興奮状態になり、しゃあおらああと叫びながら戦場に突っ込んでいった。

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