第8話 お孫さんはお嬢さん

 学生たちの訓練を別室で見ていた立花将軍とその部下たち。


 あの立花将軍が「逸材だ」と指摘した人物がいったい誰のことなのか部下たちが把握できずにいたとき、将軍の腹心である雨宮の携帯がけたたましく鳴った。


 応対していた雨宮の顔は見る見る険しくなり、電話を切った後の表情はまるで治らない病気の告知を受けた末期患者のようになった。


「将軍……」


 電話の内容を主に耳打ちすると、立花完爾はロケットが打ち上がる勢いで立ち上がった。

 そして将軍はある少女を見つめた。


 醜態をさらし続ける学生たちを親の敵のように睨みつけている十五歳の少女。


「詩織」

 将軍が少女の名を呼ぶ。


「東北で揉め事があり、私と雨宮が対応することになった。留守を頼む」


 詩織と呼ばれた黒髪ロングストレートの美少女は綺麗な動作で将軍の前に立つと、教科書通りの見事なお辞儀をした。


「了解しました。おじいさま」


 立花詩織。十五歳。

 立花完爾の孫娘である。


 人よりクマ属性が強そうな将軍の血縁とはとても思えないほど詩織の器量が良いのは、ひとえに彼女の母親が恐ろしいほどの美貌の持ち主だったからだ。

 またその父親も菩薩のごとき好人物で、敵対していた破壊派からも認められていたほどで、祖父譲りの武勇と、両親の良性を受け継いだ詩織は十五歳にして「女神の後継者」と呼ばれるほどの逸材とされている。


 残念なのは、新生派と敵対関係にあったとき、新生の女神オリビアが繰り出した毒性の強い魔法を両親が喰らってしまったことだろう。

 結局、両親はその後遺症によって詩織が産まれて間もなく、同日同時刻に亡くなっている。

 ゆえに立花将軍が直接孫娘を育てたのだが、そのせいだろうか、彼女が理想とする生き方そのものが武士になってしまった。


 新生の女神オリビアは詩織について、


「あんな堅物を私の後継者にはしない」

 

 と断言したが、当の詩織だってオリビアの後を継ぐつもりは微塵もなかった。


 オリビアは詩織にとっては「親の仇」であって「女神」ではなく、聖戦が終わって平和がやって来たと皆が口々に言っても、詩織の中で戦争は終わっていなかった。


 しかし、詩織はその内に秘めた炎を巧みに隠し続け、立花将軍が作り上げた理想の女ザムライとしての役割を演じ続けていた。

 

 だが詩織自身全く気づいていなかったが、聖戦を生き抜いた立花将軍は孫娘の真相をとっくに見抜いており、孫が気づかぬよう巧みにコントロールしていた。


「いいか詩織。役人連中が掃除屋に配る給金が足りないとすがってくるはずだ。いくらになろうが全部こちらが払うと言ってやれ」


「はい!」


 ちなみに詩織は祖父を超リスペクトしており、その関係性は祖父と孫というより、三國志における劉備と関羽のようであった。

 祖父の命令は絶対なのである。


「課題が終了次第、この訓練に関わった全関係者のリストを作ってほしい。戻ったら確認したい。生徒だけではなく、すべてだ。役人から掃除屋に至るまでこの場にいた全員を記録しておいてくれ」


「はい!」


 返事は元気でも、内心、そんなことする必要があるのかなと思ってはいるが、とにかく祖父がやれと言ったらやるのが詩織である。


「それと、私がいなくなったことで生徒らが調子づいて訓練のプログラムを変えろと言ってくる可能性があるが、決して変えてはいかん」


「はい!」


 もっともな話だ、さすがはおじいさま、先を読んでいらっしゃると詩織は頷いた。

 一番程度の低いプランAでこの体たらくなんだから、少しでも難度を上げたら、死人が出るかもしれない。


 それでも将軍は言った。


「あまりにもしつこく言ってくるようならプランCまでにしておけ」 


「わかりました! お気を付けて、おじいさま!」


 こうして立花将軍と雨宮は去り、立花詩織とその部下が残った。


 偉大なる男が去っても、この訓練に関してはつつがなく終わると部下たちは思っていた。むしろ、こんなつまらない仕事さっさと終わって欲しいとすら思っていた。

 なんなら立花将軍の後を追いたいと考えた。

 将軍が一緒に死のうと言ったらそれを受け入れるほど、ここにいる連中は立花完爾のことを慕っていた。

 それでも彼らがこの場に残るのは、敬愛する立花将軍が手塩にかけて育てた孫娘がここにいるからである。

 彼らにとって立花詩織はもはや自分の血肉のような存在だったが、まさか、その詩織にとてつもない試練がこれから降りかかってくるなど誰も予想していなかった。


「お嬢、学生の代表が会いたいって言ってきてます」


 部下の報告を聞いて、詩織は眉をピクリとつり上げた。

 

「おじいさまがいなくなってからこちらに来るとは、軟弱な生徒どもが!」


 そして後を任されたのが自分たちと同世代の女だとわかっているから、なめてかかってくるのだろう。

 きっとあれこれわがままを言ってくるに違いない。

 祖父の言うとおり、訓練の難度を上げろと生意気を言ってくるかもしれないし、もう帰りたいと泣き言を言ってくるかもしれない。

 どちらにしろ、言ってやるつもりだ。

 ふがいない奴らめ、お前たちがこうして平和に訓練できるまでにどれだけの人間が犠牲になったと思っているのか! もっと真剣にやれ!


「わかった! 生徒どもを連れてこいっ!」

 

 両の頬をぴしゃりと叩いて己に活を入れる詩織。


「なめられちゃあいかん、なめられちゃあだめ……」


 呪文のように呟くその姿を、部下たちは心配そうに見つめるのだった。



――――――――――――――――――――



 訓練施設にいた掃除屋たちは役人の無理難題をどうにかこなし、ヘロヘロになりながらもその作業を終えようとしていた。

 終了時間を前に学生がいなくなった後の広大なスペースに呼び出された。

 やっとこさ今日の報酬を得られると期待したはずだが、そうではなかった。


「あー、その、申し訳ないが、訓練が延長されることになった」


 今までさんざん偉そうに命令していた役人の一人が、妙にかしこまって事情を説明する。


「学生たちが訓練の難度を上げて欲しいと要求し、運営側もそれを受け入れたらしく、使う予定がなかった地下15階から20階までの区間を開放することになった。つまりはその、残業になるってことだな」


 掃除屋なんか同じ人間じゃないと考えているような男が、ここにきて心から申し訳なさそうにしているので、掃除屋たちは逆に怪しみ出す。


 いろいろあって現場のリーダーみたいになってしまったヤオが手を上げて聞くべきことを聞いた。


「俺たちに何をしろと?」


「監視だ。掃除はもういい。そんな余裕はない。後日、業者を呼ぶから」


 それならそれでいいが、気になるのはそこじゃない。


「監視というのは?」


「地下15階から下は、まだ政府の管理が行き届いていない箇所があって、立ち入り禁止の区間が多いんだ。学生たちがそこに入らないように、今から指示を出すんで、指定の場所で待機してもらいたい。もし学生が進入禁止区間に入るようなら、すぐに止めるか、難しいようなら俺たちに連絡する……。そういう内容だ」

 

 今まで何を言われても平然としていたヤオの表情がついに険しくなった。


「契約書に書いてある業務内容から外れています。監視は掃除屋の専門外です」


「あ、ああ。それは、そうかもな」


 役人は頭をかいた。自分が言っていることが、ヤオの言うとおり契約外であることを知っているから、下手にならざるを得ないのだ。

 だから役人は言う。


「報酬は倍にする!」


 その一言ですべてが吹っ飛んでしまうのが掃除屋の辛いところ。


 ヤオにはまだまだ確認したいことがあったのに、報酬が増額されると聞いた仲間達は興奮が止まらず、飛び跳ねる奴までいた。

 その狂乱にヤオは潰された。


「参ったな……」


 嫌な予感がする。

 嫌な予感しかない。


 一人戸惑うヤオの背後で役人たちが囁きあっている。


「プランZってどういうことだよ……、聞いてねえぞ」

「俺だってそうだよ。だけど急に話が変わって……」

「死人が出たらどうするんだよ……!」

「落ち着けよ……、あの将軍の孫がいるから大丈夫だろ? メチャクチャ強いって聞いたし……」

「それは俺も知ってるけど、たった一人で何が出来るってんだよ……」

「まあ、何か起きたらあいつらのせいにすりゃいいんだから」


 あいつらのせい、か。

 なるほど。そのための監視か。

 何かあったときの捨て石か。


 ま、そうなるよな。

 

 失望感を抱きながらヤオは階段を降りていく。

 報酬なんかいらないと言って帰れば良かったと、自らを嘲笑いながら、それでいて、まあ、よくやったよな俺と、真っ暗闇の中を落ちていくまで、あと一時間ほどしか無かった。

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