【SF短編小説】銀河の誘惑者―マリーベルの愛と魂の遍歴―

藍埜佑(あいのたすく)

プロローグ

 西暦4045年、人類の文明は銀河系全域に広がり、数千の惑星に及ぶ壮大な銀河連邦を築き上げていた。その首都惑星ノヴァ・テラ、巨大な超高層ビル群が天を突き刺すように林立する未来都市の一角に、マリーベル・ステラリスは住んでいた。


 19歳の彼女は、まるで古代の彫刻家が理想の美を追求して作り上げた傑作のような容姿の持ち主だった。

 長く豊かな金髪は太陽の光を浴びて輝き、その艶やかさは見る者の目を奪った。碧眼は深い海のように澄んでいて、その中には知性の輝きと好奇心、そして時折垣間見える狡猾さが宿っていた。

 優美な曲線を描く眉、高く通った鼻筋、柔らかそうな薄紅色の唇、これらが調和して生み出す表情は、見る者の心を虜にせずにはおかなかった。


 しなやかで長い首から続く肩のライン、豊満でありながらも引き締まった胸元、くびれた腰、長く伸びた脚線―彼女の体の曲線は、まるで宇宙の神秘的な渦を思わせるほどに完璧だった。

 その姿は、古今東西の美の基準を全て満たし、さらにそれを超越しているかのようだった。


 だが、マリーベルの本当の魅力は、その外見だけにとどまらなかった。

 彼女の頭脳は、銀河系最高峰の知能を持つ人工知能と互角に渡り合えるほどに鋭く、その知性は周囲の人々を魅了した。

 彼女の会話は常に洞察に満ち、相手の興味を引き出し、時に鋭い質問で相手の心の奥底を探り当てた。


 マリーベルは、自身の魅力を十分に自覚していた。幼い頃から、周囲の人々、特に女性たちが彼女に惹かれ、彼女の言葉に耳を傾け、彼女の望むままに行動するのを見てきた。そして、彼女はその力を楽しみ、時に利用することを覚えていった。


 彼女の内面には、常に満たされない渇きのようなものがあった。

 それは、新しい経験への飢え、知識への渇望、そして何よりも、誰かの心を完全に支配したいという素直な欲望だった。

 マリーベルは、自分が同性に惹かれることを知っていた。しかし、それは単なる性的な欲望以上のものだった。

 彼女は、美しい女性たちの心を開かせ、その最も脆弱な部分に触れ、そして最終的には彼女たちを完全に虜にすることに、言い表せないほどの快感を覚えていたのだ。


 しかし、その一方で、マリーベルの心の奥底には、自分自身への不安と孤独感が潜んでいた。彼女は、自分の行動が他人を傷つけているかもしれないという罪悪感と、真の愛や友情を経験したことがないという寂しさを感じていた。

 だが、その感情を認めることは、彼女にとってあまりにも脅威だった。そのため、彼女はそれらの感情を深く抑圧し、代わりに自身の魅力と知性を武器に、周囲の人々を操ることに没頭していった。


 そんなある日、マリーベルは銀河連邦議会の若き議員イザベラ・ノヴァから、緊急の依頼を受ける。銀河連邦の存続を脅かす「クオンタム・シンギュラリティ」と呼ばれる未知の宇宙現象が発見され、その解明と対策が急務となっていた。イザベラは、マリーベルの並外れた魅力と知性を活用し、各惑星の重要人物から情報を引き出すよう依頼する。


 この提案を聞いたマリーベルの心は、興奮と期待で高鳴った。これは、彼女の能力を存分に発揮できる絶好の機会だった。銀河の危機を救うという大義名分の下、自身の欲望を満たすことができる。そう考えたマリーベルは、躊躇なくこの任務を引き受けた。


 彼女の頭の中では、これから出会うであろう様々な美女たちの姿が次々と浮かんでは消えていった。その想像だけで、彼女の体は熱く疼き、唇は思わずよだれを垂らしそうになったが辛うじて我慢した。なにしろマリーベルはクールビューティーなのだ。

 しかし美しい外見とは裏腹に、彼女の内側には狼のような欲望が潜んでいたのは事実だった。


 マリーベルは最新鋭の宇宙船「セデュース・スター」を与えられ、銀河横断の旅に出ることになった。彼女は出発の準備をしながら、これから始まる冒険に胸を躍らせた。未知の世界、新たな出会い、そして何より、自分の魅力を存分に発揮できる機会。全てが彼女を魅了した。


 しかし、その興奮の中にも、かすかな不安が忍び寄っていた。この旅が、自分自身の内面と向き合うきっかけになるかもしれない。そんな予感が、マリーベルの心の片隅をかすめたのだ。だが、彼女はその思いを振り払うように、最後の荷物をまとめ上げた。


 やがて、出発の時が来た。マリーベルは深呼吸をして、「セデュース・スター」に乗り込んだ。彼女の瞳には、冒険への期待と、未知への不安が入り混じっていた。宇宙船のエンジンが轟音を上げ、マリーベルの新たな旅が始まろうとしていた。


 銀河の彼方には、彼女の人生を大きく変える出会いが待っていた。そして、その旅は彼女自身の内面との対話の始まりでもあったのだ。

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