第21話


「何服脱いで、ッ⁉︎」


 フッ、と姿を消したティナに急ブレーキをかけたタラバが、咄嗟にハサミでガードを固める。


「ッガードだズワイ‼︎」

「えっ――ッゴボぇえ⁉︎」


 瞬間透明化したティナの小さな拳が、ズワイの胸部にめり込む。

 分厚い甲殻を波状に吹き飛ばし、陥没させた彼女は、自身の三倍はある巨体を軽々と殴り飛ばした。


 ティナは大事な部分以外の透明化を解き、手を口に当てバカにした様に笑う。


「プププ〜w 一応警戒して透明になってあげたのに〜、反応もできないとか、ざっこぉ♡」


「……な、は?」


 ゴム毬の様にブッ飛びバウンドするズワイを目に、固まるタラバ。目の前で起きた現象を処理できず、彼の脳内が一瞬バグる。

 何だ今のは? こいつがやったのか? いやそんなまさか。ガキが持っていていい腕力じゃねぇだろ⁉︎ ッ落ち着け。バカげた膂力、触手化した人差し指、透明化。

 そしてこの、


「にゅふっ、はいおじさんのば〜ん♡」


 圧ッ。

 捕食者を前にした本能的な恐怖に、タラバの全身から冷や汗が噴き出した。


「まさか、……た、こ」


「うん。可愛いでしょ♪」


 ティナの尾骶骨上部、腰あたりから、デュロンっ、と四本のぶっとい触腕が生える。

 八朗とは真逆の、純白の触腕。

 収縮と膨張を繰り返す吸盤。

 テラついた皮膚。

 獲物を探るように地を舐める触腕。


 溢れ出る神聖さを塗り潰す程の、悍ましさ。


「グッ、ギッ、ギシャァアアア‼︎」


 笑みを浮かべる悪魔の化身を前に、タラバは雄叫びを上げる。湧き上がる恐怖を掻き消す様に、彼はハサミを構え突撃した。


「死ねぇ‼︎ 死ねぇ‼︎」


「や〜だや〜だw」


 振り抜かれたハサミが空を切り、振り下ろされたハサミがコンクリートを砕く。


 今まで何人もの能力者を屠ってきた凶器を、しかしティナは右へ左へ、ヌラリヌラリと軽く躱す。


「あんよが上手♡ あんよが上手♡」


「クッソガァア‼︎」


 当たらない攻撃に、繰り返される挑発に、タラバの攻撃が苛烈さを増す。

 しかし首を狙った一撃はペシっとはたかれ、心臓を狙った一撃はパシッとはたかれる。圧倒的なまでの実力差に、とうとうタラバの目に涙が浮かんだ。


 そんな彼の必死な表情を見て、ティナの全身がゾクゾクと波打つ。

 振り被られた両のハサミに一瞬で触腕を巻きつけ、イエスキリストの如く空中に吊し上げた。


「ガ⁉︎ ンヌォオオオ‼︎」


「がんばれっ♡ がんばれっ♡」


 パンっパンっ♡ と手を叩く彼女に合わせ、両側へ引っ張る力も増していく。


 タラバも全力で抵抗するが、結果など拘束された時点で見えている。

 太く頑丈なタラバの腕に、亀裂が走った。


「がんば、あぁっ♡」


「グァアアアア⁉︎」


 両腕を引きちぎられたタラバが地面に落下し、青い血を噴き出しながら悶え苦しむ。

 しかしそこは流石の再生生物。無くなった腕を数秒で生やし、地面に手をつき玉の汗を零した。

 ようやく彼は理解した。

 こいつは自分達でどうにかなる相手じゃない‼︎ 組長に報告しなければっ。

 ……なぜか追撃が来ない今がチャンス。

 タラバは息を整え、逃げる準備をしながら、ゆっくりと顔を上げ、


「…………ぇ」


 絶句した。


 ……自分の太いハサミを胸に抱き、必死にチューチューと吸っている少女。



「ん゛ぉ゛お゛ッ……お゛っほぉ♡」



 頬を紅潮させ、満足げに天を仰ぐ化物に。

 化物が浮かべるイっちまってる表情に。

 タラバは、今までに目にしたどんな物よりも悍ましい何かを垣間見た。


 直後、少女の背後に忍び寄る影。


 機を伺っていたズワイが、血を吐きながらもハサミを振り上げた。


「ッッ死ねやァボビョ――」


 瞬間、その背後から忍び寄っていた八朗が、ズワイの脳天めがけ前腕を叩き下ろした。

 エゲツない音を立て、装甲に守られていた頭部を胸部までめり込ませる。


 即死である。


 怒涛の展開と何も変わらなかった結果に、タラバも唖然と八朗を見つめるのだった。


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