第9話
「だ〜か〜ら〜、あれが、私」
「……え?」
…………え? 自分を指差す彼女に、私は目をパチクリする。
この少女が、私の左腕? 比喩ではなく、ガチの?
「え、あの、それはどういう?」
「も〜、察し悪いとモテないよおじさん?」
「すみません。なにぶん腕が人になったという前例を聞いたことがなく、ご教授願えればと」
頭を下げる私を見て、エナドリをグイッと飲み干した彼女が「むふふ」と笑う。
「仕方ないな〜w いいよ。教えてあげる!」
「ありがとうございます」
「鈍感なおじさんでも、もう自分の能力には気づいてるよね?」
「……これでしょうか?」
指をニュルニュルと変化させる。
「そ。おじさんの能力は【蛸】! 蛸みたいなことはだいたいできるの!」
「はい」
「そゆこと!」
「はい」
「……」
「……」
ニコニコな彼女と見つめ合う。
「……お、終わりですか?」
「え? うん」
「……あぁ、そうですか。はい」
「ちょっと何その感じ⁉︎ せっかく教えてあげたのに! ウッザぁ!」
「ソーセージ食べます?」
「ん!」
ソーセージをパリパリと食べさせながら、私は考える。
蛸みたいなことはだいたい出来ると言っても、切断した腕から本体が生えるなんて聞いたことがない。……そもそも能力とかいう未知の力だ。もっと認識を拡張した方が良いのかもしれない。
「……そう言えば、蛸は脚の一本一本に脳があるって聞いたことが」
「うん。だからそう言ってんじゃん?」
言ってないが?
「つまり私から派生した、分裂体みたいな物ってことですか?」
「ウケるw」
「ウケますね」
「イェ〜イ」と笑う彼女とハイタッチ。
「つまりおじさんは、常日頃から私みたいなロリロリ美少女を妄想していた変態さんってことなんだよねw うっわ〜バレちゃったね〜w 恥ずかしいね〜w」
「……そういうことに、なるのでしょうか」
私はフィギュアケースに並べられた、数々のママ属性お姉さんキャラを眺め、もう一度目の前の少女を見つめる。
「……少女さん」
「なぁにw」
「私を殺してください」
「ぬぇ⁉︎」
死んだ目で天井を見つめる私に、少女が慌てて立ち上がる。
「ちょっ、何でそうなるのおじさん⁉︎」
「こんな変態はこの世から消えた方がいい。どうぞ一思いに」
「おっ、落ち着きなさいッ、早まるんじゃないわよ‼︎ 落ち着いて‼︎」
「ぁいでっ、いでっ、いたっ、痛い、はいっ、あのっ、もう大丈夫っ、ですからっ、落ち着いてください。早まらないでください」
ゴガンッ、ガゴンッ、と執拗に後頭部を殴られ続け、私の視界がキラキラし始めたところでストップをかける。
「フゥっ、フゥっ、落ち着いた⁉︎」
「落ち着きましたから。落ち着いてください」
私は反省する。下手に自虐するのはやめよう。命に関わる。
「しかし、分裂体があなたの様な少女で助かりました」
「えっ、なになに〜? いきなり素直になっちゃって〜♡」
「もしあの様なタイプだったら、私もそれなりにドギマギしてしまったと思うので」
「……」
「……」
私の指差した先。美しいお姉さん方のフィギュアに、少女の目が向く。
「ッッ!」
「っごめんなさい、落ち着いてください。少女さんも充分魅力的です。本当です」
拳を振り被ってフィギュアに突撃しようとする彼女を、私は全力で羽交締めにする。力つっよ。
「っフシュ〜、フシュ〜! だからおじさんはモテないんだよ! この変態! ロリコン‼︎」
「矛盾していますが」
「むぅうう‼︎」
私は少女を定位置に座らせ、これからどうしたものかと考える。
「……少女さんは、行く当てとかあるのでしょうか?」
「はあ? ないに決まってるじゃん。……おじさんが無責任に産み落としたせいで、ね♡」
膝の上に座り上目遣いで見上げてくる彼女を、私は溜息を吐いて床に下ろす。
「その言い方は語弊がありますので、外では言わないようにお願いします。……しかし、そうですか。もしかして、私があなたを養う感じでしょうか?」
「もしかしなくても当たり前じゃん。私のためにちゃんと働いてよね、ザコおじさん♪」
「ザコおじさんにたかるのもどうかと思いますが。……はい、分かりました」
「イェ〜イお財布ゲット〜♪」
「……」
これが俗に言うパパ活というやつか。ちっとも嬉しくないのが気になるが、私が蒔いた種だ、責任は取らなければならない。蒔いた種というのはそういう意味ではなく、比喩的なあれだ。
「てかさ〜おじさん」
「はい」
「さっきから少女さん少女さんって何? ナメてんの?」
「ナメてはいませんが……、お名前は?」
「つけてよ」
彼女の瞳が、少しだけ真剣な色を持ったのが分かった。
しかしそれも一瞬。
「……いいんですか?」
「ほら、そういうの好きでしょ、厨二病の男って? 異世界行ったら絶対奴隷買って自分で名前つけたがるじゃん? それで女は涙流して喜んだりしてさ、キッモw 独占欲と劣情が透けて見えるってw 女性経験のない陰キャオタクが妄想しそうな典型例だよね♪ おじさんもそう思うでしょ? キ・モ・いって♡」
「……はい。私は断じて違いますが、はい」
「アハハっ、だよね〜w もしおじさんがそんな人だった、私怖くて眠れないも〜ん♡」
……どうしよう、風呂場に蛸壺置いて『ここがお前の部屋だ』って言ってやろうかな。
しかし完全に否定できない自分がいるのも事実。悲しきかな厨二病。
「名前ですか」
「可愛いのお願いねっ♡ ふざけたら茹でるから」
それは今の私には致命傷だ。
……名前、名前、どうせ蛸ならそれっぽいのから取りたいが。
私は記憶から蛸関連の知識を色々と集め、ニュルニュルと可愛くデフォルメしながら組み上げる。
「……ティナ、なんてどうでしょう?」
「え、可愛い!」
パァッ、と明るくなった彼女に、私も微笑む。
原型は殆どないが、ちゃんと私の好きな蛸から取ったものだ。気に入ってもらえたようで何より。
「やるじゃんおじさん! 見直したよ!」
「見損なわれていたことが腑に落ちませんが、光栄です」
私は苦笑し、手を差し出す。
「改めまして、私は墨善 八朗と申します。これからよろしくお願いしますね。ティナさん」
「うん! よろしくね。お・じ・さん♡」
私はあくまでおじさんらしい。
ゴツゴツとした大きな手と、柔らかな小さい手が握手を交わす。
オンボロアパートの、汚い部屋の中。
自身の異常さを理解していないこの男こそ、これから日本中をその触腕で掻き回すことになる元凶である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます