どうせ私はタコ🐙でザコ♡ 〜異能【蛸】で裏社会を蹂躙する限界社畜道〜

美味いもん食いてぇ

第1話 プロローグ




「――ッこんのタコがァア‼︎」




 とあるオフィスに怒声が響き渡る。


「テメェこれの納期明日までだったよなぁ⁉︎ ああ⁉︎ 今更間に合わないって、先方にどう説明すんだよゴルァ⁉︎」


「すみません」


「謝って済む問題か? 謝って済む問題かって⁉︎」


「すみません」


「テメェのせいでこの場にいる全員が迷惑してんだよ‼︎ そろそろ自覚しろよダボが‼︎」


「……すみません」


「チッ、謝れって言ってんじゃないの! 理由を聞いてんの‼︎ すみませんだけ言っときゃ許されるとでも思ってんの? ほら、俺を納得させるだけの理由があんだろ⁉︎ 言ってみろよ!」


「……こちらの担当を部長から引き継いだのが昨日でして、私も時間が足りない旨はお伝」


「言いわけすんじゃねぇ‼︎」


「っ……はい」


 投げつけられた書類束が顔に当たり、バサバサと床に落ちる。


「チッ、さっさと謝罪行って来い‼︎

 ったく、お前らもこんな大人になるんじゃねーぞー? 謝るしか能がない。仕事も碌にできない。良い反面教師だなぁ?」


「……」


 床に散らばった書類を、ただ黙々と拾い上げる。


 周りの社員達は、またか、と他人事の様に溜息を吐き、一瞥するだけで業務に戻る。

 この光景が日常茶飯事であることの証明だ。


 惨めに這いつくばる私をあからさまに避け、関わりたくないと見て見ぬふりをする。


 ……しかしそれも仕方のないことだ。

 過剰なタスク。一日で片付く筈もない書類の山。当然の様に降りかかる上司からのパワハラ。

 皆も自分を守るのに必死なのだ。

 他人の厄介ごとに首を突っ込める程、私達の精神に余裕はない。


「……失礼します」


 クシャクシャになった紙束を手に、自分のデスクへと足早に帰る。

 周囲から感じる軽蔑の視線、重苦しい空気。

 肥大化した自己保身が、まやかしの糾弾を幻視させる。

 誰も私のことなど見ていないと気づいている筈なのに、こういう時だけ一丁前に周囲の視線が気になるのだ。


 助け合いの精神など誰も持ち合わせていない。


 自分の身は自分で守らなければならない。


 ネジは欠けても替えがきく。


 歯車に感情はいらず、自我も必要ない。


 それが私の学んだ社会であり、秩序だ。




 しかし、それはそれとして、たまに思うのだ。










 ……私は、何のために生きているのだろう?










 その日は、謝罪訪問と始末書の作成で一日が潰れた。


 時刻は朝の三時。

 他の者は皆終電で帰り、薄暗いオフィスには私しか残っていない。


 私の家はここから徒歩圏内にあるため、部長に嘆願して遅くまでオフィスを使う許しを得ているのだ。

 勿論残業代はつかないが、私は仕事を家に持ち帰りたくない、向こうは話の分かる馬車馬が欲しい、実にWin-Winな関係というわけだ。


「……はぁ」


 ピコン、とディスプレイの右上に表示される、部下からの確認メールと上司からのお気持ちメール。


 私は苛立ちに眉間を揉み、残っていたエナジードリンクを一気に飲み干した。

 ……確認は明日の朝、上司のは……帰り道で適当に返信すればいい。流石に今日は疲れた。


 席を立ち帰宅の準備を始める私の脳内に、今朝の怒鳴り散らす部長と、先方の失望した顔がフラッシュバックする。


 ……久々に大きなミスを犯してしまった。断じて私に落ち度はないと言いたいが、あのハゲ部長からの理不尽なタスクをいなしきれなかったのが運の尽きだ。

 ここ数年は上手く立ち回れていたのに、気が抜けたかな。


 デスクにゴロゴロと転がるエナドリの残骸を捨て、オフィスの電気を消して鍵を閉める。


 恐らくあのクソ部長は今回の失敗を私のせいにするだろうし、もしかしたらクビもあり得るかしれない。


 ……クビ。


「……クビかぁ」


 ……残念なことに、悪い気はしない。


 この仕事に何の思い入れもないし、社是が掲げる仲間だの同士だのも、入社してこのかた感じたことがない。


 ならさっさと辞めればいい。

 弊社をブラックだの何だのと散々貶しておいて、しかしいざそこから逃げるとなると、先の読めない未来が怖くて足踏みしてしまう。


 結局私は、誰かに逃げ道を与えてほしいのだ。

 酷く利己的で、浅ましい待ちの姿勢だ。

 こんな人間は社会の底辺の歯車で、一生錆び付いているのが性に合っている。




 辞めたい気持ちと、辞められない気持ち。

 上と下に挟まれて、日々心を擦り減らしている私の名前は、



 墨善 八朗スミヨシ ハチロウ



 現代日本のシンボライズ。

 人生に絶望したサラリーマンの一人である。


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