第35話 その手腕、神の如し
◆──陣中に策を得る──◆
セイヴローズの王都セヴァークの議事堂。
今日もヴィネアと司長たちと議論が始まっていた。
「陛下、南方の日照りの影響による不作により、ガメレー族から税の取り立てを緩和して欲しいとの内容なのですが・・・」
外財司長のアーサー・ウィリアムスが読み上げているのだが、
ヴィネアは完全に集中するということができない。
その理由はただ一つ、ユリーナから遣わされた兵の報告により、
アトレーナの参戦を知ったからである。
──ユリーナ、本当に大丈夫でしょうか──
アトレーナをとても警戒していたユリーナ、
ヴィネアはその真意は理解できないままだった。
それでも、たったひとりの
この不安が拭い去れない日が、しばらく続くことになる。
~~~~~~~~~~~~
アトレーナは、前線に近いフェール=ライアント城に入城した。
前総騎督のスキットは体調を崩し、その任を解かれたのと同時に、
その責任を問われ強制送還されていた。
だがアトレーナにとってそのようなことはどうでも良い事だ。
彼女は現在の、まさにリアルタイムな戦地の状況を知る必要があったのだった。
そして各戦地での経過や、戦況を聞いて驚きを隠せなかった。
凍える冬の夜のすきま風が、
フェール=ライアント城の礼拝堂にあるアトレーナのいる部屋に吹く。
その中、アトレーナは灯りを頼りに、
テーブルに置かれた報告の書物を見てため息をついていた。
「どの敗北も稚拙でずさんなものだ...まったく、スキットは一体何をしていたのだ」
半ば呆れたような表情をしていると、
軍神騎士団の騎士隊長ダルミニスタが部屋に入ってきた。
ダルミニスタは30という年齢になりながら、
女に見間違えられるほどの美男子で有名である。
もちろんアトレーナには劣るが。
「御館殿、物資の点検は終わりましたよっと」
調子のよい軽い言葉で話しかけ、
その軽さに相変わらずだなという表情をするアトレーナ。
だが、すぐに厳しい表情に戻る。
「気をつけろダルミニスタ、今は総騎督と呼べといっただろう?」
「ええ、でもまぁ御館様には変わりませんし、名前が変わっても御館様に変わりありませんよっと」
鼻をポリポリ擽るようにかきながら、
アトレーナの顔を見て困っていることを読み取った。
「そんなに悪いんですかっ?」
「…悪い、というよりも先がない」
「先??」
「全てその場しのぎで、簡単に裏をかかれ、長期的な戦いを想定されていない。
だから、こうも簡単に攻め落とされる」
アトレーナがため息をつくと、
テーブルから離れて礼拝堂の広間へ向かって歩き出す。
「まずは負け癖を消し去ってやる他ない──」
アトレーナは決意を固め、近い戦いに向けて備えることを誓った。
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翌朝、アトレーナは自ら少数の護衛兵だけを率い、
極秘に敵が占拠した城や砦、布陣の様子を見てまわった。
報告書では〇〇の陣や、方角などを文で説明するように書いてあったが、
実際に見てみることで思考と現実の差を知る。
正直なところアトレーナにとっては、報告のどこまで信頼できて、
どこまでが報告以上で、なにが報告以内なのかというものは天性の感覚と目算である程度予想がついていた。
だが、あえてそれを行動に起こして自らがしっかりと見たという事実が、
部下に命令を忠実に実行してもらうための手段だと、
誰よりも知っている。
王の妹で、いきなり戦場に遣わされたことに対して僻み様な思いを抱くものもいるため、
それを警戒しての偵察も含まれていた。
アトレーナは、城に近い敵陣を3つほど視察した後、
帰り道で愛馬ディフォールに跨りながら今後の計画をひとりで練っていた。
──敵の布陣、どれも鉄壁の構えだった...劣勢に勢いを戻すには、会心の勝利か、小さな勝利の積み重ねしかない。だが、我が軍の士気では積み重ねもたかが知れてる──
ゆっくりと帰路につく途中、山間の細道でディフォールが急に足を止めた。
「どうしたディフォール?」
気になったアトレーナが声をかけると、ディフォールは近くの茂みを見ながら佇んでいる。
それに気づいたアトレーナは、
ゆっくりと馬からおりて茂みの方へ向かった。
すると茂みの向こう側には、自分より大きな小動物を丸呑みして腹が大きく膨れた、小さな蛇が地を這っていたのだ。
アトレーナはそれを見て、ディフォールを感心し、
優しい眼差しを向けた。
「──お前は賢いな...」
その時だった、アトレーナは突如何かを閃き、
その場で指を筆代わりに空中になにかを書こうとするかのような仕草を見せる。
「ふむふむ...よいな、やはりそうでないと」
ひとりで呟くアトレーナ。
それを見た護衛兵たちは何をしているのか不思議に思い、戸惑う。
だがアトレーナはそんな兵たちは他所に、再度ディフォールに跨り、
急いでフェール=ライアント城に帰ることを告げる。
「時は散る花よりも短く儚いもの、惜しまぬように急いで動かねば」
アトレーナは颯爽と駆けてゆく。
護衛兵ただ後ろを急いでついて行くしかなかったが、
とびきり優秀な駿馬であるディフォールに追いつくのは至難の業だったという。
そして、アトレーナが見つけた蛇は翌朝、
腹が膨れすぎてその命を落としたこと、
誰も知ることのないできごとである。
◆──アトレーナの初戦──◆
アトレーナはフェール=ライアントに戻ると、
軍神騎士団の騎士隊長以上のものと、軍の指揮官階級のものを城の別棟の広い会議部屋に集めた。
そしてすぐに自らの思いついた策を述べる。
「今日、敵陣を視察して私が共通して感じたことはただひとつ、“敵はこと守ることにおいてのみ、その力を注ぐ布陣”であるということだ」
アトレーナの力強い声が部屋に響き渡る。
部下たちはみな、アトレーナの言葉を必死に聞く一心で、
その大きさなど気に留めることはない。
「──故に、今回我々は、敵が支配している城や砦を堂々と敢えて無視をする」
アトレーナの放った言葉は皆の脳に突き刺さる。
それと同時にその言葉に、多くの部下が驚きつつも、真意を察することができない。
すると部下のひとりが
「それは...まさか、戦わぬということですか?」
と尋ねた。
恐る恐る尋ねた低い階級の将は、怯えた小動物のような目をしている。
アトレーナはその様子を知りながら、あえて気にかけずにその問いに答えた。
「端的にいえばそうなるだろう。だが、相手の動きの最終確認も兼ねている...絶対的な要点を防戦に備えているなら、攻めてくることはない。
我が軍と敵の勢いでは差があるのは事実。
だが、セイヴローズは伸びきった補給線の限界点であるというのも同義。
ならば、ただ一点の要所を正面から狙い、落とすのみ。
狙いはここだ!!」
アトレーナが卓上に開かれている地図を、指揮棒で勢いよく指す。
その場所とは、幾つも布陣されている敵の砦や平原などへの移動への扇の要ともいえる場所、
【ティ=グース】の城であった。
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翌日、早速アトレーナは自ら兵を数千率いて、
行軍を再開した。
フェール=ライアントは、腹心のエクサーたちに任せた。
朝早くに始まった行軍だったが昼を過ぎたところで、
アトレーナはとある命令を下す。
「よし、この辺だろう...これより、第一軍と第二軍に分かれる。
第一軍はこのままティ=グースに向かえ。ただし、くれぐれも戦馬の速度に皆合わせるように。頼んだぞジークロス」
第一軍を任された軍神騎士団の副団長ジークロス・ウィナ・ケルテンタムはそれを聞き、
「引き受けました」と返答する。
年齢27の長髪の男で、剣術はエクサーの弟子でもあり、いわばアトレーナの兄弟子だ。
ジークロクスはアトレーナの命令を聞き、戦馬を率いて、
そのまま行軍を再開した。
そしてアトレーナは第二軍を率い、駿馬の騎馬隊を率いて、別方向からティ=グースに向かったのである。
第一軍より第二軍の方が兵が少ない別働隊、いわば奇襲用の伏兵や、援護兵だと思われるだろう。
しかし、今回に関しては第二軍の方が兵の数は多い。
本来であれば、第一軍を総大将と言うべきアトレーナが率いるのがセオリーというものだ。
しかし、アトレーナは自ら別働隊率い、
急いで敵に気づかれないように移動を始めた。
アトレーナの率いた第二軍は圧倒的な素早さ、いわば騎兵の本領発揮をし、
ティ=グースに到達した。
そして、第一軍が到着する前に、
城をいずれくる第一軍とともに挟み合うかのようにして、攻撃を始めたのである。
ティ=グースを守っていたのは、
ジャンスの部下のポスフェリノ・ドロイデッヒ中卿であった。
セイヴローズはユリーナの命令で、攻めに転じることは禁じ、
各部隊の厳守を命じていた。
ポスフェリノももちろんそれを守ってはいたが、
直接敵が攻めてくるまでには、報告によれば時間がかかるという計算だった。
それだけでなく、敵が本当に攻めてくるとは思えないという慢心も僅かにあっただろう。
しかし、アトレーナの第二軍は駿馬を使い、
想定よりも遥かにはやく攻撃をしてきたのだ。
それも第一軍が攻めてくる方向とは逆から。
焦ったポスフェリノは急いで守りの構えを見せたが、
ティ=グースの城にはある致命的な欠陥がある。
それは、城の内部に入れるグラスディーンの兵たちしか知らない隠し通路が存在した。
元々グラスディーン領内のこの城のことを誰よりも知っていたアトレーナはそれを利用し、
城の内部に先行部隊を突入させ、
城門を開くことに成功した。
もし、頭のキレるユリーナが最前線にいたのなら、気づかれたかもしれない。
しかし、それが仇となってティ=グースは危機に陥った。
そしてアトレーナがいたこともあり、第二軍が本体だと思い、
急いで他の砦や城に救援を求めた。
だが、救援を求めた兵が出発して間もなく、
ついに第一軍も城までやってきたのだ。
そこからの話はもはや言うまでもないだろう。
アトレーナの手によって日が暮れかけた頃には、
ティ=グースは陥落し、ポスフェリノは敗走した。
要所のティ=グースの陥落と、久々に喜ぶグラスディーンの兵たちだったが、アトレーナは急いで第二軍を再編成していた。
「アトレーナ様、第二軍は間もなく準備ができるとの事です!」
連絡兵の言葉を聞き、アトレーナは下がらせると、
第一軍を率いたジークロスがやってくる。
「総騎督、兵が喜ぶ間を惜しんでもう出撃ですか」
アトレーナの狙いは知っているが、身体をいたわるかのような優しさを含んだ声で話しかける。
「ええもちろん、城は落としたが敵の援護兵がやってくる。
この城では防衛する側が圧倒的に不利になる。
駿馬の騎馬隊で勝てなくても最低限引き分けにでもすれば、
その間に陥落を知った敵軍は下がるだろう。
時間稼ぎにはちょうど良い」
アトレーナはそう言うと、腰の剣を握り、出撃の用意に向かう。
「相手の密偵を考慮し、騎士団の数名に作戦を伝え、
今日の急な編成で兵たちも疲れているのでは?
先に攻めた第二軍なら尚更でしょう。
それを考えて敵が退かなかったら?」
アトレーナがジークロスの横を通り過ぎた瞬間、ジークロスが密かに尋ねると、アトレーナは少しだけ微笑む。
「安心しろ、既に手は打ってある。
このアトレーナの手腕しっかりと目に収めるんだな」
そう言って出撃をした。
ジークロスはやれやれといった仕草を見せたあと、
アトレーナに頼まれた城の整備を初めていく。
~~~~~~~~~~~~
アトレーナはディフォールに跨り、
第二軍を率いて敵の援軍とぶつかりあった。
既に日が暮れている戦いだったが、
時間はそう長くかからなかった。
なんと、小一時間程度でアトレーナの言った通りにセイヴローズが退却したのだ。
するとアトレーナは第二軍の本来の目的ではなかった、
ティ=グースの近いティ=ゴーリオの砦に向かい、
攻め落とした。
そしてそこには、なぜかグラスディーンの他の兵たちが先に攻め入っており、
いわばアトレーナたちが援軍という形で攻め落としたのだ。
この日、1つの城と1つの砦を攻め落とし...いや、取り戻したグラスディーンは勢いを取り戻そうとしていた。
後にアトレーナの神の如しといわれる手腕は、
この戦いから始まっていたのだった。
(続)
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