第28話 嵐の前に

◆──和睦の価値──◆


「ラーペノン・ウェル・アイザス外交大臣はあなた方と密かに和睦をしたいと願っているのです」


ローヴェンの言葉に、救いができたと思ったヴィネア。

まさに彼女にとって暗闇の中で一筋の光が見えた、

そんな希望だった。

この希望にもはやすがるしかないと、ヴィネアはローヴェンと話を続けていく。


「外交大臣が...ですか?」

「はい。アイザス大臣は亡くなったポレロット老公と旧知の仲であり、

あの方がどのような人間だったかもご存知です。

生前のポレロット老公のお考えも、知っていたのはアイザス大臣のみ...そしてその考えとは“二国間の競争による発展と平和”でございました」


ローヴェンの口調はどこか遠い昔を懐かしむようだった。

そしてそれがヴィネアにとって、

感情的な信頼材料となる。


「ポレロット老公が現在、畏れながらヴィネア女王とグラスディーンを陥れようとしていたのでは?という根も葉もない話に始まり、次々とそれを裏付けるような証拠が不自然なほどにでてきました。

これをアイザス大臣は好戦派を扇動するための策略だと考えています。

そこで和睦の提案をする前に、陛下に恐縮ですが改めて直接ご確認いただきたいのは、

“ヴィネア女王陛下は本当にポレロット老公と謀略を巡らせてはいなかったのか”という事なのです」


ローヴェンの口調は強いものになり、その答えを聞くために睨むようにヴィネアに眼光を飛ばした。


「──はい、ポレロット様とは貿易における翠衣賊の問題を共に解決するため、

クライエル王への書状を託したのです。

しかし、なぜかそれが共謀...結託の証拠となっていると聞いています」


それがなにを意味するのか、どれほどの重さなのか、

それをヴィネアは理解し、慎重に応じる。

するとローヴェンは鋭い目を少し和らげ、

元通りの目つきになる。


「ヴィネア女王の言葉を信じさせていただきます」


 この信頼を仮定した会話に始まり、ローヴェンとヴィネアの対談は続いていった。

ローヴェンから聞かされた提案は、

グラスディーンとセイヴローズの国境付近の中立線を下げ、

中立地へのセイヴローズの関与を撤退させるというものだった。

その具体的な場所や、中立線を地図を見ながらローヴェンは熱心に説明した。

さらに、ローヴェンは事件の調査と称して軍の一部をセイヴローズに入国させるという自国の条件を、

クライエルの妹であるアトレーナが率いる守神騎士団の派遣への変更を要求すれば、

セイヴローズに害は及ばないことを提案した。

理由としてクライエルだけでなく、多くの家臣が一目を置く実妹であれば、

誰も逆らうことはできず、クライエルも誰よりも信頼している身内であるということだ。

そしてアトレーナの人間性として、非道な策略は行わないということも理由として挙げた。

ヴィネアもアトレーナという人物を直接知りはしないが、

噂などでその人物像に惹かれるところはあり、

よく話を聞いた。

グラスディーンの外交大臣としては、アトレーナを政治に関わらせ、

太政大臣の介入をなくそうとする動きも絡んでいたのだが、

そんな事情はヴィネアにはわかるまい。

そしてその夜は、ヴィネアも家臣たちと熟考するという答えのみを残してお開きとなった。

そして僅かな期待と不安が混ざって眠れない夜を過ごし、

朝一番にユリーナを王宮に呼ぶことになる。


~~~~~~~~~~~~


 眠れない夜を過ごしたヴィネアは、

眠気さえ感じさせないほど緊張した面持ちで早朝の王宮にユリーナが馳せ参じるのを待った。

そして日が昇ってもまだ、陽光の温もりを感じない頃にユリーナは朝一番でやってくる。

話を始める前に、ユリーナはおおよそ話の内容に検討はついていたが、

具体的な事柄を知るため、朝までヴィネアと同じように眠れない夜を過ごしていたのだ。

そしてハールを呼び、

ともにヴィネアと対話をする機会を与えるようにした。

ヴィネアもハールの同席を認める。

ついにヴィネアとユリーナはテーブルを挟んで向かい合い、

ハールはその少し後方で待機するという中、

ローヴェンから提示された和睦の条件を述べたのである。

ヴィネアは戦争回避のため、和睦に王として命を懸けて臨んでいた。

その積極的な姿勢は、ヴィネアの熱弁によってユリーナには十分すぎるほど伝わる。

さらに亡くなる前のターネスが遺した言葉。


「──今争えばグラスディーンと共倒れするだけです──」


この言葉に対して、ヴィネアは決して争わないと約束をしたこと、

それ故に自分は和睦を実現させたい旨を話した。


「......それでユリーナ、この和睦の提案如何様に考えますか?」


説明をし終えたヴィネアはユリーナに尋ねる。

ヴィネアの熱弁の間に、ユリーナは頷いたり、相槌をうったりはしたものの、

明確な意見は述べなかった。

そのため、ヴィネアも不安を隠しきれず、

直接尋ねたのだ。

もちろんこの問いに、ヴィネアは期待を含んだものだっただろう。

だが、その答えは想定外のものだった。


「──陛下、今仰った内容がグラスディーン側の妥協点というのだとすれば、

我が国は。」

「えっ!?!?」


はっきりとしたもの言いをするユリーナに、驚きを隠せないヴィネア。

そしてその後方で聞いていたハールもやや驚いたような表情をした後、

すぐに取り繕う。


「り、理由を...理由を申してください!」


発言の理由を尋ねるその声には、そんな事は無いはずだというような、

焦りにも似た様子が感じられる。

ヴィネアの姿を見て、ユリーナは僅かに痛む心を押し殺し、重い口を開いた。


「率直に言わせていただきますが、これでは宣戦布告に対しての降伏と同じこと...和睦の方が聞こえ方がいいように感じるだけです。

既に大々的の宣戦布告となった今、真の和睦とは互いが対等な条件で、少ない損失で利を一致させる他ありません。

ですが内容を聞いた限り、一方的な条件提示を受け入れることが向こうの狙いとも言えます」

「そ、それは...」

「中立線を下げ、セイヴローズの中立地への関与をさせない?

要するに中立地とは名ばかりの国土を欲するようなもの、

それに関与させないという時点で既に対等関係ではなくなってしまいます。

そして守神騎士団の件に関しては、断じて受け入れることはできません」


中立地に関することよりも、守神騎士団についての話になった途端、

突如強い口調になるユリーナ。

一方的な理詰めで返す言葉もなかったヴィネアだったが、

急な強い口調に対する違和感だけは感じ取った。


「しかしユリーナ、騎士団長のアトレーナはクライエル王の実妹、

それに私の命を助けていただいた縁もあります。

それに貴方も認めるほど聡明なのでしょう?

であれば…」

「聡明すぎるので、良くないのです…」


ユリーナは話し途中のヴィネアを遮り、

刃のような目つきで、獲物を狙う獣のごとき視線を送った。

その凄まじさにヴィネアも思わず、言いかけた言葉を無意識に分解させた。

その間にユリーナはヴィネアへの視線を下の方に逸らし、

ただ一点を見つめて呟くように話し出す。


「恐ろしいほどに頭のまわる相手です、

それも私の考えを見透かすほどの。

私はあの者は必ずセイヴローズの災いになると思っています。

...

団長のアトレーナは今、独自の秘密調査で都を離れ、国政からは遠ざかっています。

話によれば人望もクライエル王を上回るとも聞くほど、

そのような危険な存在を自ら近づけ、国政という場に引きずり出してしまうなどあってはいけません!!」


怒っているかのような口調のユリーナ。

そしてそんな様子を初めて見たヴィネアは驚きのあまり、

言葉を失いながらユリーナを見る。


「なぜそこまでアトレーナという者を警戒するのです?」


沈黙が少し続いた後、それをかき消すようにヴィネアは声を発した。

それに対し、ユリーナはたったひとこと


「我が国の恒久的な繁栄のためでございます!」


と述べた。

そしてその後も結局ユリーナの強い決意は揺らぐことなく、

ヴィネアの相談は終わることになる。

ヴィネアはただひとり頭を抱え、

その日の議論に臨むのだった。


◆──ありえざる未来──◆


 議論の場では大司長であるユリーナ自身が和睦受け入れられずという立場であったため、

多くの家臣が宣戦布告に対して望むところだと言わんばかりの勢力が増えていった。

ユリーナも大司長という立場から迂闊に口には出さなかったが、

ヴィネアはユリーナ自身ももはや行き詰まった交渉に光を見出していないことは雰囲気で伝わるものがある。

事実ローヴェンを寄越したラーペノン外交大臣も、

太政大臣ドッドノーツによって冷遇されている立場にあったのも理由になっているだろう。

和平交渉すら許さないものだと。

その日の議論では結果は出なかったが、

もはや開戦が決定となるのは時間の問題であった。

 そんな中、既に開戦を想定したセイヴローズ軍内部は、

密かに軍備を進めながら、開戦の際の段取りを確認するほどまでに至っていた。

ヴィネアがただ1人争わない道を、探そうとしているなか、

ユリーナはハールや他の将軍であるジャンスやヤウェイを集め、席について密かに話し合っていた。


「やはり開戦は決定的ですか...仕方ありませんね」


ヤウェイはやや呆れたような表情を見せながら、ユリーナやジャンスに話す。

それを見て血の気の多いジャンスは鼻で笑った。


「何を今更っ!この数日間それに向けて動いてきたというのに。

それに、それよりも前...ラヴィア様の時代からずっと対グラスディーンを見据えた軍備をしてきただろう。

お前は肝っ玉が小さいなヤウェイ!」


煽るように笑いながら言うジャンスだが、

ヤウェイはまた始まったといって、その煽りを軽く受け流す。

するとジャンスはユリーナの後方に立って控えるハールの姿を目にすると、

その笑いを止めて不満気な顔でユリーナの方に視線を移した。


「大将軍...いや、大司長様と言った方がいいか?」

「どちらでもよい、なんだジャンス将軍?なにか不服なことが?」


ユリーナはジャンスやヤウェイとは長い付き合いだ。

態度でおおよその感情を汲み取るくらいには、年数をともにしている。


「ここは将軍たちの会議の場だろう?なぜハールなんか連れてきた?やつはまだ大卿のはずだ!!俺がハーマーを連れているようなものだぞ!!!

いや、それより納得がいかん…あんな小娘になにができる?」


ジャンスはハールのどこかが気に食わないらしく、

いつも冷ややかな態度をみせている。

ユリーナはそれも知っていながら、あえて尋ねたのだっ。

そしてそれに対し、自らの考えを述べた。


「ジャンス、そなたは私より歳上だが祖覇王様の代より戦場をともに駆けてきた戦友でもある。

もちろんジャンスのこともヤウェイのこともその力量は認めているが、

次の世代を育て、託すためには経験を積ませる他はないだろう?だから私が許可して傍に控えさせている、私の顔に免じて許してくれ」


ユリーナは軽く頭を下げ、位を越えた人間関係にも訴えた。

するとジャンスは納得しきっていない表情ながら、

何とか受け入れ会議は始まっていった。

会議の内容は実際に開戦が始まった時を想定した行軍や、兵糧などの物資の補給線の確認など、

具体的な兵たちの訓練状況も情報共有の場となる。

昼下がりに始まり、夕暮れ直前に会議は終わったのだった。


~~~~~~~~~~~~


 会議が終わったあとの夜、

城内の自室でユリーナが戦術書を読みふけっていると、

ハールが茶を運んで部屋に入ってきた。

それに気づいたユリーナはハールを近くの椅子に座らせ、

茶をいただきながらひと休みするように書を置く。

ユリーナが目頭を押さえると、


「無理はなさらないでください、まだまだこれから大事な時がくるのですから」


とハールが気遣う言葉をかける。

するとその僅かな普段の声音の違いに気づいたユリーナはハールの方をちらっと見た。


「なにか、私に聞きたいことがあるのかハール?」

「えっ?!い、いいえ......そのっ、はい...」


考えていたことを当てられ戸惑うハールだが、

ユリーナなら気づかれても仕方ないと頭で納得する。


「その、なぜ大将軍は陛下から聞いた和睦の内容を拒まれたのかと思いまして」

「ほう...そのことか」


勘のいいやつだというような顔をして、感心するユリーナ。

それに少し気が楽になったのか、ハールは話を続ける。


「中立地についての話は私にも納得はできました。

しかし守神騎士団...アトレーナの話になると、どこか大将軍はあまりにも焦ったように見えましたので」


ハールが言い終えると、

ユリーナは小さくため息をつく。

首を傾げるハールに向かい、

儚い瞳でユリーナはその訳を話すことにした。


「お前にも、陛下にも感じ取られたか...私も演じきるのは苦手になったのかもな。

お前の言う通り、確かにヴィネア様には非確実的な根拠の羅列が多かっただろう。

これは全て私のなのだ」

...ですか??」

「ああ、ターネス殿の亡き後に大司長という職も就いたが、

やはりわたしは戦地に赴き、渦中で生き続けるのが性に合っているのかもしれない...

そして、グラスディーンのアトレーナは間違いなくヴィネア様を脅かす存在、脅威となるだろう。

この私が一命を懸けても取り除くつもりだ」


ユリーナの言葉を聞き、ハールはヴィネアを誠に信奉する忠義心からくるものだと感じた。

だからこそ、ユリーナの真の心は見抜けない。


「ハール、なぜという教訓があると思う?」


不意に尋ねられたハールは質問の深い意図が分からぬまま、

答える。


「はい、雷鳴が轟くのはその前に静寂がある...雷のような衝撃の大きい出来事は突然訪れるが、その予兆は静寂のような不自然なまでの平静から生まれる、故に雷はより恐ろしく感じるという教訓です」

「その通りだ、他の大陸の国では嵐の前のなんとやらとも言うらしいがな...

だが一つだけ覚えておくのだ、静寂だから雷や嵐が生まれるのではない、

嵐こそが静寂を生んでいるのだ。

その静寂を私はなぜか嫌いにはなれないのだ、悲しいことにな。

私は、国と主君を窮地に陥れた愚臣と言われるかもな...」


小さい声で呟くユリーナ。

その声が聞こえながらも、ハールは理解できず、その場を終える。

ハールはこの時のユリーナの心の奥で疼いていた、

不安や期待が入り交じったような、

隠しきれない高揚を知ることは決してなかったのだ。


 そしてついに、開戦の決定の時は刻一刻と近づいていく。

翌日の議論の後、ヴィネアは悲壮な面持ちでローヴェンの元へ向かうのだった。


(続)

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