第56話 外見が変わっても
扉を通って地下室に戻ると、カーシャがすごい勢いで駆け寄ってきた。時計を見ると10月21日の朝方5時過ぎ。寝ないで起きていてくれた様だ。
「た、太郎様!意識が戻られてよかったです!!」と抱きついてきた。
さらに「わん!わん!わん!」と「きゅー、きゅー♡」「きゅー!」と源さん、ボルト、カンナも甘えてくる。
みんな、心配してくれていたようだ。
まさかぶっ倒れるとは思わなかったけど、こんなに心配してくれるみんなの為にも無茶はできないな。
「でも、みんなのおかげで助かった。山ちゃんは俺をここまで運んできてくれたし、その後、カーシャやユリーが地下室に山ちゃんを案内してくれたから助かったんだ。みんな、本当にありがとう」
そう言って、ユリーとカーシャ、それから山ちゃんに視線を移した。
その言葉に、山ちゃんは慌てて、「さっきは地下室の場所を教えてくれてありがとう!太郎さんを救うことが出来たわ!」と二人にお辞儀をした。
やばい、山ちゃんって言っても、外見が変わりすぎてて分からないかも。俺をここまで運んで来てくれた山ちゃんの姿とはあきらかに違うからな、悪いけど。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カーシャもユリーも一瞬きょとんとしたけど、異世界人だけあって、そんなに驚いてない。ユリーは「私と同じエルフ族ですか?幻影魔法が使えるんですか?」と反応し、カーシャは「“幻影の指輪”を持っているんですか、山ちゃんさんは?」と、外見が大きく変わった山ちゃんを見ても、全然動じなかった。
ユリーが言ってたけど、エルフの一部は幻影魔法を使えるし、異世界には“幻影の指輪”もあるから、外見が変わってもそこまで驚かないのかもな。
地球じゃそんなことありえないけどな...。
でも、カーシャは「そうですね。太郎様を連れて来て下さった、山ちゃんさんですね。外見が変わっても、態度や仕草が同じですね」と言い、ユリーも「オーラの色が同じです。山岩さんですね」ときっぱりと言った。
ユリー、オーラが見えるのか...?それにカーシャは動作で山ちゃんだってわかった…すげえ洞察力。二人ともすごいな。
カーシャもユリーも、「お礼を言うのは私たちの方です!」と深々と頭を下げた。
すると山ちゃんは慌てて、「私にお礼なんて!」と大慌てで二人にお礼を返していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さて、俺たち4人のお礼の言い合いも終わり、話題はリンカを救出に向かった後の打ち上げ会場へと移った。みんな飲んで食べて、イベントの成功を分かち合ったようだ。ユリーによると、俺は途中で飲み過ぎて帰ったことになってるらしい。
イブさんと成やんが「太郎の奴、サウナの時も先に帰ったし...年を取ったよな」と、しみじみと言っていたらしい。
うーん、心配してくれるのはありがたいけど、ちょっと微妙だな。まだまだ若いし。っていうか、みんなと同い年じゃんか...。
俺がユリーさんからイベント会場の様子を聞いて苦笑いしていると山ちゃんが、「太郎君、わ、私、リンカの様子を見に行きたいんです。よ、よかったら一緒に行きませんか?」と話しかけてきた。
そうだな。リンカの様子も気になるからな。でも...。山ちゃん、その外見でリンカのお見舞いに行ったら、警官に補導されるか、金津園のスカウト連中に目をつけられるよ。
そんな俺の心配を察してか、山ちゃんは「大丈夫ですよ、ほら」と言って、あっという間に以前の山ちゃん、山岩優希の姿に戻った。髪もきちんと縛って、ズボンにアイボリーのロンTを着ている。まるでイリュージョンみたいだ。
でも、”幻影の指輪”の効果を知っている俺やユリー、カーシャからすれば、そこまで驚くことではないかな。
「本当は戻りたくないけど、この姿に戻らないとパパに誰だか分かってもらえないから...」と辛そうな表情で言った。その後俺に向かって、「この姿はあくまでも仮の姿ですから、私を嫌いにならないでくださいね!」と、山ちゃんは何度も泣きそうな表情で言ってきた。
そんな山ちゃんの姿を見て、ユリーは「女心よね...」と呟いた。一方、カーシャは山ちゃんに向かって、「大丈夫ですよ山ちゃんさん!私もこの指輪を使えば、こんな姿やあんな姿にも簡単になれるんですから」と、商店街の”えいさん”や”寅さん”の姿に早変わりした。
カーシャなりの励まし方なんだろう。外見なんて気にするなってことか。
さて、出発までにひと悶着あったけど、山ちゃんの車で俺、山ちゃん、カーシャ、ユリーの4人でリンカが入院している病院に向かうことにした。リンカは元気かな...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
岐阜市の中央にある大きな病院、”山岩高度医療センター”は、広大な敷地に複数の棟が建ち並び、最新の医療設備が整っている。ここが山ちゃんのお父さんが経営する病院だと言う。俺も何度か知人のお見舞いに訪れたことがある。
山ちゃんの車は、普段俺たちが使う駐車場ではなく、地下の関係者専用駐車場へと向かって行く。待機している警備員も、山ちゃんの愛車、RAV4ハイブリッドのナンバーを見て何事もなく通してくれた。
地下駐車場に車を走らせると、山ちゃんが運転席で「もう...パパったら!」と呟いた。何かと思って山ちゃんの視線を追うと...。
本館への入り口付近で、そわそわした様子の細身でロマンスグレーの男性が目についた。彼は年齢が55~60歳くらいで、高級そうなスーツと靴をさり気なく着こなしているオシャレさん。多分、アルマーニのスーツとジョンロブの靴だと思われるが、いやらしさは感じられない。
そんなイケオジが、俺たちの車を見つけた途端に全身から喜びを溢れさせ、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「優ちゃん、本当に...優ちゃんなんだね!」と、嬉しそうに俺たちの車に駆け寄って来た。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「パパ!こんなところにいなくても、理事長室にちゃんと行くって言ったじゃない!」
山ちゃんは大きな体をくねくねさせながら、シックなネイビーブルーのアルマーニスーツを完璧に着こなすダンディーな男性に向かってプリプリと怒っている。タイトフィットで、シャープなボディラインの人しか着こなせないスーツを完璧に着こなすイケオジ。
「ご、ごめんよ、優ちゃん。パパ嬉しくて!優ちゃんが怪我人救助のためにパパを頼ってくれるなんて!今までの優ちゃんじゃ考えられないほどアクティブに動いて。ママもすごく喜んでいるよ!パパはね、本当に後悔しているんだ...。本当にあの時、優ちゃんの為を思って柔道を続けさせたことを...」
申し訳なさそうに謝ったかと思えば、すぐにニコニコし、また落ち込んでしまったパパさん...。山ちゃんもパパさんも色々あったんだな...。
優しそうでカッコいい父親だな。そんな山ちゃんのパパさんを眺めていると、「君たちが優ちゃんの友達かい!歓迎するよ!まあ...病院だけどね。今度は家にも遊びに来てくれよ!優ちゃんが友達を連れて来るなんて、小学生以来だよ!パパ、超感動!!」とハイテンションで話しかけてきた。
まだ行くとも何にも言っていないのに...。
そんなハイテンションのパパさんに、まだ挨拶もできていない俺たち。山ちゃんは「は~、もう!」とため息をついている。そこへ、「お久しぶりですね、山岩理事長」と、車の後部座席からユリーがゆっくりと降りてきた。
ユ、ユリー⁉山ちゃんのパパさんとも知り合いなの?恐るべしSMRの幹部...。
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