第54話 再会
「ううぅ...ここはどこだ?真っ暗じゃないか?」
眼を開けたが、真っ暗闇の中にいた。辺りは何も見えず、ただ漆黒の闇が広がっているだけだった。
あれ?おかしい。俺はいったい何をしていたんだっけ?それに体がだるい。何でこんなに疲れたんだっけ?
あ、そうそう、”喰って食って食いまくれ!不味いなんて言わせない!喰わなきゃそんそん肉と魚フェア!!”略して、”喰いまくれフェア2024”を無事に終わらせて...打ち上げをして...。そうだ!!
「そうだ、思い出したか太郎。お前が己の能力を過信し、身体を大切にしないからこうなったのだ。他人を助けることは立派なことだ。しかし、同じことを繰り返していたら、本当にこっちに来る羽目になるぞ...」
そうだな、この声の主の言うとおりだ。返す言葉も無い...。サーマレントの無限の魔力がある環境とは違い、地球上では無茶をしすぎたのかもしれない。面目ないとしか言えないな...。
ただ、この声に迷うことは無い。友三爺さんだ。いつもと違い頭の中で声が聞こえるのではなく、やたらと近い場所から話しかけられている。いや、辺りが暗くても分かる。すぐ間近で直接俺に話しかけている。
友三爺さんは俺に向かって、「今、辺りを明るくしてやるぞ。"ライト"じゃ」と呟いた。
突然、周りが明るくなり、目の前に広がる景色が鮮明に浮かび上がった。暗闇が一瞬で消え去り、柔らかな光が辺りを包み込む。まるで世界が一変するかのような出来事だった。
「太郎、気がついたか?わしじゃよ、友三じゃよ」
周囲が明るくなり、懐かしい顔が現れた。
「友三爺さん、爺さんじゃないか?どうしてここにいるんだ?いや、俺が友三爺さんのいる場所に来てしまったのか?」
明らかに俺が知っている地球とは異なる世界。柔らかな光に包まれた空間に、俺と友三爺さんだけが存在している。どう考えても、今まで俺が暮らしていた場所ではない。
魔力を使いすぎて命を落としたのだろうか?
やばい、最後に少し調子に乗りすぎたかもしれない。あと、友三爺さんと一緒にいたはずの、あの人物の姿が見えないが、どこにいるんだ、あのハゲ⁉
あのファンタジー好きのハゲに一言言いたい。「突然死にやがって、お袋がどれだけ悲しんだことか!」と文句を言わないと気が済まない。根津精肉店も一時期閉店の危機にあったし...。
俺は周囲を見渡し、親父の姿を探した。しかし、周囲を見回しても親父の姿は見えない。どこか違う場所にいるのか?俺は辺りをきょろきょろと見回した。
「太郎、誰かを探しているのか?」と友三爺さんの声が響いた。さらに続けて、「ああ、正のことか?少し待ってるのじゃ。正は魔力を持っていないので太郎の存在に気づけないのだろう。今、ここに呼び出すからな。正!正!」と、友三爺さんは周囲に向かって大きな声で親父の名を呼んだ。
すると、柔らかな光が漂う中、はるか遠くの方から何やら音が聞こえてきた。
ドスドスドスドス...ドスドスドスドスドス! !!
最初はかすかな音だったが、次第にそれは大きくなり、地響きのように響いてきた。何だ?何かがこっちに向かって来る⁉
親父か?
いや、それにしては明らかに音が大きすぎる。俺の胸に不安が募っていく。
親父のようなひょろっとした体型が出せる足音じゃない。もっと、とてつもなく大きな存在が近づいてきている。何だ?惜し親父ならベアーかボアにでも乗ってこっちに向かって来ているのか?
辺りを見回しながら、俺は不安と期待が入り混じった気持ちでその音の正体を探ろうとした。
すると...。おいおい...マジかよ。何だよあれ...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
遠くから片手をブンブン振りながら、全身真っ赤なオークが近づいてきた。しかも髪型はモヒカン刈り。何もない空間で、その姿は異様に目立っていた。な、何だあのハイカラな赤モヒカンオークは?まるで「僕を見つけて下さい!!」と言わんばかりだ。
うっざぁ...。
やっつけちまっていいのかな?いいよね⁉関わりたくないタイプ。絡まれると面倒だ。親父が来る前に厄介なのが来てしまった。それにしても、俺が知る天国とは一味も二味も違う。オークが現れるなんて。
まあ、エアカッターでサクッとやっつけてしまうか。エリーが使ったエアカッターの魔法を俺も唱えてみたいしな。
そう考えている間にも、赤モヒカンオークはどんどん俺に向かって近づいてくる。わけの分からない言葉を発しながら、興奮した様子で両手を振っている。
何もない空間に赤モヒカンオーク...シュールだなぁ。
「エア...」と呟き、魔力を赤モヒカンオークに向けて放とうとした瞬間、友三爺さんが慌てた表情で俺を制した。「ダメじゃ、ダメじゃ!攻撃しちゃダメじゃ。あれは
友三爺さんは俺と赤モヒカンオークの間に立ち、俺が魔法を放つのを身を挺して制止しようとした。その瞬間、友三爺さんの声は普段の落ち着いた様子とは違い、切羽詰まった感じを帯びていた。
俺は驚きと困惑が入り混じる中、視線を赤モヒカンオークと友三爺さんを交互に見つめた。光が柔らかく包むこの場所で、まさか親父がこんな姿で現れるなんて...。混乱と同時に、不意に現れた親父の姿に込み上げる感情が交錯した。
え...。
マジで...。
た、正~。何をしているんだよ...。いつの間に俺の親父は、”根津精肉店2代目店長”から、赤モヒカンオークに変わったんだよ...。
そんな俺の困惑に気が付いていない赤モヒカンオークは、重たそうな足音を響かせながら俺の元に駆けつけてきた。両手を膝の上に置き、ハアハアと荒い息を繰り返している。
自称、正である赤モヒカンオークは、全長3m程あり筋骨隆々。全身が赤く、髪型はモヒカン。横にもデカい。体重は400kgほどありそう。
まだ...肩を震わせながら息を整えている。何だか外見とやることがあっていないなぁ。異様に人間臭い。まあ、外見はオークでも、中身は正だからしょうがないか...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
赤モヒカンオークは息を整えると、俺に向かって話しかけてきた。「太郎!久しぶりだな!元気にしていたか?まあ、お前の行動は爺さんといつも見ているぞ。色々頑張ってくれてありがとうな」と言って、”赤モヒカンオーク親父”は頭を下げた。
”赤モヒカンオーク親父”って、何だか長ったらしいな。”オーク親父”でいいか。
「なあ、”オーク親父”...まずその姿を説明しておくれよ」と俺が尋ねると、「太郎!”赤”をぬかすな!”赤オーク親父”と言え!」と真顔で叱りつけて来た。オークに怒られる日がくるなんて、生きていると色々あるな...あ、死んじまったのかな?
”赤オーク親父”は誇らしげに胸を張り、「赤オーク、恰好いいだろ?”チャア専用”みたいでいいだろう!やっぱり俺たちの時代は“チャア専用”を示す赤なんだよ!」と自慢げに言ってきた。
何だよその“チャア専用”って...。
それより、ここはやっぱり天国だよな親父⁉親父がありえない姿をしているし、そもそも死んだはずの友三爺さんと親父がいるということは...天国でいいんだよな?いや、親父のそんなアホな格好を見せられるってことは、ここはある意味...地獄なのか?
まあ、しょうがないかなぁー。リンカだけでなく事故で大怪我をした人たちを放っておけないよな。魔法を多用しようしちまったもんな。要するに魔力枯渇で死んじまったってことかな...。
けど、リンカや事故に遭った人たちは、助かったかな?
山ちゃんに無茶ぶりして、”根津精肉店”に運んでと言ってしまったけど、俺が親父たちと会っていると言う事は、山ちゃんの車の中で死んじまったのかな?山ちゃんに迷惑をかけちまったかなぁ...。
「なあ、親父、友三爺さん。山ちゃんの車の中で死んじまっていたら、山ちゃんに迷惑がかかる。心配だしさ。何とかあっちに戻る手段はないかな?」
まぁ、自分の力を過信した俺が悪い。でも、山ちゃんに迷惑をかける訳にはいかないな。せめてあの大事故の現場で息絶えていれば気が楽だけどな。ただ、ぶっ倒れた後、2時間は生きられるように魔法を調整しておいたから、事故現場では死んでいないと思う。
やはり死んだとしたら山ちゃんの車の中だよな...。
あ~、山ちゃんに悪いことしたなぁ。警察から取り調べとか受けていないといいんだけど...。
そんな困り果てている俺の表情を見て、友三爺さんは「さすが我が孫よ。自分の事よりも他人の心配をするとは、いい心がけじゃ。それに、わしよりずっと優秀みたいじゃな。魔力量がわしよりも桁違いじゃ!」と誇らしげに言ってきた。
遮るものの無い空間で、友三爺さんは俺を見つめ微笑んだ。「それにしても、太郎の魔力を空にするとは、恐ろしい状況じゃったな」と言った。
そんな柔らかな表情で俺と話していた友三さんも、一転して厳しい顔つきになり、俺に語りかけてきた。
「太郎よ、今回はぎりぎりでこっちの世界に永住しなくて済みそうじゃ。このあと地球に戻れそうな状況じゃ。じゃが!油断して魔法を多用してはダメじゃ!今度そんなことをしたら、わし達と一緒にここで暮らす羽目になるぞ。今回はぎりぎり間に合ったが、あの山ちゃんという者や、カーシャ、ユリーに感謝することじゃ」と言った。
「俺は、あっちの世界に戻れるの?」
ホッとした。カーシャや"根津精肉店"、そして"柳ケ瀬風雅商店街"も...まだ全てが中途半端な状態だ。せめてもう少し、地球でやるべきことをやらないと、悔いが残る。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
少し余裕ができた俺は、赤モヒカン親父に「親父、何でそんな恰好をしているんだよ。前世の償いか?」と聞いてみた。すると親父は「あほか!俺はオークを倒すのが夢だったんだが、同時にオークに憧れも抱いていたんだ!こっちの世界ではなりたい自分になれるからな。今週は赤モヒカンオークにしたんだ!」と言ってきた。
したんだじゃねえよ...。は~。こんな人だったっけ?もう無邪気な少年に戻っているじゃねえか。
そんな何とも言えない親父を冷めた目で見つめていると、ばつが悪そうに友三爺さんが俺に話しかけてきた。
「ま、まあ、正のことは放って置いてやってくれ。わしの後を継ぎ、わしや太郎と違って異世界に行ける能力を得られなかった。そんな中で、店を必死に切り盛りしたのじゃ。こっちでは好きなようにさせてあげたいんじゃ」と言いながら、友三爺さんは親父をそっと見つめた。
あんな赤モヒカンオークの姿でも、息子は息子なんだな...。
「そうじゃ、大切なことを忘れかけていたわい」と、友三爺さんは親父の事から話を逸らすかのように、俺に話しかけてきた。
「これを持っていくがいい。もう正にも太郎にも渡せないと諦めていた物じゃが、どうやら渡せるようじゃ」と言って、何かのカギを3つ俺に渡してきた。
「いつか役に立つはずじゃ。まだ先の話か、それともすぐに使うかは分からんがな...太郎の進む道によって変わってくるじゃろう。それと、ユリーとバラン、ロン、カシン、バラックス、モンデン、ランリーなどなど、地球で頑張っている者たちにもよろしく言っといて欲しいのじゃ」と懐かしそうに言った。
知らない名前の方が多いな...。あとでユリー―に聞いてみよう。また新しい出会いがあるのかな。楽しみだ。
そんな友三爺さんは少し心配そうな表情を浮かべながら、「さあ、休憩もとった。もうこの世界に帰るがよい。あまり長くこちらの世界にいて、体と心がこちらに慣れてもいけないからのぉ」と伝えた後、俺の方を見てにやりと笑った。
「それに、わしはこれからアーレントとこのバカ息子と一緒にダンジョンに潜る予定じゃ」と笑みを浮かべた。
へー、何もない空間と思ったが、別の場所にはダンジョンもあるんだ。それにアーレントさんもいるんだ。ダイスやサイモンにこの体験を話したら驚くだろうな。
そんなことを考えている俺に対して親父も「太郎、いつも見守っているぞ。まだこっちに来るんじゃない。でも、俺がこの世にいる間に会えたら、一緒にダンジョンに潜ろうな!」と言い、握手を求めてきた。
今までとは違うごつごつとした手だ。まあ、オークだしな。
そんなことを思っていると、2人の姿がだんだんと霧の様に見えなくなってしまった。
「ちょっと、友三爺さん!それにオーク親父、ねえ!」
「見守っておるぞ、太郎...」
「赤をぬかすんじゃない!たろぅ...」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
うん...ここは?
先程までとは違い冷たさを感じる風が俺の頬にあたる。周囲の草木を揺らす音と虫の鳴き声が感じ取れ、草の香りが俺の鼻孔を刺激する。
う~ん...。ここは何処だ?野外?若干肌寒く感じる。でも寝心地がいい。ムニュムニュした物の上に頭がのっている?枕でも敷いてくれたのか?
ここは...今まで親父たちといた場所じゃない⁉
意識を取り戻しつつあり、薄目を開けると、「た、太郎君!」と涙でぐしゃぐしゃの表情をした可愛らしい女性が必死に俺の名を呼んでいた。
カーシャでも、心配性の明日香でもない...。
だ、誰ですか⁉
それに、なぜ俺の名を...。それに君...。肌寒い夜風を浴びているのに、なぜそんな恰好をしているの⁉
俺は見ず知らずの露出度の高いボンデージ姿の女性に膝枕をされていたようだ。俺を見下ろす可愛らしい顔をした女性と目が合った。俺を心配してくれていたのかな?涙で顔がぐしゃぐしゃだ。
誰なのこの娘?そういうキャバクラのお店の
いや、待てよこの恰好...。どこかで見たことがある...。そうだ!親父の遺品を整理していた時に見た異世界資料ノートに載っていた"サキュバス"と同じ風貌だ。
サ、サキュバス?なぜそのサキュバスに膝枕をされているんだ?
赤モヒカンオーク親父の次は、ボンテージ姿のサキュバスかよ...。う~ん、やっぱり訳が分からん...。
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