第14話 商店街の会長さんからの頼まれごと

 柴さんが?どうしたんだ? 


 柴さん、本名は柴田恭介さん。現"柳ケ瀬風雅商店街"会長を務めている方。とても偉い人である。うちの亡くなった親父の同級生。柴さんは会長職の傍ら"柳ケ瀬風雅商店街"で魚屋、”柴田水産”を営んでいる。


 父が亡くなった時、柴さんは誰よりも深く悲しみ、俺が父の代わりにこの店を継ぐと宣言した時、彼は誰よりも心から喜んでくれた。


 外見は175cmほどで、体系はひょろっとしている。


 さらにドラマや映画にと活躍する俳優の“柴田恭介”と同姓同名。外見もそっくり。その風貌は、魚屋というよりも大学教授のような印象を与える"イケオジ"だ。


 うちの親父が生前に教えてくれたが、柴さんは魚屋を継ぐまでは名古屋の商社でバリバリ働いていたらしい。それが、父親が病に臥せたのを機に家業を継ぐことを決断して...と教えてくれた。口には出さないが相当苦労したそうだ。


 だからか自分に境遇が似ているのか分からないが、俺が店を継ぐと言った時、柴さんは本気で心配をしてくれた。だが、悩み抜いた結果、店を継ぐと決めた後は、柴さんは俺を全力で支えてくれる。


 "根津精肉店復活祭"の時には、役場や消防署に連絡、他の商店街のみなさんへの状況説明なども積極的に行ってくれた。


 現在、親父"正"が亡くなった後、柴さんは本当に親父の様な存在だ。


 だが、そんな親父的存在である芝さん、いや、柴田会長が俺に何の用なんだ?金ならないぞ...?



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 柴さんは店舗ではなく、裏のベンチで待っているようだ。そこで俺のお袋が入れた麦茶を飲み、源さんのお腹をわしゃわしゃと撫でている。


 撫でられている源さんも目を細めて嬉しそうだ。黒豆しばの源さんと柴さん。同じ"柴"繋がり、惹かれ合うものがあるのか?関係ないか...。


 源さんと戯れている柴さんが俺に気づいた様で、源さんを撫でていた手を止め俺の方に視線を向けた。


「悪いな太郎、時間を取らせてしまって」と柴さんは、頭を軽く下げた。


 そんな柴さんに対して俺は、「そんなことないよ、柴さん。もう俺はサラリーマンじゃないし、配送の指定時間が被らなければ、いつ来てもらっても問題ないよ」と、突然の来訪に対してやんわりと気にしていない旨を伝えた。


 俺がそう伝えると、柴さんは嬉しそうな表情を浮かべ、、再び源さんを撫でる手を動かし始めた。源さんは待っていましたかのようにまた目を細め「はっ、はっ、はっ!」と嬉しそうに息を弾ませた。


「はははははは!しっかりと自営業に染まって来たようだな、太郎。それはそうと、この前の"根津精肉店復活祭" 、見事だったな!あんな旨い肉を大量に...。そしてあの肉は懐かしかった。俺やお前の親父、正と一緒に、小さい頃によく食べた旨い肉だ!」と、柴さんはトヨさんやお袋のようにあの味を覚えていた様だ。


 まあ驚くことでもないな。お袋もトヨさんも覚えていたんだ。同じ商店街で育った柴さんなら、を食べたことがあるだろうし、覚えているのは当然の事だろう。


 柴さんが俺の表情を読み取ったかのように、「太郎、友三さんは肉だけじゃなく、俺の親父にも新鮮で非常に旨い魚を卸してくれたんだ。タコやサバ、イワシ、カレイ等、どれもこれも全部旨かったよ。そんな美味しい魚を定価より安く売ってくれたのさ。しかもな、驚くのはそれだけじゃないんだ...」と言いながら、ベンチの上で両手を組み、立って話を聞いていた俺を見上げた。そして...。


「うちだけじゃなく"やおまさ"の店には松茸を、"乾物屋菊ちゃん"の所には高麗人参コウライニンジンやシイタケ、するめ、そして"フルーツパーラー海老蔵"には新鮮な果物をな。みんなの所に安価で卸してくれた。その理由は何でだと思う、太郎?」


 いきなり話を振って来たな柴さん...。「"何でだと思う"と言われても、友三爺さんが考えたことだからな、俺にはよく分からないよ」と、少し困った表情を浮かべながら素直に言葉を返した。


 すると柴さんは、「ははははは!悪い悪い、いじめるつもりは無い」と言いながら手を横に振って、謝って来た。


「実はな太郎、友三さんから提案があったんだよ。俺たちに安価に商品を卸す代わりに、飲食店のみんなにも市場価格よりも安く、おれたちの店から食材を提供して欲しいと言って来たんだ。友三さんが直接飲食店に食材を卸すことも出来たのに、一度俺たちを介すことで、この"柳ケ瀬風雅商店街"全体の活性化を考えてくれたんだろうな」


 そう言って柴さんは俺から視線を外し、まだ暑さの残る青空を見上げた。まるで遠くの誰かを見つめるかのように...。


 だが、その友三爺さんから食材の取引が止まってしまった。友三爺さんが体調を崩して、取引先に行けなくなったのが理由らしい。


 正に聞いてみても、「その取引場所には、お前を連れていけないんじゃ。すまんな、正」としか言ってくれなかったらしい。


「もちろん、誰も友三さんや正を責める者はいなかったよ。元々、「いつまでお前たちに商品を卸せるか分からない。わしにしか売ってくれないからのう。正には引き継ぎたくても出来ないのじゃ」と、安く卸してくれているのに、いつも謝られてな」と、柴さんは苦笑いをしながら話してくれた。


 さらに柴さんは昔のことを思い出したようだ。


「友三さんが亡くなった後、正と酒を飲みに行くと良く聞かされたもんだ。「親父が持って来たあの肉や魚、果物などを俺が手に入れることが出来れば、精肉店、いや、この商店街自体が復活できるのに」と...」


 そう俺に告げた後、柴さんは飲みかけの麦茶に目線を向けた。ひんやりとした日陰で、2人は無言の時間を共有する...。


「親父...」俺は何気なく、呟いていた。うちの親父がそんなことを...。


 もしかしたら、親父は何らかの理由でサーマレントに行くことが出来なかったのだろう。あの扉を開けるのには、何らかの条件があるのだろうか?俺には分からないけど...。


 俺が物思いにふけっていると、柴さんが話しかけてきた。「正が亡くなって、太郎、お前が帰ってきた。そしてあの旨い肉。お前の親父、正が手に入れたかったが手に入れられなかった肉を、太郎が持ってきた。運命を感じたよ」と言いながら、柴さんは源さんの頭を優しく撫でた。


 そして...。


「太郎、これはお願いだ。友三さんのようにまた、美味い魚や、果物、野菜などを仕入れて来てくれねえか?お前ならできるはずだ。無理なら忘れてくれ。でももう一度、この"柳ケ瀬風雅商店街"全体が元の活気のある街並みに戻したいんだ。あの人込みでごった返していた、活気のある商店街を!!」


 柴さんは俺に対して深々と頭を下げてきた。


 柴さん...。さびれた商店街に誰よりも心を痛め、人力を注いできた人...。こんな若輩者に頭を下げるなんて...。よっぽどこの"柳ケ瀬風雅商店街"の状況は深刻なんだろう。


 そんな時、「わんふっー、わんふっー」と、むせび泣くような声が聞こえた。な、何だ...何事だ?誰かが泣いているの?まさか柴さんが...?


 すると俺の脳内から、「ご主人様!!柴さんが可哀そうだわん!!ご主人様ならたくさんの美味しい食材を向こうで探せるはずだわん!!わんも一生懸命探すわん!だから、だから、柴さんを救ってあげるんだわん!!」と、両目から大量の涙を流しながらむせび泣く、源さんの声が聞こえた。


 柴さんは柴さんでも、生後2か月の黒豆しばがそこにいた。


 げ、源さん...。感情豊かなのね...。号泣じゃない...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ど、どうしたんだ、源さん⁉すごく泣いているじゃないか...。まさか俺の話を理解しているのか...?」驚くような、若干引き気味の柴さんが、俺と源さんを交互に見つめ返した。


「柴さん、安心してよ。俺が爺ちゃんの代わりに色々な食材を探してくるよ。俺なら取引が可能そうだし。でもね、柴さん、すぐに取引が再開できるかは分からないよ」と、源さんを心配してあやしてくれている柴さんに告げた。


「た、太郎...ありがとう。ムリにとは言わない。でも、これでやっとこ、日本一のシャッター街という汚名から脱却できるかもしれないという希望が見えた...それだけでも俺は、俺は」と言った後、源さんをぎゅっと抱きしめて、わんわんと泣きだした。


 し、柴さんも涙もろかったのね...。柴さんと源さんの鳴き声が辺りにこだます。


 柴会長と抱き合って泣く犬。う~ん、シュールな光景だ...。


 まあ、何はともあれ、肉以外にも商店街で目玉になりそうなものを探しに行くか。サーマレントに行きたくてもいけなかった親父、潰れそうな商店街を必死に守ってきた柴さんの思いに応えるためにも...。


「さあ、目玉商品を探しに行くよ源さん!!」と、隣りで目をキラキラとさせている生後2ヶ月の黒豆しばに声をかけると、「まかせるんだわん!!まかせるんだわん!!ご主人様!!」と、源さんは元気よく答え俺に駆け寄って来た。


 さあ行くぞ!再びサーマレントの地へ!!なんか冒険小説みたいになって来たな~と思う太郎であった。

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