第39話:モーゼと姉さんと、とらのあな
開き直ってみると、結構楽だった。考えてみれば、学校には友達もいる。学校が終わると、姉さんもいた。ネットから仲良くなってくれた人も、知ってくれている。僕は決して、一人じゃなかった。
「移動教室一緒に行こうぜーい、歩きやすいでぇ」
「おう、美術やったっけ」
「そそ、サボり放題やわ」
「手ぶらやしな」
僕は、なぜか美術の授業だけは完全に一人ボイコット状態になっていた。机に突っ伏して、何もしない。先生は最初、物忘れを咎めたが、次第に何も言わなくなったし、何も触れなくなった。
「アホ、筆箱は持っとるやろが」
「資料集とか要るんよなあ」
「さ、行こーぜい。俺と一緒やと歩きやすい」
カカカと笑う。僕は、学校では自分のことを俺と言っていた。というより、姉さんたち家族の前以外では俺で通していた。喋り方やキャラも、変えていた。僕が、友達に僕として接することができるようになったのは、大人になってからだった。
友達と廊下を歩き始めると、バッと道ができる。道を塞ぐようにして話し込んでいた女子たちが、一斉に道を開けた。
「見て、モーゼの十戒」
「それは海やろ」
こうした振る舞いをし始めてからは、楽だった。友達も笑ってくれるから、自分の気持ちも楽になって友達も笑わせられて一石二鳥だ。姉さんに感謝しながら、日々の学校生活を送った。
その週の日曜日、姉さんと三宮に行くことになった。三宮センタープラザおよびサンプラザには、オタクが好む店がたくさん入った商業ビルがある。ここ数年減りはしたが、当時は本当にたくさんあった。姉さんは、高速バスで行くと言っていた。酒を飲むつもりだな、と思った。
高速バスの車内で、姉さんがハリボーグミを取り出した。
「食べる?」
「もちろん」
「口開けて~」
「いや自分で食べるよ?」
姉さんがしょんぼりとした。しょうがないなあと思いながら、口を開けると、笑ってグミを何個も口に放り込んできた。
「むぐ……多い」
一生懸命にグミを噛む僕を見て、姉さんが笑う。
「なんだかんだ言って受け入れる君が好きだよ」
「たく、好きだって言えばなんでも許されると思っとらん?」
「でも、許すやろ?」
「許すけど」
それからも他愛ない話をしていたら、三宮に到着した。バスターミナルを出ると、普段は見ることがない背の高い建物が見えてテンションが上がる。神戸のすぐそばとはいえ、少し便利な程度の田舎に住んでいる僕らには眩しい景色だ。
「うっひょー! 来たぜーい!」
「姉さんテンションたっか」
「早速行くよ! とらのあな! イエサブ! アニメイト!」
「おっけー!」
姉さんと一緒に、まずはアニメイトに向かった。とらのあなは最後に取っておくのだそうだ。アニメイトは今でこそ女性向けの色が強いが、当時は中性的なラインナップだった。男性向けという空気感もありながら、女性オタクにも受けるグッズが多く置かれていた印象がある。
僕らがまず足を止めたのは、東方Projectのコーナーだった。同人グッズに同人音楽、同人ゲームが並んでいる。
「アリスのぬいぐるみあるよヒロくん!」
「まじやん」
「買う?」
「今日は僕は買い物は……小遣いが全然ないんよ」
「予算1万5000円までなら買ってあげるよ?」
「え、いいん?」
「もちのろん! 普段家事してくれるお礼!」
僕はお言葉に甘えて、とりあえずアリスのぬいぐるみを買ってもらうことにした。こういうときは、断るほうが相手に失礼だと小学生の頃に学んだことがある。姉さんに「ありがとう」と言うと、彼女は嬉しそうに笑っていた。
姉さんはアニメイトでは、東方Projectの同人CDとライトノベルを数冊購入した。
次に向かったのは、イエローサブマリンだ。カードゲームのラインナップが充実しているが、専門店というわけではないのか、ほかのものも、多く置かれている。とはいえ、当時の三宮のイエローサブマリンはカードが中心だった。
僕らはイエローサブマリンでは、結局何も買わなかった。
そして、向かう先はとらのあな。姉さんがずっと来たがっていた場所である。姉さんは僕に残りの予算を渡し、「これで好きに買い物していいよ」と言ってきた。約1万1000円がある。
まずは、二人で別々のカゴを持って健全同人誌コーナーへ。
「ふむふむ、全年齢向けでも結構えっちいのあるね」
「直接描写がないならR18にならんのやない?」
「でもR15くらいになりそうなのはあるね」
「んーまあ書籍にはR15という基準がないから、全年齢になるんやろね」
映像であれば、間接的な描写であればR15になることがある。たとえば全裸が映っていない、行為を直接表現していない、などだ。それでもエロ描写がある場合に、念の為R15としておくことがある。
「ふむ……ちょっと一人で見てくるね~」
「ん? 行ってらっしゃ~い」
18禁コーナーに行ったな、と思った。僕は僕で楽しむか、と健全な同人誌を物色する。僕は東方Projectのアリスを主体とした全年齢同人誌を4冊、イラスト集を1冊カゴに入れ、グッズコーナーに行った。
「色々あるなあ」
とりあえず、東方Projectのイラストが描かれたスリーブをいくつかカゴに入れた。こんなもんかな、とレジに持っていき、精算する。結構な予算が余った。姉さんはまだ出てきそうにない。
姉さんに電話してみた。
「姉さん、まだ結構時間かかる?」
「うん、もっと吟味したい」
「じゃあちょっと別の店行っとるけん、終わったら落ち合おう」
「おっけー、また電話するね」
そうして、僕は姉さんに貰った残りの予算とそれで買った戦利品を抱え、歩き出した。別の店と言ったものの、土地勘が無い。適当に流しながら、気になった店に入る。エロゲが並ぶ店があって姉さんが好きそうだなと思いながらスルーした。
結局、アクセサリーショップに入った。姉さんはきっと、余った予算について「もうヒロ君にあげたものやけん好きに使いな」と言うだろうと思って。数千円で購入できる程度の、シンプルなアクセサリーを買おうと思った。
しかし、姉さんに似合いそうだなと思ったネックレスが予算を若干オーバーしている。僕が持ってきたお小遣いを使えば足りたので、即決で購入した。
それからしばらく待ち合わせ場所にしようとしていた場所で座り、残ったお小遣いで買ったジュースを飲んでいると、携帯が鳴った。
「ヒロくーん、終わったよー!」
「おっけー、なんかビルの間の広場っぽいとこおる」
「わかった、向かうー!」
少し待っていると、姉さんが袋をたくさん持って現れた。さっき見かけたエロゲを置いてた店っぽいロゴの袋まである。
「エロゲも買った?」
「バレたか」
「そりゃバレる」
「ちょっと休憩~」
僕が座っていたベンチの隣に腰をかけてきたから、置いていた荷物をどける。ピッタリくっついて座り、姉さんは空を見上げていた。僕はさっき買ったネックレスをカバンから取り出して、渡す。一応、ラッピングしてもらった。
「あげる」
「え? 私に?」
「他に誰もおらんやろ」
「え、何かな~開けてよか?」
「もちろん」
姉さんが包みを開けている間、なんだかとても緊張した。別にプレゼントを渡すのは、はじめてのことじゃないのに。
「おおー! かわいい!」
よく知らない青い石が小さくあしらわれた、シンプルなネックレスだ。普段白系の服を着ることが多いから、こういう青いのは映えるのではないかと思って買ったのを覚えている。姉さんが嬉々として首につけているのを見て、買ってよかったと思った。
「どう? かわいい?」
「めっちゃかわいい」
「ありがとうー!」
「余った予算使って買ったけん、自分で買ったんと変わらんけどね」
「いやいや全然違うって! ヒロくんが私のこと考えて買ってくれたんやけん」
力説されて、なんだか少し恥ずかしくなってきた。とりあえず、喜んでくれてよかった。姉さんが出したお金で買ったものだったけど。もし、僕が将来自分でお金を稼ぐようになったら、また姉さんに自分で買ったものをプレゼントしよう。
そう思った。
その後、姉さんは案の定居酒屋に入り、お酒を飲んだ。僕は外で食べてくると言っていたから、僕も思い切り食べた。お酒は、流石に外なので飲んでいない。
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