第14話 関所

 俺等はなんとかアシノコダンジョンから帰還した。重い足取りで俺たちはダンジョン入口付近にとめていた馬車に乗り込む。


「疲れたわ……」


 ジル王女が馬車の椅子に座るとため息混じりに言う。


「そうだな」と俺は相槌を打つ。時刻は酉の刻。もうじき門が閉まる時間だ。早く行かなければ。と、その前に。


「作戦会議をしようか」

「ああ。いいだろう」

「いいわね、作戦会議!」


 ジルは楽しそうだ。


 作戦はこうだ。閉門間際を狙って馬車に乗って門に近づく。もちろん通行手形もないし、顔を確認されるので、王女と気づかれる前にレイシーと俺で門番を眠らせるなり気絶させる。そして、盗賊の仕業に見せかける隠蔽をする。


「私は賛成だな。ジル王女はどうですか?」

「うん。また、私の出る幕はなさそうだけれど、いいわ! でも、殺すのはだめよ」

「わかってるって」


 作戦は決まった。一応、Bプランとして賄賂を渡すという作戦も考えられたが、金を渡したあとに裏切られる可能性もある。門番を襲うというこの作戦で行くことにした。



 ◆



「閉門ギリギリに来られると困るんですよね」

「済まないな。道中で車輪がぬかるみにはまってしまって予定より遅くなったのだ」


 門番とレイシーが話す。

 俺たちは今、サガミノクニからイズノクニへ渡る唯一の出入り口である関所の大門の前にいた。あと半刻も経たないうちに門は閉じられてしまう。


 俺は馬車の中で鞘に入ったサンマを手に、門番と会話しているレイシーが合図をするのを待つ。門番はチラッと馬車の中を見た。緊張感が走る。


「通っていいぞ」


 門番が言った。


「え、いいのか?」


 レイシーは素っ頓狂な声を上げた。俺も驚いた。


「あぁ。帰るのが遅くなるのは嫌なんだよ。ただ、次からは気をつけろよ」


 そう言い残して門番は持ち場に戻った。そのまま開いたままの門を通って俺たちは隣国イズノクニへと入る。


 少しばかり上手く行きすぎない気もするが、こうして俺達は無事に関所を通過した。



 ◆



 次の日、俺達は馬車を走らせて次のスルガノクニへと向かっていた。


 しかし、目的の関所までまだかなり距離がある。今日中には着かないかもしれない。昨夜のうちに馬に餌を与えたり、寝床の準備をしたりしていたのだが、流石に疲労が溜まっていたようだ。


「交代だ。起きろ、セカイ」

「ああ。分かった」


 レイシーの声で俺は目を覚ます。まだ外は薄暗い。俺は疲労のおかげか、とてもぐっすりと眠ることができた。だが、正直、まだ寝ていたい。


 ふと寝ぼけ眼で横を見ると、ジルがすやすやと眠っている。その寝顔はとても無垢だった。俺は彼女の頭を撫でる。さらさらとした髪の毛が心地よい。


 彼女は寝返りを打ってこちらを向くと「うーん……」と言いながら、何かを探すように手を伸ばした。そして、俺の手に触れる。手に触れるものを見つけるとジルは安心したような表情になる。まるで猫みたいだと思った。


 これじゃぁ動けないな。小腹が空いた俺は起き上がって、インベントリの中から干し肉を取り出して齧った。塩辛い味が広がる。


「私は寝る。朝まで見張りを頼む」


 俺とジルのことを微笑ましく見つめるレイシーはさっきまで俺が寝ていた布団に入りながらそう言った。


「分かった。任せろ」


 ジルが手を離してくれたのは半刻過ぎた頃だった。ようやく解放された俺は御者が座るところに腰掛けた。そして、夜空を見上げる。月は出ていないが星々が煌めいている。


「綺麗だな」


 そう呟いて、ふと気が付いた。

 あれ? 俺ってこんな風に夜空を眺めるなんてこと、したことあったっけ……。記憶にないんだけど。


 うーん。でも、すごく気持ちいい。こういうのも悪くはないなあ。そんなことを考えながら夜風に身を任せる。耳を澄ませる。


「こんばんは」


 声がした。暗闇の中に、黒ずくめの男が立っている。俺は驚きはしなかった。


「話をしましょう」


 そう言った男の顔は暗くてよく見えないが、ニヤリと笑ったのは分かった。

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