}第十話{
}第十話{
ミキの姿が小さくなっていくのを確認し、私は杖を構える。
亡者の群れ。どこを向いても亡者しかいない。
すまない、王都の人たち。それにチキュウの人も。
そして、私の前には……。
「勇者が……心配か……?」
ソウリッチが話しかけてくる。
この魔物は、エドと同じように元人間だった。
死霊術に傾倒し、自らの身を不死にしたため、魔物に堕ちた。
そして魔王の忠実なる部下、四天王の一人となり、今に至る。
魔王歴史学ではそのようなことが分かっている。
「心配だね。でも、信頼はしているよ」
「下らん言葉遊びはいい……」
低く、くぐもった声。
ボロボロのローブがはためく。
杖を持つ手を持ち上げる。
袖の間から覗いた手は、枯れ枝のように細く、脆かった。
「周りの、亡者どもを見てみろ……」
先ほどこの魔物は宣言通り、ミキに道を譲った。
嘘をついたり、騙し討ちをするようなタイプではない。
大人しく、従うか。
「……どこもかしこも亡者だらけだ。これを全部きみがやったのか?すごいねえ、なんて言ってほしいのかい?」
「違う……!」
ソウリッチの語気が強まる。短い言葉の中に先ほどまでにはなかった、力がこもっている。
逆上させてしまったか?
「一目見て気づかないとは……。では、ヒントをやろう……」
別にクイズをしに来たわけでも、やりたいわけでもないけれど、怒らせてはいけない。
「………」
よって、ソウリッチの言葉に無言で返す私。
「ヒントは、お前の職業………。お前は、なんだ……?」
ヒントで私の職業を持ってくるということは、もう私の職業はばれているとみていいだろう。
今、私はソウリッチに、これ見よがしと杖を見せている。
杖を持つ職業は、一般的には属性魔法使いと神官だ。
したがって、私の職業はその二択になる。
亡者たちと戦うことを選んだこと。そして、ミキを先に行かせ、一人になったこと。
これらのことを勘案するに、ソウリッチは私が神官であると思ったのではないか。
「私は、属性魔法使いだ」
「それは知っている……。早くしろ……」
だが、嘘をついて神官だ、と言った場合。そして、私が属性魔法使いだと気づいていた場合。
その行動は最悪の一手になる。
そこまで考え、私はもう一度周囲の亡者たちを見る。
先ほどと変わらず、亡者たちは私に近づくでも離れるでもなく、常に一定の範囲を徘徊している。
私の職業、属性魔法使いと、この亡者たちとの共通点は何だ?
革鎧を着て、辺りをさまよっている男性の亡者。
見たことのない服に身を包み、そこら辺を這いずり回っている女性の亡者。
あそこでは、粗末な服の子どもの亡者たちが追いかけっこをしている。
そんな彼らと、属性魔法使いとの共通点。
いや、職業か?
属性魔法使いという職業。亡者たちの職業……。
戦士、チキュウの住民、子ども。
もう一度、周りをよく見る。今度は、彼らの職業に焦点を当てる。
騎士、王都市民、チキュウの住民、チキュウの住民、王都市民、剣士、戦死、斥候、チキュウの住民。
……まさか。
「……属性魔法使いが亡者の中にいない?」
「そうだ……。私は属性魔法使いを亡者にしなかった……」
何故だ?生前が属性魔法使いであれば、亡者でも魔法を使える。
「その理由は……私の前に居てほしくないからだ……」
……どういう意味だ?
「やつらは分かっていない……魔法とはなにかを。どうあるべきかを。そんな魔法使いどもは……亡者にするにも値しない……」
ソウリッチは数百年もの間、四天王を務めている。
魔法とはなにかを。どうあるべきかを。
彼の生前の行いは今日まで不明であるのだが、もしかして……。
「きみも、属性魔法使いなのか?」
「そうだ。人間には死霊術で事足りる……、属性魔法を使う必要すらない………」
そうか、そういうことだったのか。
骸の四天王、ソウリッチは生前、いや現在まで属性魔法使いであった。
これは魔王歴史学的な進歩だ!
……いや、今は戦いに集中しなくては。
「お前は……どうだ……?」
そう言いながら、ソウリッチが杖を振るう。
すると周囲の亡者が私の方を向き、ゆっくりと迫ってくる。
なるほど。
属性魔法を使う必要のある人間か、確かめようというわけだな。
「『ハイ・……』」
出力を決める一言目の詠唱。
これは最大にする。
自分はこれくらいの魔法を使えると、ソウリッチに見せつけるために。
「『フレア・……』」
属性を決める二言目の詠唱。
これは火属性にする。
光属性では魂の浄化ができるが、彼らに必要なものは手向けだ。せめて燃え盛る炎で葬ってやりたい。
「『ワイド』」
範囲を決める最後の詠唱。
これも最大。杖を振るった範囲全てに魔法が行使される。
以上で、私の魔法、『ハイ・フレア・ワイド』の詠唱が完了した。
杖から炎が溢れ出す。
熱に耐えながら、ゆっくりとその場で回るようにして、炎を全方位に撒き散らす。
地面を、壁を、障害物を、そして亡者たちを、燃え盛る炎が飲み込んでいく。
周囲が熱と光で満たされる。一筋の汗が額から流れる。
ちょうど一回転したところで、出てくる炎は収まった。
私は再び、ソウリッチのいる前方を見つめる。
「……どうだ?そんなつもりはないけれど、私は亡者にするに値する人間かな?」
「……面白い。少し、遊んでやろう……」
ソウリッチがそう言い、杖を私に向ける。
それは属性魔法を使うのに必要な、範囲を指定する行為。
土俵には立てたか。
「勝負は一度きりだ……。私は闇属性を使う……。お前は、光属性を使え……」
放つ魔法の属性を宣言するソウリッチ。
これは嘘ではない。今までのことを考えて、そう断言できる。
「分かったよ」
そして、当然のように私が光属性を扱えるものとして言ってきた。
光属性や闇属性は、他の属性に比べて習得するのが難しいとされている。
まあ私は扱えるから、ここが問題ではない。
「では、いくぞ……」
先に詠唱した方が有利なのだが、わざわざ勝負開始の音頭をとるソウリッチ。
まあ、先に詠唱されたとしてもタイミングを合わせられる自信はある。
「『ハイ・……』」「『ハイ・……』」
同時に一言目を紡ぐ。
共に最大威力の指定。
「『ダーク・……』」「『シャイン・……』」
二言目。
ソウリッチは闇属性、私は光属性。
「『ナロウ』」「『ナロウ』」
最後の言葉。
両者ともに、範囲の最小化を選択する。
瞬間。私の杖の先から、光が伸びる。全てを照らす、どこまでもまばゆい光。
ソウリッチの杖から、闇がこぼれる。全てを飲み込む、どこまでも暗い闇。
私と彼のちょうど間で、二つが交わり合う。
「……ぐっ!」
「つらいか?お前は、その程度か………?」
闇に押される。黒に覆いつくされる。
負けじと杖を握る手にもう片方の手を合わせ、強く握り締める。
魔法とはなにか。どうあるべきか。
ソウリッチはそんなことを言った。
魔法とはなにか。
それは体内の魔力を使って、世界に現象を発現させる能力。
いや、違う。彼はそんな論理的なことを言いたいのではないと思う。
私は、幼い頃から魔法が使えた。
原理を知らない子どもの私でも、魔法を使えた。
それは、なんのために?
あるときは、料理を作るために。
あるときは、洗濯物を乾かすために。
そしてあるときは、魔物から味方を守るために。
突き詰めると、それは全て……。
「ぐうううっ!」
「顔つきが変わった……。気づいたか………」
自分のため。
自分が、おいしい料理を食べたいため。
自分が、家事に時間をかけたくないため。
そして自分が、死にたくないため。
「ううっ。……っはああ!」
「光が増していく……。自分のために、魔法を使っている………」
魔法とはどうあるべきか。
自分のために使う魔法。その存在意義。
それはなんだ?
「あああっ……っぅぐううっ!」
「悩んでいるな……。迷い、戸惑っている……。やはりお前は、凡人だ……」
魔法とはどうあるべきか。
自分のために使う魔法。
自分のために。
自分のために使いたいなら、魔法とはどうあるべきか?
自分の、ために。
魔法とは、それは…………。
「ぐうっ!…はああああああっ!」
「目つきが変わった…。辿り着いたな……。最も重要でいて………最も気づきにくいもの……その、正体に」
魔法使いよりも下にあること。
それは、使う人間が上、使われる魔法が下という、絶対的な序列が存在しているということ。
そしてその序列の存在はひとときたりとも、揺らぎはしない事実であるということ。
「分かった。きみのおかげだよ」
「その意気だ……。自分のためなら……敵から得た知識、情報をも………吸い取れ。自分の糧としろ……」
光が強さを増す。
目を背けそうになるが、それはできない。
私が魔法ごときに、どうにかされる筋合いは無い。
そう思いながら、目の前の光を支配する。
「そして、自分のために魔法を使う。自分の下に侍らせて、使役し、支配する。それが魔法使いと魔法の関係」
「そうだ……。その通りだ………」
光がさらに輝きを増す。
私の手を離れ、暴走しようとしている。
そのようなことは許さない。
なぜなら、私が上だからだ。私が魔法を生み出し、使っているからだ。
「最高の気分だ。これが魔法というものか」
「そうだ……」
魔法を下に置き、自分の意のままに魔法を操る。
これがどうして、こんなに楽しいのだろうか。
楽しがって戦うなんてミキとアレクに申し訳ない、という気持ちは一片もない。
なぜなら、私が楽しいとしか思わないからだ。
「……」「……」
光と闇が同時に消え失せた。魔法の効果時間が切れたためだ。
私は彼を見る。
次はなんの魔法を撃ってくるか。それをどの魔法で対抗するか。
そのことだけを考える。楽しさだけを感じながら。
「……負けだ」
「え?」
彼は不意にそう言った。
「というより、終わりだ……。私がお前に教えるのは、これだけでいい……」
「……」
どういうことだ?
ソウリッチは誰かに、このことを教えたかったのか?
「お前には才がある……。魔法を使う素質がある……。そして気づいた、最も重要なことに……」
「……それは、どちらも事実だ。だが、『終わり』とはどういうことだ?」
魔物になった影響か、死霊術による影響かは定かではないが、彼は不死になった。
『終わり』が死ぬことを意味するのであれば、それは永久に訪れないはずだ。
「お前に、ある魔法を教えよう……」
「先ほど、『教えるのはこれだけでいい』と言っていなかったか?」
「それは……言葉の綾というものだ」
「すまない、話の腰を折ってしまったな。続けてくれ」
「お前に……魔法印破壊の魔法を授ける……。対象の魔法印を破壊する、私が編み出した魔法だ……」
「魔法印破壊の魔法。それは興味深いね」
「そうだろう……。方法は、まず魔法印に向けて……杖を構える」
「うん」
「そして次は、その魔法印のことを理解し……、その魔法印と反対、効果を打ち消すような事象を想像する……」
「うん」
「最後に……、その想像を強く思いながらこう唱える……。『デリート・コート・オブ・アームズ』……と」
「うん、『デリート・コート・オブ・アームズ』、ね」
「そうだ……」
そこまで言ったソウリッチは、握っていた杖を落とし、手を胸のあたりにもっていく。
そして、ローブの胸元をはだけさせる。
「これで試してみろ……」
灰色で皺だらけの胸部。そこには、黒い魔法印が刻まれていた。
「これは『不死の魔法印』……。対象を不死にする……。死霊術の奥義と言ってもいい……」
「『不死の魔法印』……」
対象を不死にする魔法印。
彼は一歩、二歩と足を進め、こちらにやってくる。
「そうだ……。私は自分のため……、この魔法を支配し、自らに刻んだ。だが、私には過ぎた代物だった……。御しきれない存在だった……。そう思った瞬間……、私は不死になったことを後悔した……」
これは気持ちの問題だ。
長い年月が彼の心を、魔法よりも下にしてしまった。
未だ燻る亡者の脇を抜け、ソウリッチが歩み寄ってくる。
「さあ、やれ……」
「……」
あと数歩。数歩で私の目の前に来る。
「自分のために、自分が支配した魔法で……、私の魔法印を破壊しろ……」
「……分かった」
あと一歩。そこでソウリッチは止まった。
「さあ……」
そう短く漏らし、掴んだ裾を大きく横に引っ張るソウリッチ。
私は、死を思い浮かべる。
安らかで、必ず訪れる、死を。強く思う。
私は一歩踏み出し、杖を胸元に当てた。
「『デリート・コート・オブ・アームズ』」
先ほどよりも小さく弱い光が杖から伸び、ソウリッチの胸を覆った。
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