015 アナグマ
アナグマを巣穴から飛び出させるのに火や煙は必要ない。
必要なのは――。
「ミント、レモン、そして土だ!」
材料を揃え、罠を設置していない巣穴の前に来た。
「ミントとレモンをどう使うんだろ……」
吉乃は前のめりになってこちらを見ている。
まるで想像できない展開に、好奇心が疼いて仕方ないようだ。
「この材料で作るといえば一つしかない――泥団子だ」
「泥団子? 土を丸めるあの泥団子?」
「その泥団子だ。今回はそれにミントとレモンを混ぜる」
作り方は普通の泥団子と変わらない。
土を丸めて球体にするだけ。
その際に細かくちぎったミントを含める。
「普通なら途中で水を混ぜるが、今回は水の代わりにレモン汁を使う」
労することなく特製の泥団子が完成した。
レモンのミントの香りがプンプンしていていい感じだ。
「既に分かっているかもしれないが、ミントやレモンはアナグマの嫌う匂いなんだ」
「それでその二つを混ぜた泥団子を巣穴の中に入れるわけね」
「人間で喩えるなら家にウンコを投げ込まれているようなものだな」
「それはきつい」
この特製泥団子のいいところは安全性が高いということ。
その上、これによって獲物となるアナグマの質が下がることもない。
「アナグマの巣穴はめちゃくちゃ大きい。たぶん1個じゃ効果が無いと思うから10個くらいまとめてぶち込もう。それだけの材料は揃えてある」
「私も手伝うね」
「おう」
二人でミントとレモンの泥団子を作る。
「なんだか小さい頃に戻ったみたい」
「幼少期に泥団子を作っていたのか?」
「頻繁にではないけど、男の子たちと何回かあるよ」
「吉乃みたいな可愛い子と団子作りができた男子は幸せ者だな」
「そういう海斗だって、たったいま私と団子作りをしているじゃない」
「だから俺も幸せ者だ」
吉乃は「ふふ」と笑うと、手を止めて俺を見た。
「なんか意外」
「何がだ?」
「女子に向かってさらりと『可愛い』とか言えちゃうんだって。良い悪いって意味じゃなくて、海斗の口からそういう言葉が出たこと自体にびっくりしたの」
「サバイバルのことしか頭にない人間だと思ったか?」
「うん」
「あながち間違っていない」
「でしょ」と笑う吉乃。
「だが、俺だって一皮剥けばただの男子高校生だ。他の奴等と同じで彼女が欲しいし、恋人とディズニーやUSJに行ってSNSで自慢したいとも思う」
「ほんとに?」
「もちろん。ただ、そういうのに憧れる気持ちよりもサバイバルに対する思いが強いってだけさ」
「じゃあ、好きな女子のタイプは?」
「俺と一緒にサバイバル生活を楽しめる人がいいなぁ。『お! タンパク質の塊があったぞ!』なんて言いながら二人でイモムシを食べるのとか楽しそうじゃん」
「…………ディズニーやUSJでイチャイチャしたくて、さらに楽しくイモムシを食べられる女子って相当レアだと思うよ」
「難しいな、恋愛ってやつは」
そんなこんなで泥団子が完成した。
「あとはこいつを巣穴に放り込むだけだ!」
アナグマの巣穴は斜めに向かって伸びている。
俺たちの新たな拠点である洞窟をスケールダウンしたようなものだ。
そのため、泥団子は無理に投げずとも勝手に転がっていった。
「次! はい次! もういっちょ! 次!」
泥団子の投入は俺が行う。
吉乃は隣から団子を渡す係だ。
「これでラストだな」
あとは出てくるのを待つだけだ。
「足跡から見るに、この巣穴には2-3匹が生息している。大して深くない巣穴だから、これだけぶちこめばすぐに――」
「グゥゥゥ! グッ! グゥ!」
話している最中にアナグマが出てきた。
「ほい捕まえた」
出てきたアナグマの首根っこを左手で掴む。
持ち上げると、抵抗される前に石包丁で急所を一突き。
速攻で仕留めた。
「すごい早業……!」
「早くしないと抵抗されるからな――おっと、もう1匹!」
新たに出てきたアナグマも同じ要領で仕留める。
しばらく待ったが、3匹目は現れなかった。
「これで終わりだな」
「お見事」
吉乃が拍手する。
俺は「どうも」と照れ笑い。
血抜きだけその場で済ませて川に戻った。
◇
「なぁ海斗ー! これって完成じゃんねー!?」
川に戻ると千夏が駆け寄ってきた。
土器の焼成が済んだかどうか確認してほしいとのこと。
「問題ないだろう。あとは冷ますだけだ」
「よっしゃー! 川の水をぶっかけよう!」
「何も『よっしゃー!』じゃねぇよ」と俺は苦笑い。
千夏は「ほへ?」と理解していない様子。
「川の水なんかぶっかけたら急激に温度が下がって壊れちまうぞ」
「うげぇ! ダメじゃん!」
「だから自然に冷めるのを待っていればいい」
「ほーい!」
さて、アナグマを解体準備だ。
アナグマ本体及び血と泥で汚れた自身の手を川で洗う。
俺のすぐ隣で吉乃も同じことをしている。
「そっちの解体は吉乃がするってことでいいんだよな?」
「うん」
戻りの道中で、解体に挑戦してみたいと言われていた。
いい心がけなので快諾。
「でも、分からないから解説してもらえると助かるかも」
「はいよ……といっても、基本は野ウサギの時と同じだ」
血抜きは既に済んでいるので、あとは可食部となる肉を取り出すだけ。
そのために、腹を開いて内臓を除去したり皮を剥いだりする。
「とまぁこんな感じだ」
サクッと作業を済ませた。
アナグマの肉は脂身が過半数を占めている。
高齢者だと見ているだけで胃もたれしそうだ。
(さて、吉乃の調子は……)
チラリと見たところ、苦戦しながら奮闘していた。
刃物が石包丁しかない中でよく頑張っている。
もう少しまともな道具があれば楽勝だっただろう。
めちゃくちゃ優秀だ。
「すごい吉乃! 内臓とか触って気持ち悪くないの?」
「ちょっとブヨブヨしていて気持ち悪いけど大丈夫」
質問者の明日花は、見ているだけで顔が青ざめている。
他の二人は平然としているが、どちらかといえば明日花の反応が一般的だ。
内臓を取り出す作業は、そんじょそこらのホラーよりグロテスクである。
耐性のない人間なら卒倒してもおかしくない。
「自分では上手にできたと思うけど……どうかな?」
「完璧だよ、非の打ち所がない」
他の三人が「おお!」と湧く。
「そんなに?」
「アナグマの解体に関しては既に任せられるレベルだよ」
「すごいじゃん吉乃! 海斗のお墨付きだよ!」
麻里奈が声を弾ませる。
吉乃は嬉しそうに「うん」と頷いた。
「適当なサイズに切って串焼きにしたら完成だ」
「あ、それは私がやってもいい? そろそろ働きたい!」
麻里奈が手を挙げる。
明日花が「私もー!」と続いた。
「ちょうどよかった。私は休憩したかったんだよね」
吉乃は川で手を洗ってシェルターに移動した。
腰を下ろし、脚を伸ばしてこちらを眺めている。
「肉のカットや串打ちは二人に任せるが――」
俺はカバンから塩を取りだした。
少し大きな200gの瓶に入っている。
「――焼く前に塩だけ振っておこう。そろそろナトリウムの補給が必要だ」
「ちょ! 塩があるなら昨日の内から使えよー! 兎の肉を食べた時にさぁ!」
千夏がブーブー騒ぐ。
「この塩は非常用だからあまり使いたくないんだ」
塩の精製は海が近ければ簡単にできる。
しかし、ここから海までは距離があるため難しい。
やむを得なかった。
「こいつは海水から作られた粗塩だから肉の味が格段に良くなるぜ」
したり顔で肉に塩をまぶしていく。
「粗塩だとお肉が美味しくなるの?」と明日花。
「スーパーに行くと色々な塩があるよね!」
麻里奈の発言に、「どれも同じっしょ!」と千夏。
「いやいや、かなり変わってくるよ」
「「「そうなの!?」」」
「スーパーで売っている塩には大きく分けて二種類あって、その違いは食塩の源となる塩化ナトリウム以外の成分を除去しているかどうかなんだ」
「塩なんだからどれを選んでも塩化ナトリウムの塊なんじゃないの?」
首を傾げる千夏。
「たしかに二種類とも塩化ナトリウムの塊ではあるが、除去していないほうにはマグネシウムやカルシウム、カリウムといった成分も多く含まれている」
「へ、へぇ……?」
よく分かっていないようだ。
「例えば俺の持っているこの塩がそうだ。粗塩だからにがり……つまり、さっき言ったマグネシウムやら何やらを除去していない。舐めてみると分かるが、しょっぱさだけじゃなくて苦さも感じる」
俺は三人の手の平に塩をまぶした。
吉乃が興味深そうに近づいてきたので、彼女の手にも塩をフリフリ。
「本当だー! 苦い!」と明日花。
「なんかこの塩、ウチの塩より美味しくねぇ!」
千夏はベーッと舌を出した。
「まさにその通り。塩によって美味しい不味いが存在する。そして、この苦味のある塩が調理に向いているんだ」
不純物を除去した純粋な食塩は、完成した後の料理に使う。
ラーメン屋や定食屋のテーブルに置かれる類の物だ。
対して、粗塩は調理に使う。
苦味の元となるマグネシウムが食材の旨味を引き立てるからだ。
「下味をつけるのには粗塩がいいんだー! タメになったよー!」
明日花は「メモメモ」と、手の平に文字を書くジェスチャー。
「参考になったのならよかったよ。じゃ、俺も休むからあとはよろしく!」
その後の作業を麻里奈と明日花に任せてシェルターでくつろぐ。
しばらくすると準備が終わった。
「ちょい早めの夕食になると思ったが、何だかんだでいい頃合いだな」
時刻は18時過ぎ。
焼けた肉の香りが食欲を刺激してきてたまらない。
脂身が多いため、焚き火の炎がバチバチと勢いを強めていた。
「何でもいいから食べようよ!」と千夏。
俺は「そうだな」と頷いた。
「「「「「いただきまーす!」」」」」
皆でアナグマ肉の串焼きを堪能する。
「うんめぇええええええええええええ!」
「甘くて美味しいー!」
「脂身ばかりなのに不思議と食べやすいね」
「アナグマってこんなに美味しいんだ!?」
「ヤベー! 海斗ヤベェー! アナグマヤベェー!」
俺たちの顔に自然と笑みがこぼれる。
口の中で溶ける甘くてまろやかな脂がたまらない。
この島に来てから一番のご馳走だった。
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