009 写真
カメラが捉えた竪穴式住居の集落。
歴史の教科書に載っていそうな風景に、俺たちは息を呑んだ。
「家があるってことは人がいるってことだよね!?」
声を弾ませる麻里奈。
「絶対にそうでしょ! 行ってみようよ!」
走りだそうとする千夏。
俺は「待て」と、彼女の手首を掴んだ。
「集落に行くのは明日にしよう」
「えええええ! なんでさ!? 人がいるのに!」
「落ち着いて考えてみろ、竪穴式住居だぞ?」
千夏はしばらく黙考してから答えた。
「……だから?」
「現代の日本に竪穴式住居で暮らす集落なんかないだろ?」
「うん」
「すると、あの集落で生活しているのは日本人以外だと考えられる。円滑なコミュニケーションがとれるとは思えない」
「でも竪穴式住居って日本にしかないんじゃないの?」
「それはよくある誤解だ。世界中の様々な場所で竪穴式住居と思しき形跡が発見されている。日本独自の物と思われていた縄文土器ですら、エクアドルでそっくりの代物が見つかっているくらいだ」
「マジで!?」
他の三人も「知らなかった」と驚いている。
「だから竪穴式住居=日本人と断定するのは危険だ」
「たしかに……。じゃあ近づかないほうが良さげ?」
「それはそれでまずいんだ」
「何で?」
「集落の人間がどういう奴等か把握しておく必要があるし、仮に言葉が通じなくても連絡手段を有している可能性がある。もしかしたら救助要請をできるかもしれない」
その可能性は限りなく低いが、ということは言わないでおく。
不安にさせてもいいことなどない。
「海斗の意見を聞いて納得したけど、なんで今日じゃなくて明日にするの? 遅かれ早かれ集落に近づくなら今からでもよくない?」
「単純に時間の都合さ。正確な距離は不明だが、写真を見る限り集落までは結構な距離がある。到着した時点で日が暮れているだろう。川へ戻る頃には夜になっている」
夜の森は危険だ。
いかに夜目を利かせても、夜行性の獣には敵わない。
「なるほどなぁ! じゃあ明日だ!」
千夏は納得して引き下がった。
「すごいね、海斗」
そう言ったのは吉乃だ。
「何がすごいんだ?」
「この一瞬でそこまで考えていること」
「あーたしかに! 海斗君って判断速度が異常だよね!」
「分かる分かる!」と麻里奈が同意した。
「自分では特に意識していないが……」
これも訓練の賜物かもしれない。
咄嗟の判断で生死を分けることもあるのがサバイバルだ。
「とにかく川の拠点に戻ろう。ここでの用は済んだ」
「「「「了解!」」」」
日が沈み始める中、俺たちは早足で草原を離れた。
◇
拠点に戻ると夕食を済ませた。
この島には様々な果物が自生しているが、今回は二種類のみ。
バナナとハスカップだ。
「なにこのハスカップって果物! ちょー酸っぱいんだけど!?」
「その酸味が魅力だ」
俺以外の四人はハスカップを知らなかった。
千夏に至っては、見た目が似ているのでブドウと誤解したくらいだ。
他の三人は「ブルーベリーの大きい版」と表現していて、俺もそう感じた。
「海斗君って果物の知識も豊富なんだねー」
明日花はハスカップをパクパク食べている。
食べるたびに「んふぅ」とニヤけて美味しそうだ。
「植物に関する知識はサバイバルで役立つからね。もっともハスカップは有名な果物だから知っていてもドヤれないけど」
「えー、私たちは知らなかったよ? 見たことすらないレベル!」
「仕方ないさ。たぶん知っているのは道民くらいだろう」
「なんで北海道の人は知っているの?」
「ハスカップの群生地がいくつもあって、ジャムやら何やらに加工されて広く流通しているんだ。もちろん栽培している農家だってあるよ」
「そうなんだ!」
「海斗と話していると知識がついて楽しいね」
吉乃は俺の目を見つめながらバナナの先端を咥えた。
よく熟しているので実に美味しそうだ。
「今さら驚きはしないけど、トロピカルフルーツのバナナと寒帯の果物であるハスカップが同時に採れるのも異常だよなぁ」
「不思議な場所だよねー」と麻里奈。
「それよかさー! 写真のチェックをしようよ!」
千夏がスマホを取り出した。
それに合わせて俺たちも自身のスマホを確認する。
俺の撮影した写真は全員に送信済みだ。
近くの人間とならオフラインでもデータを共有できる。
そういう機能があることを約10分前に教わった。
「思ったんだけどさー、どの方角にも海があるよね」と千夏。
「それ私も思った! ここって島なんだねー!」
明日花は右手でハスカップを食べつつ、左手でスマホを操作している。
「あのセコイアは島の中央にあるみたいだな。周囲は草原だし、衛星写真で真上から見たら面白そうだ」
「遠くに海が見えるってことは、この島はそれほど大きくないのかな?」
吉乃が尋ねてきた。
「いや、むしろかなり大きいと思う」
「そうなの?」
「俺は約70~80mの高さから撮影したんだ。もしここが地球なら、カメラは約30km先まで捉えていることになる」
「30km……って言われてもピンッと来ないなぁ」
「適当な例を挙げると、皇居から横浜市までの直線距離がそのくらいだ」
「遠すぎでしょ!」と千夏が叫ぶ。
吉乃も「うわぁ」と眉間に皺を寄せた。
「ちなみに不動産屋とかの賃貸広告に書いてある『徒歩何分』って数値は、時速4.8kmで計算している。それで考えると、セコイアの木から海までは徒歩6時間程の距離になるわけだ」
「6時間はきついね。しかも片道だし」
吉乃はスマホを見ながら言った。
「海へ行くなら途中に何カ所か拠点を設けたほうがいいな」
「拠点って、ここみたいなシェルター?」
「そうそう」と俺が頷き、会話が終わる。
静寂が場を支配する中、俺たちは写真を見返した。
「現時点で分かっている地形情報を整理しておくか」
これは皆で知識を共有するための発言だ。
「セコイアは島の中央にあって、島の半径は推定30km前後。兵藤たちの洞窟はここから北東――セコイアからだと北西に位置している。また、セコイアの北には竪穴式住居の集落がある」
言い終えた後、「以上かな?」と皆に確認。
「草原の場所とかは大丈夫? そこらに草原があるっぽいけど」
麻里奈が真剣な眼差しを向けてくる。
「それは省略していいと思う」
「OK!」
「他に何かあるかな? 質問でもいいよ」
「特になーし!」
千夏が真っ先に答える。
他の三人も同様だった。
「なら以上だな」
いつの間にやら日没だ。
束の間の黄昏時が一日の終わりを実感させる。
(結局、今日は生き抜くだけで精一杯だったな)
茜色の空を眺めながら今日を振り返り、明日の予定を考える。
すると。
「いつか皆で海に行ってみたいね!」
明日花が話しかけてきた。
「塩の調達をしなければならないもんな」
「そうじゃなくて! 皆で泳ぎたいってこと!」
「泳ぐ……!?」
「うん! あ、でも、クラゲに刺されちゃうかな?」
明日花は「それはやだなぁ」などと一人で話を発展させている。
(誰も水着を持っていないのに泳ぐだと? 全裸で……ってこと!?)
美少女四人と全裸で海を楽しむ光景が浮かぶ。
素晴らしい、実に素晴らしい。
「クラゲなんざ怖くねぇ!」
「そうなの!?」
「おう! 絶対に行くぞ! いずれ! 海に!」
必達目標に『海に行く』が追加された。
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