第25話 突然の来訪者
帰りの道中、三人はまた馬車に揺られていた。
エスリンはシルビアに聞いた。
「あの侯爵様はこれからどうなるんですか?」
「〈
「あぁ、知っていますよ。治安維持を任務とする軍の第三部隊ですよね」
「まずはそこが介入するわ。そして上手く理由をつけて、〈
喋りながら、シルビアは紙に色々と書いては、それを一つの束にまとめていた。彼女は移動時間中に国へ出す報告書を書いていたのだ。
パーク・ルリキュール侯爵は国益を害す活動をしているため、厳正な対応が必要。書類の束が言いたいことは、そういうことだった。
シルビアは笑みを浮かべる。
「エスリン、フラウリナ、まずはご苦労さま。特にエスリン、よくあの時気づいたわね」
「いやぁ、たまたま気づいただけですから」
あの時、とは応接室でのことである。エスリンはシルビアに顔を近づけた時、こう言ったのだ。
――殺気を感じます。見てきていいですか?
それに対し、シルビアは許可を出し、三本指を二度動かした。フラウリナはそのハンドサインの意味を知っていた。
「『戦闘対応有り』、いきなりあの指示が飛んできたときは驚きました」
「私も同じ気持ちよ。でもそのおかげで相手の用意していた手札を潰すことが出来たわ。お手柄ね」
「……エスリン・クリューガ。良い気にならないでくださいね」
「お、辛辣な言葉ー」
「いつか完膚なきまでに貴方を倒して、格の違いを思い知らせます」
「それ、悪役が使う言葉だと思うんだけど」
「悪役? 勝ったほうが正義ですよ、何なら今から確かめてみましょう」
そこでシルビアは止めた。
「ストップ。馬車内で剣抜くのは許容できないわよ」
「っ! 申し訳ございません、シルビア様」
「全くもう、フラウリナはいつもエスリンに対抗心を燃やしているわね」
「はい。エスリン・クリューガには負けられません」
しばらく馬車に揺られる三人。そこでフラウリナは今後のことについて、確認する。
「シルビア様、この後の私たちの動きはどうなるんですか?」
「そうね、一旦待機になるわ。一度、エンヴリット第一師団長とも打ち合わせしたいわね」
「! その際は、ぜひお供させてください」
「分かってるわ。けどフラウリナ、戦おうなんて思わないでね」
「……善処します」
この後も雑談が続き、やがてシルビアたちは屋敷に帰ってきた。
「二人とも、一度身体を休めなさい。今後のことはそれから話すわ」
「……あれ、メイド長じゃないですか?」
正門にメイド長が立っていた。出迎えにしては、何やら表情が曇っていた。焦っているような、困っているような、そんな表情である。
「メイド長、いま戻ってきたわ」
「お帰りなさいませシルビア様。実は今、応接室に来客が来ておりまして……」
「来客? いつから?」
「一時間前ほどに」
「珍しいわね。いつもなら待たせずに帰しているのに。誰なの?」
すると、メイド長はその名を口にした。
「エンヴリット第一師団長です」
「第一師団長が? 分かったわ、今すぐ行く。フラウリナは体力に問題なければ来てもらうとして、エスリンはどうする?」
エスリンが〈
だからこそ、エスリンは同席を選択した。ここまで気を使ってもらっておいて、逃げるというのは無しにしたい。
「私も可能なら、同席したいです」
全員で応接室に向かうことになった。
シルビアが扉を開けると、そこには長い黒髪の女性が座っていた。
「エンヴリット第一師団長、お待たせしました」
「おぉ、シルビア。元気そうで何より何より」
「……私、一応侯爵家なのですが」
「なーに言ってんだ。私とヴェイマーズ家の仲じゃないか。あっはっはっは!」
ファークラス王国軍とヴェイマーズ家はある意味、仲間と言える。
軍は貴族の問題に介入することが難しい。理由は色々あるが、大きく言えば、しがらみが多すぎるのだ。
そんな中、ヴェイマーズ家は淡々と仕事をこなしていくため、軍は大助かりなのである。
「エンヴリット第一師団長と私の父は国を想う同志。確かにそういう仲かもしれませんね」
「私はお前にも言っているんだシルビア。昔はエンヴリットお姉ちゃんと呼んでくれたってのに」
「! む、昔の話です。今の私はヴェイマーズ家当主なんですから」
「えぇ~エンヴリットお姉ちゃんは悲しいぞ」
「や、止めてください。部下が見ています」
そのやり取りを見ていたエスリンはフラウリナへ耳打ちをする。
「第一師団長、めちゃくちゃフランクだね」
「口を慎みなさい。シルビア様にはそうでも、あの方はファークラス王国軍第一師団をまとめるお方なのですよ」
耳打ちに、メイド長も参戦してきた。
「あら、シルビア様以外にもああいう感じよ、エンヴリットは」
その言い方に、エスリンは妙な引っ掛かりを覚えた。
「ちょっと思っていたんですが、メイド長ってたまにエンヴリット第一師団長のことを呼び捨てにしますよね。何か関係あるんですか?」
「うふふふ。内緒よ」
メイド長の声に、少しだけ力が入ったので、エスリンはそれ以上聞かないことにした。
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