第20話 もしもの話だがね
応接室に案内されたシルビアはまず、テーブル上に置かれた資料が目に入った。
(用意周到ね)
そこに驚きはなかった。貴族たちは自分たちの損になりそうなことに対しての嗅覚が鋭い。大方、あちこちに放っている
シルビアはエスリンとフラウリナを側に控えさせ、資料を開いた。
「いかがですかなヴェイマーズ卿。我がルリキュール領はお天道様に顔を向けた統治をしていると確信しているのですが……」
「そのようですね。収支報告や会合の議事録など、しっかりと整備されていると思います」
資料には少しの不備もなかった。今回の目的は何か揚げ足をとり、上手く人攫い事件と絡めるためだ。
そのため、シルビアはいつも以上に気合を入れて、監査に取り組んでいた。
(シルビア様、苦戦していますね)
フラウリナはシルビアの戦いをしっかりと見守っていた。
何か手助けになれることはないか、そう考えていると、彼女はエスリンの行動に気づく。
「っ! エスリン・クリューガ、何をやっているのですか……」
何とエスリンは目を閉じているではないか。
思わずフラウリナはエスリンへ顔を近づけ、小声で注意した。
だが、エスリンは目を開かない。
「あ、そっか。上手いな」
エスリンは監査中のシルビアの耳元に顔を寄せる。
「あの、シルビアさん。――――」
「許可するわ。ルリキュール卿、少しよろしいですか」
「質問ですかな? 僕に答えられることなら、何でもどうぞ」
すると、シルビアは苦笑を浮かべつつ、こう答えた。
「いえ、質問ではなくてですね。うちのメイドの体調が少しおかしいようで……お手洗いをお借りしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「あぁ、あぁ! そういうことでしたか。うちの使用人に案内させましょう」
「恐縮です。フラウリナ、貴方もついていってあげなさい。ルリキュール卿、使用人二名の離席、失礼します」
「何も気にすることはありません。ゆっくり休まれると良い」
シルビアは三本指を二度動かし、フラウリナへ付き添いを促した。
フラウリナはエスリンとシルビアの顔を交互に見た後、首を縦に振った。
「分かりました。行きますよ、エスリン・クリューガ。全く、体調管理も出来ないとはメイド失格ですね」
「ごめんねーフラウリナ」
二人が応接室から出ていくと、その部屋にはパーク侯爵とシルビアだけとなった。
「ヴェイマーズ卿、雑談でもいかがかな」
「監査中なので、書類確認が優先になりますが、それでも良ければ」
パーク侯爵は笑顔で頷いた。
「それはありがたい。この歳になると人との会話に飢えていてね。それでは早速……」
にこやかにパーク侯爵は雑談を始めた。
最近の趣味やこの領内で起きた変わった出来事、美味しい食事処の話などなど。シルビアは警戒しつつも、丁寧に相槌を打つ。
貴族の監査が役目だからといって、他の貴族と仲良くしてはいけないということはない。社交こそ、貴族が果たすべき基本的な仕事なのだ。
「ヴェイマーズ卿はいつからこの監査業務を行っているのかな?」
「六歳からですね。最初は監査相手に舐められていましたね」
「おやおや。それは大変だったろう。まともに監査も出来なかったのではないかな?」
「いえ、その後は色々と書類を突き出しつつ、丁寧に対話を続けたら、一人前の人間として対応してくれましたね」
パーク侯爵はその時のやり取りが脳裏に浮かんだ。
言い逃れの出来ない証拠を突きつけ、淡々と事実確認していけば、嫌でも対応せざるを得ないだろうと。
シルビア・ヴェイマーズの能力は本物だ。一度狙いを定めたら、徹底的に正しさを追求していく。
(だからこそ、君の扱いに困る貴族がたくさんいるんだろうなぁ)
パーク侯爵の思考をよそに、シルビアは資料の確認を続ける。
「……ん?」
シルビアは確認していた収支報告書の収入の項目に引っかかりを覚えた。
「ルリキュール卿、この収入の項目ですが」
「どれどれ。あぁ、交易関係で得た収入だねぇ。ルリキュール領は人の流れが盛んだからね」
「そうですね。だからこそ、この項目はそういうことで済むのでしょうね。少しばかり金額が大きいとしても、それも交易ですものね」
「……何が言いたいのかね?」
シルビアはこういったやり取りを星の数ほどこなしてきた。時には言い回しを変え、時には言い方を変え、話しやすい雰囲気を作ってみたりと、色々工夫をしてきた。
だが、色々と試している内に、やがてこのやり方が一番効果的だと感じるようになった。
「単刀直入に聞きます。この項目に関する明細を出してください」
「う~ん、出したいのは山々なんだけどねぇ。生憎とその項目に関する明細は破棄してしまったんだよねぇ」
その回答に対し、シルビアは笑顔でこう返した。
「もしかしたら別の書類と勘違いされているかもしれないので、今すぐ確認してみることをおすすめしますよ。何せ、金銭関係の資料の保管は義務づけられていますので」
パーク侯爵の言葉を尊重しつつ、シルビアは退路を潰す。
これで出てくるなら良し、出てこなくても義務違反で色々とやりやすくなる。
「ヴェイマーズ卿、これはもしもの話だがね」
パーク侯爵が立ち上がり、シルビアに背を向ける。
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