第34話 歯茎に突き刺さるモヤモヤ

「そういうことらしいから、明日の撮影には大丈夫なんじゃないか。ウチもドラマも」

「そ。ならいいわ。それしてもあの子がそんなことで悩んでたとはね……」


 我の中に漂うモヤモヤは一向に晴れないままだったが、とにかく霧島に話だけはしておくことにした。

 もしかしたらこのモヤモヤをなんとかできる気がして。


「霧島さん、貴方に頼みがある」

「ん?なによいなきり改まっちゃって」


「明日の撮影、後日に延期などできないのだろうか?」

「誰のために?」


「そんなの決まってるであろう。小娘の為にだ。このままだとなんだか我まで後悔しそうで気分が悪い」


 きっとこのモヤモヤは霧島も同じ筈だ。彼女は小娘と付き合いが長いと言っていたし、霧島さんならなんとかしてくれる、そんな気がする。


「だと思った。私の気持ちはアナタと同じよ」


 ほらな。言って正解だった。これでこのモヤモヤともおさらばできる。


「だからこそその頼みは断らせてもらうわ」

「何故だ」


「あの子の為に決まってるでしょ」

「だったら何故そうなる!気持ちが同じならそうはならない筈だろ!!」


「それはあの子がプロだから。そして私はそれを信じているからよ」


 まただ。そのプロという言葉。恐らく彼女達にとってプロは誇りなのだろう。だがこれじゃ己を縛る呪いでしかないではないか。


「意味が分からん…」

「分からないならまだアナタはプロじゃないってことよ」


「それがプロだと言うのなら我はプロになどなりたなくないがな」

「…それに多分あの子もそれを分かってるしそれを望んじゃいないわ。なのに私が勝手するわけにはいかないでしょ」


 今日の霧島はいつもと違った。恐らくこれが彼女のいうプロなんだろう。

 だからこそ余計にこの言葉は我にとって忘れられないものとなった。

 この嫌に引っかかるモヤモヤが実に腹立たしい。まるで歯茎の間に挟まったかた皿うどんの麺のよう。

 食べたことは無いのであくまでも想像だが……。



 そして翌日。

 やはりこの引っかかったモヤモヤは晴れることはいまま当たり前のように始まる撮影。

 肝心の小娘はというと、昨日のわがままっぷりが嘘のように真面目に取り組んでいる。

 お陰で今日の撮影はトラブルもなく15分も巻いてしまった。

 だからといって何かが変わるわけじゃない。


「邪魔。用もないならそこで突っ立ってないで貰えます?」


 目の前にはスタジオから楽屋へ戻ろうとしている槇乃は我を見るや否や睨みつけている。


「あ、すまない…」


 確かになんで我はこんな通路の真ん中で右往左往していたのだろうか。何かが変わるわけじゃない、何も変わらないなら何をしたってしょうがない。

 そんなこと分かっている筈なのに、これじゃ分かってないのと同じではないか。


「謝るならさっさっと退いてくれる?私、次があるんで」

「ああ」


「もう……」

「あ、ちょっと待ってくれないか」


「え」


 気がついた時には我の手は彼女の手を握りしめていた。

 こんな大胆な真似生まれて初めてだ。そんな勇気が我にあったとは自分でも驚きだ。


「あのさ、離してくれる?」

「え、」


「手」

「あ、ああ!…申し訳ない。我としたことが本当に申し訳ない」


「……別にいいけど。で、なんななの?」

「それは……」


 理由なんてあるわけがない。ただ体が勝手に動いちゃってなんてそんな理由が通用するわけがない。だからといって今のままじゃ魔王が変態扱いだ。


「そうだ。一つ聞きたいことがあるのだ。自分と好きな人のどっちかしか選べないってなったらどっちを選ぶ?」

「…口開けばいきなりなんなの?」


「いや、そ、それは確かにそうなんだが…」


 戸惑うのも無理はない。仲が良いわけでもない寧ろ嫌いな男から、好きな人と自分だったらどっちを優先する?なんて変態じみた質問をされたらそんな顔もするに決まってる。

 何も考えずに思った事だけを喋るからこうなるのだ。

 だから今の今まで我には彼女と呼べる者が出来ないのだぞ。

 自分で言っててこれ程悲しいこともない。


「あのさ、質問の意味はよく分からないんだけど、つまり迷ってるってことでしょ?」

「え、まぁ、そうだな」


「迷ってるってことはどっちも譲りたくないって事。それならどっちかなんて決めなければいいんじゃないの?」

「!!」


 そうか……言われてみればその通りだ。どうして我はこんな簡単な事を思いつかなかったのだ。我としたことがあんなことで悩んでいたのが馬鹿みたいじゃないか。

 魔王たるもの望むものは全てを手に入れ納得出来ぬものは出来るようにしてきた。それこそが魔王たる所以なり。魔王ならば何事も強欲で自分に正直であれば良かったのだ。


「ま、誰が何言ってんだって話だけど。それが出来たら苦労なんてしてないだろうし…。所詮は他人事なんでね、そんな私に聞いたアンタが悪いのよ」

「…素晴らしい!!」


「は?」

「よくぞ言ってくれた。お前のおかげでようやく我のするべきことが分かったぞ。不可能を可能にするのは我の十八番。振り回し振り回されるのは我の運命。どうやら我はそれを忘れていたようだ。感謝するぞ」


 そうと決まったら急がなければ!


「すまないが我はこれで失礼させてもらう。我も次があるんでな」


 そういうと魔王は慌ててスタジオを走り去っていく。


「言いたい事だけ言ってこっちの足を止めといて先に帰るとか、なんなのよアイツ……」

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