第32話 面倒な奴らは無茶振りがお好き
「優菜ったら……」
取り敢えずスタッフルームに戻ってきた霧島。
「随分疲れた顔してるな。またトラブルか?」
「そういうアンタは暇なのね。わざわざ私にちょっかい出してくるなんて。嫌がらせ?」
「バカ言え。生憎俺はお前に文句を言いにきたんだ。お前の所の収録が長引いたせいで俺が担当してるドラマにも皺寄せがきてるんだよ。これで2回目だぞ」
「あっそ。それは悪かったわね……」
男は霧島を煽るように会話を続けるが肝心の霧島はどこか上の空で。
「……そういえばこの前もお前同じような顔してたよな」
「そうだった?……」
「アレはお前がウチの上司に呼びつけられてた時だ。お前が無断で勝手に番組の構成を変えて出演者までも変えた事が問題になって大分搾られたってところだろうがな」
「分かってるならわざわざ言わないでくれる?思い出すだけで嫌になる」
霧島は脱いでいた上着を顔にかける。
「自業自得だろ」
「……帰って。私疲れてるの。それにまだ仕事も残ってるし、忙しいのよ」
「言われなくても帰るさ。その前に嫌がらせついでに一言。上の奴ら来季の改変時期にはお前の番組を終わらせるつもりだぞ」
「は!?」
霧島は慌てて飛び起きると被っていた上着を男に投げつける。
「あぶねっ…」
「なにそれ…どういうこと?私聞いてないわよ」
キレ気味に男を問い詰める霧島。
「当たり前だろ。まぁ、あくまでもこれはただの噂で決定事項じゃないがな」
「っ…驚かせないでよ」
「だけどデマじゃない。少なくても俺達下の人間が知らない所でそういう会話があったのは紛れもない事実だ」
「…でもなんでそんな話になってんのよ。番組の人気だってまだあるし、度々ネットでも話題にだってなってる。それなのに」
「それだけじゃ上は納得してないってことだ」
霧島を冷たく突き放す男。
「確かに最近のお前の番組は話題に事欠かない。それに子どもからの評判も上々らしいしな」
「そうよ」
「でも肝心の視聴率はどうなんだ?」
「、、……それは、まあまあよ」
「嘘つけ。まぁまあどころじゃなくて分かりやすい程の右肩下がりだろ」
言い返したいが言い返せない。だってなにも間違ってないから。
「……」
「神道を降板させたことで、番組自体はリニューアルして話題になった。だけどそれだけだろ。今までのように視聴率は伸びなくなった。お前が思っている以上に神道の空いた穴はデカかったってことだ」
「だけど前より番組は良くなった。子供番組としてやるべきことはやってるわ」
「上はそう思ってない。いくら子供番組でもそれを作ってるのは欲に塗れた汚い大人達。結局は大人が納得しなきゃ、なに作ったって意味がないんだよ」
コイツの言葉は全部事実で全くその通り。そんなこと嫌になるほど私も知ってる。
だけどそれじゃなにも変わらなかったから……。
「元々上の奴らは民放局が作る子供番組に対して否定的な奴が多かった。そんな奴らにとっても今は番組を終わらせる絶好のチャンスってことだ」
霧島は悔しい表情を浮かべる。
「……番組続けたいなら今からでも話題や人気じゃなくて視聴率だけが取れる番組を作れ。それが1番の近道だぞ」
男は霧島に上着を返す。
「ねぇ、それを言うためだけにわざわざ私のところに来たわけ?」
「暇だったんでな…だけど勘違いするな。この番組が終わったらどうせその空いた枠は俺が担当することになる。ただでさえ俺は忙しいのにこれ以上仕事が増えたら困るんだよ」
「やっぱり嫌がらせじゃない。……どうせなら暇なのか忙しいのかぐらいはっきりしなさいよ」
「うるせぇ、時間も持て余すぐらい忙しいって事だよ。そうだ、今度こそあの子に収録すっぽかさないようにってお前から伝えておいてくれ。付き合い長いだろ?よろしく頼むぞ」
そう言い残すと今度こそ男はこの場からいなくなった。
「なんだあの男は」
「うぁっ!びっくりした……いきなり話しかけてこないでよ」
暗殺者ばりに背後から忍び寄ってきた魔王の声に振り向き驚く霧島。
「……いつから聞いてた?」
「さっきだ」
「じゃあ、」
「番組は終わるのか?」
「最初からじゃない。大丈夫よ。私がいる限りそんなことさせるわけがないでしょ……。あ、今の話誰かにするんじゃないわよ」
執拗に顔を近づけプレッシャーをかける霧島。
「(ち、近いな……)わ、分かった。誰にも言わない。約束は守る」
「頼むわよ。ただでさえトラブル続きなんだから、これ以上私を困らせないでちょうだい」
「…ところでさっきのあの面倒そうな男は一体なんなのだ」
「ああ、アイツは同期の辻雄介。うちの局随一の人気を誇るやり手の売れっ子プロデューサーよ。今じゃ局を飛び出して自分がMCのラジオもやってるわ」
「あの男そんな凄い奴だったのか……」
「別に驚くことじゃない。ただ凄いだけよ」
辻にこの仕事の才能があるなんてことは出会った時から分かってた。
だから私はあまり好きになれなかった。
「…正直言ってアイツはお世辞にも性格がいいって言える奴じゃない。目的のためになら手段を選ばず、自分のことばっか考えてるような奴だったから」
「それならなんでわざわざあんなことを言いにきたのだ?」
「知らないわよ。私はアイツのそういうところが嫌いなの。…好きな奴でもいい奴でもないのに、悪い奴でもない。それが分かってるから困るのよ。そんなどっちつかずのところが私は1番嫌いなのよ!」
「フハッ……」
魔王は思わず笑ってしまい慌てて口を閉じる。
「何が面白いの?」
「いや、我にも同じような奴の知り合いがいたことを思い出してな。ソイツに対して我が思っている事がそれと全く同じなのだ」
「なにそれ」
「偶然とは不思議なものだな」
好き嫌いといい悪いは全くの別物ってことか。全く世界が変わっても変わった奴はどこも変わらないな。
「…ところでずっと気になってたんだけどアナタはここに何しにきたわけ?」
「別に。ただふらっと立ち寄ってみただけだ」
「スタッフルームはふらっと立ち寄る場所じゃないんだけどなー。…まぁ、いいわ。私もアナタに聞きたいことがあったし」
「なんだ」
再び霧島は魔王に距離を詰めていく。
「ここ最近の優菜は明らかに様子がおかしい。特に今日は。あんなの昔は考えられなかった」
「そうか?小娘はいつもあんなんだろ。今日は一段とワガママに磨きがかかっていたがな」
「それがおかしいって言ってんのよ!私、結構あの子と付き合い長いけど、少なくてもあんなワガママ言うような子じゃなかった。まるで子供みたい…」
優菜はあの年齢で既に芸歴10年は超えてる。私が彼女と初めて会った時あの子は3歳。だけど本当に子供かと思うくらい静かで大人びた子だと思った事をよく覚えてる。
それが今日はあんなに騒いで。
あんな大声、役以外で聞いたのは初めてかも。
「……(子供みたい、ね)」
「まさかと思うけどアンタ、優菜に手出してんじゃないでしょうね?」
「なっ!!なんでそうなる!」
何を言ってるんだ、この女は。
「あの子がおかしくなったのはアナタと出会った時から。そうなったら全部辻褄が合うのよ」
「勝手に辻褄を合わせるでない。断じて我はそのような真似はしていない」
「本当に……?」
「ああ。大体我はだな、」
言いかけた瞬間、突如魔王は口籠る。
危なかった。危うく我がその手の経験が無いと口走るところだった。そもそもそんなか弱い少女に手を出す勇気があったら今頃そんなものとっくに卒業してるに決まってる!
「大体なによ?」
「え、いや……とにかく!我は断じて手など出していない。魔王の名に誓ってな!!」
「ふーん……そ。ならいいわ」
「当たり前だろ」
取り敢えず誤魔化せたか?……。魔王としてこんな事がバレたら我の威厳に関わるからな。
それに彼女にこんなことが知られたら今後ここで事がとてもやりづらくなる。
そうなったら約束が守れない。
「じゃあさ、なにが原因なわけ?」
「我に聞くではない。知るわけなかろうが」
「そうね…。じゃあさそのわけアナタが聞いてきてよ」
「は!?何故我が!」
今度は無茶振りだと。
「それがさ、あの子なんでかアナタの事気に入ってるみたいなのよねー」
「なに言ってる。そんなわけないだろ。今日も奴は我をポンコツ呼ばわりしてたんだぞ?」
「それが不思議なのよ。あの子、興味ない人には必要以上関わらない子だから。あんなに馴れ馴れしく喋ってること自体珍しいのよ」
「だからってなんで我が。…あ、霧島さんの方が小娘と付き合い長いんだろ。その方が小娘にとっても色々と話しやすいのではないか?」
「無理よ私じゃ。それに私はこのあとも仕事が残ってるの。比べてアナタはどうせこのあと暇なんでしょ?」
きっと彼なら。
「暇とはなんだ!暇とは。我にだって色々とあるのだぞー」
「なによ色々って。言ってみなさいよ」
霧島は魔王の胸ぐらを掴み言いよる。
「!……い、いや、色々は、色々だと思うぞ。多分な…。(だから当たってる!それにマジで色々と近い。。)」
「なに顔赤くしてんのよ、魔王のくせに」
手を離すと魔王は必死で顔を隠す。
「くっ……」
「やっぱり暇なんでしょ。お願い…」
「だが、」
「ちなみこれ上司命令だから」
「いや上司って、別に我は其方の部下ではな」
「いいから行く!!」
「うむ…」
今日は散々な一日になりそうだ…。
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