64 役割分担を終えた所感


「……意味わかんない、何でルナが舞台監督……」


 現在、ルナは落ち込んだように肩を落としている。

 彼女は楽しそうにしているか、つまんなそうにしているかの両極端な子なので、明らかな落胆を示すのは珍しい。


「今すぐ私のナレーション役を撤回してもいいのよ、その監督権限を使ってねっ」


 そうして不満を漏らすのが千冬ちふゆさん。

 彼女は彼女で現在のポジションに納得出来ないらしい。


「そういうスズカゼこそ、どうしてルナを監督なんかにしたの。嫌がらせ?」


 そもそもルナが舞台監督になったのは千冬さんの推薦が原因である。

 その理由を知りたがるのは当然だった。


「あの場で言った通りよ。舞台監督に立候補する人はそうそういないのだから、最も適正のある人材を推薦するのは当然じゃない」


「スズカゼの判断は間違っている。ルナはクラスメイトから避けられている、そんな人が大勢の指示なんて出来るわけない」


 ルナが何よりも気にしているのはきっとその部分だ。

 演劇そのものに対する理解があったとしても、現場を指揮するというリーダーシップ、人間関係の構築に不安を抱いている。

 学院内での彼女のポジションを考えれば、無理もないとは思った。


「だから今、貴女がやるのよ」


「なにそれ……」


「文化祭という学院全体が浮き足立つこのタイミングが一番垣根を越えやすいのよ。特にこの学院のような階級意識が強い場所だと余計にね。貴女がクラスに打ち解けるには絶好の機会よ」


 なるほど……。

 特に演劇という学院の部活にもない要素が大きい。

 得意とする人もいないからこそ、上下意識も生まれにくく、純粋なクラスメイト同士の触れ合いが可能になるんだ。


「スズカゼ……」


「ふん、言ったでしょ。私は学級委員長でもあるのだから全体のバランスを考えているのよ。何も底意地の悪い理由で貴女を推薦したりはしないわ」


 さすが千冬さん……。

 冷たい口調でありながら、ハートは熱い。

 そんなギャップが素敵です。


「だから私がナレーションというのは、どう考えても全体のバランスが悪いから変えて欲しいのだけれど」


 クラス全体を考えて監督に推薦した千冬さんに対し、ルナは完全に報復行為として千冬さんをナレーション役に推薦している。

 その思惑の違いから、千冬さんはやはり現状に納得していないようだ。

 ルナもこれなら納得して意見を変えるだろう。


「うん絶対ダメ、ナレーション一択」


「……貴女って、私の言葉が響いてないの?」


 ――感心したルナが意見を覆す。

 というシナリオを千冬さんは思い描いていたようだが、どうやらそうはいかないらしい。


「響かない、余計なお世話」


「……」


 辛辣だった。


「そもそもルナはクラスに溶け込みたいと思ってない」


「貴女ね……」


 するとルナがあたしに視線を向ける。

 えっと、今の話にあたしは関与してないよね?


「ルナはユズキとの繋がりがあれば、それでいいの」


 言って自分で照れてしまったのか、ポッと頬を染める。

 ……そうかぁ。

 あたしのせいでクラスメイトの繋がりなんて要らないと思っちゃったかぁ。


「待って下さい、それならわたしにも意見がありますっ!」


 今度は主役に抜擢された明璃あかりちゃんも同じように意見を主張する。

 こうしてあたしを軸とした主人公とヒロインの円が完成していた。

 もはや恒例になりつつあるね。


「なんですかロミオって、わたしにそんなキラキラした王子様的な要素あります?」


「ないわね」「ない」


 ヒロイン二人に否定される主人公……。

 冷静に考えると、全員役割に不満を持ってるって凄い状況だよね。


「もうちょっとオブラートに包んでくださいよっ!」


 本来だったらヒロインはジュリエット役になろうと必死になるはずだったんだけどね。

 恋とはこんなにも人を変えるのだから恐ろしい。

 ……な、なんちゃって、てへ。自意識過剰発言だよね。


「文句があるのならゆずりはに言うべきね」


「コヒナタを推薦したのはユズキ」


 すると明璃ちゃんが恨めしそうにあたしに視線を向けてくる。


「どうして柚稀ちゃんはあたしをロミオに推薦したんですかぁ……?」


 理由……か。


「あたしは明璃ちゃんのロミオ役は似合うと思ってるからね!」


 ゲームで見たときは全然似合ってたから大丈夫だよっ、あたしの感想だけど。


「じゃあどうして柚稀ちゃんがジュリエット役じゃないんですかぁああ。てっきりそういう意味かと思ったのにっ」


 瞳をうるうるさせる明璃ちゃん。

 ご、ごめん……。

 あたしがジュリエットをやる想定は一切していなかった。


「まぁまぁ、皆、やるからには成功させようよ。各々が大事な役割だからさ」


 皆思う所はあるだろうが、何だかんだこうして一緒になる仲なのだから。

 心が通じ合っている部分はあるはずだ。

 せっかくの文化祭、どこかでその繋がりを感じられるといいな。


「ユズキがそう言うのなら、ロンドンを超える演劇を作って見せる」


 うん、それはやりすぎだよね。


「じゃあ、わたしは女優としてスカウトされるまでの演技をしてみますっ!」


 だから、それもやりすぎなんだよね。


「……え、それなら私は……プロの声優を超えるナレーションを務め……そんなこと出来るのかしら……」


 ああ、現実主義者の千冬さんですら染まってしまっている。


「ほどほどに頑張ろうね?」


 でも、こうしてあたしの言葉に反応してくれる皆がいるから、楽しい文化祭になりそうだなって思う。




        ◇◇◇




 しかし、この役割が全員違うという事には意味があるはずだ。

 なぜなら文化祭は、個別ルートへ進む分岐イベント。

 つまり誰と付き合うのかを決めるタイミングでもあるのだ。


 本来であれば、明璃ちゃんを軸に各ヒロインの物語が展開されていく。

 しかし、それがバラバラになったという事は、選択肢があたしの手に委ねられていると考える事も出来る。


『幸せを望んでるなら自分自身で掴み取りなさいよっ』


 そう言われた柚稀の言葉を思い出す。

 決断しなければならない。

 あたしは本当に皆を幸せにする事が出来るのか。

 自問自答を繰り返しながら、その日は近づいていた。

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