61 悪い子にはおしおき
「やあ、おかえり
「た、ただいま戻りました……」
ルナと別れ、部屋に戻ると
わざわざあたしの為に玄関まで迎えに来てくれるのだから、その好意の大きさと申し訳なさに心が痛む。
「今日は少し遅かったようだね、何かあったのかい?」
「あ、いえ……ちょっと友達と話していて遅くなりまして……」
「ほう……友達ね」
羽金先輩は含みのある言い方で“友達”という単語を繰り返す。
「何かまずかったですか……?」
消灯時間を過ぎなければ、寄宿舎内での行動は自由になっている。
特に規定に触れるような事はしていないはずだけど。
「いや、その友達は私の事をどう思っているのかと気になってね」
「ど、どうと言うと……尊敬していると思いますよ、羽金先輩は凄い人だって皆知ってますから」
「そういう事じゃないよ楪君」
すると羽金先輩の腕があたしの腰に回され、体を引き寄せられる。
「あ、ちょっと……!?」
ぐっと近づいた体は密着してしまいそうだった。
「私が言っているのは、彼女達が私の事を恋敵としてどう思っているのかって事さ」
「こ、恋敵……!?」
はっきりと言葉にされると、さすがに抵抗感がある。
その中心人物が自分でなければ心穏やかだっただろうが、自分の事で敵味方が出来てしまっている状況は気が引けてしまう。
「適切な表現だと思うけど、君のお友達も私に何か言っていたんだろ?」
「え、えっとそれは……」
「ふふ、楪君は分かりやすいね」
先輩はあたしがそっぽを向いた仕草で確信したらしい。
言葉を発さずとも、仕草一つで察してしまうのだから隠し事も出来やしない。
「まぁ、大方の想像はつくけどね。リアンになった私を快く思わず、お友達が楪君に積極的なアプローチを仕掛けに来たんじゃないのかな?」
ず、図星すぎる……。
監視カメラでもつけられているのだろうか。
それとも羽金先輩のコミュニティなら周囲の生徒から自然と情報を集められるのだろうか。
彼女の求心力ならどんな方法でも可能になりそうだから恐ろしい。
「でも、それすら私の手の内さ」
グッとさらに腕に力を込められて体を寄せられる。
「せ、先輩ちょっと距離感おかしいですって」
顔があまりに近いのであたしは体をのけ反らせるが、そのせいで……こ、腰が痛みそう……。
「いまさら慌てて君に手を伸ばしても、君は私の所へ戻って来る……そうだろ?」
「そ、そりゃリアンになったんですから戻りますよ……」
他に行く部屋がないのだから仕方がない。
さすがに外で野宿なんてするのも御免だ。
「ふふ、違うね。君にだって拒否権はある。本当に嫌なのなら私とのリアンを解消すればいい、その権利が君にはあるんだ」
「そ、それはそうですけど……」
「だからこれは君の選択でもあるのさ。そして君が私を選んでいるという事実を友達も当然理解している」
確かに羽金先輩とのリアンが決まってから皆にアプローチされたのは事実。
それすらも見通して、尚且つこの余裕の羽金先輩の底知れなさも感じるのだが。
「初めは焦燥で行動を起こしたとしたても、この抗えない事実を前にしていずれ諦めに変わるさ」
「そ、そうなんでしょうか……?」
圧倒的自信、それが
だからこんなにも揺るがずに俯瞰して物事を見ていられるのだろうけど……。
「だからね、私は思うんだ」
また一段と引き寄せられる。
それに合わせてあたしも腰を更に引く……折れる折れる……腰がぁあ……。
その抵抗も虚しく、羽金先輩の艶やかな唇が近づいてくる。
あ、ああ……こ、これは奪われてしまうのかっ。
「君が早く素直になって、私の物になったらいいのに……ってね」
しかし、その唇はあたしの頬の横を通り過ぎ、耳元で囁かれるのみだった。
先輩との距離が再び開くと、不思議そうにこちらを眺めていた。
何やら羽金先輩の独占欲をアピールされたみたいだが、あたしはそれ所ではない。
「あれ……顔が赤いけど、そんなになるような事言ったかな? 昨日から私の気持ちは伝えているよね?」
「……あ、いえ、その……気持ちはとっても嬉しいんです……はい」
ごめんなさい。
一人で勘違いしてた自分を恥じているだけなんです。
ここ最近の出来事が過激すぎて、知らず知らずのうちに自惚れてたんですね。
羽金先輩に唇を奪われるのが当たり前だと思ってしまってたんですね。
無意識ではしゃいでいた数秒前の自分を叩き潰したい衝動に駆られていた。
「……ああ、なるほど。やっぱり君は力づくで責めて断る理由を無くした方が受け入れてくれるのかな?」
「違いますからねっ!」
先輩はあたしの態度を見ただけで、どんな勘違いをしていたのか察してしまったみたいだ。
やめて、あたしにその頭脳を発揮しなくていいからっ。
「でも正直な話どうなんだい? 一日経って考えは少し固まりそうかい?」
でもやっぱり先輩は優しいから、本当の大事な所では無理矢理な事はしない。
最後はあたしに選択を委ねてくれる。
「いえ、その……まだ、と言いますか……」
「でも断りもしないと言う事は、少なくとも私に気はあるという事だね?」
ぬああああ。
その理詰めも止めて欲しいっ。
こっちは抵抗しているのに、いつの間にか丸裸にされているような気分だ。
「でもね……」
空いていた反対の方の手で、顎を持ち上げられる。
「私は我慢というものが苦手でね? あんまり長いと発狂して手を出しちゃうかもしれないから、気を付けてね」
「て、手を出すとは……その」
やはり、あっち方向な意味ですよね、それはっ。
「そうだね、まずは君が勘違いしちゃった事から始めるのもいいかもしれないね?」
あーっ、やっぱりバレてしますよねっ。
あたしの恥ずかしすぎる過ちを気付いてらっしゃいますよねっ。
「よよ、良くないですよっ、リアンでそんな事しちゃうのはっ。
「へえ……
え、あれ?
急に先輩の目が鋭くなってしまったけど、あたし何かおかしな事を言った?
「その発言の意図はどこにあると思う?」
「え、で、ですから生徒会としての見本として……」
「涼風君はそう言いいながらも、君から私の行動を聞き出そうとしていたんじゃないのかい?」
……確かに、結果的には色々と言う流れにはなった面はある。
とは言え、話の流れを千冬さんだけのせいにするのは良くない。
「……え、いやぁ、結果的にはそうなるのかもしれませんがぁ」
「彼女がそんな打算もなく発言をするタイプかな?」
「……そ、それはぁ」
「そして結果的にだとしても、私の行動を涼風君に伝えたんだね?」
ひいいいっ。
たった一言でめっちゃ推理してくるよおお。
「リアンはプライベートな関係でもあるのだから、何でも誰かに伝えてはいけないよ」
いえ、それはあなたの察する能力が高すぎるだけだと思うのですが……。
でも、実際の事だから否定もできないしぃぃ……。
「いけない子だね君は……そういう子にはおしおきが必要かな」
「ええっ!?」
おしおき……こわいっ!
とは思っても既に羽金先輩の腕の中にいるあたしは逃れようもない。
先輩はあたしの首元に顔を近づけると、突き刺すような痛みが小さく走った。
「っ……」
そうしてようやく羽金先輩の腕から解放される。
首筋に触れると、ほんのりと温かさが残っていた。
「初めてだから優しくしたけど、次は手加減できなくて跡を残しちゃうかも」
と、悪戯っぽく笑っている。
……ど、どうやらあたしは羽金先輩に甘噛みされていたようだ。
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