52 誰が為に
「ど、どどっ、どうしました
急接近してくる羽金先輩にあたしは思わずたじろぐ。
「どうって……分かっているだろう? 私がどうして君とのリアンを望んでいたのか」
「え、それは羽金先輩の会長としてのスタンスを皆にお知らせするため、でしたよねっ!」
「……本当にそれだけだと思うかい?」
ぬああああああああっ。
これは似ているなっ、原作で言う所の分岐イベントに似ているなっ。
このまま羽金先輩の好意を受け入れれば好感度アップ、断ればダウン。
そしてこの選択を間違うと羽金麗ルートに行くのが非常に難しくなってしまうのだ。
大事なイベントだねっ!
「いや、でもあたし相手に変な気持ちになったりしないですよねっ」
「変な気持ちにはならないさ」
ほらねっ!
原作の明璃ちゃんとなら、ここからイチャイチャイベントに入っちゃうけども今回はあたしっ!
あたしによる改変は原作のイベントすらもスキップしてしまうのだっ。
「この私の気持ちは熱情のそれだ、どこにもやましい気持ちなんてないよ」
ああああああああああああっ。
いや、やっぱりイベント通りかもっ。
やっぱりあたしは
リアンだしねっ!
「羽金先輩……その目、かなり熱い感情がたぎっているように見えるのですが……気のせいですかね」
「気のせいなものか、ほら」
「えっ、ええっ!」
すると、羽金先輩はあたしの手を取り自身の胸元に寄せる。
身を寄せていた羽金先輩が屈むような姿勢になっており、シャツのボタンが空いている所から、わずかだが谷間がちらりしている。
しかもあろうことか、その胸元にあたしの手を寄せたのだ。
あたしの手は今、羽金先輩の肌に直接触れている。
「これなら分かるだろう?」
「えっ……お、大きいですねっ!?」
胸元を触っているだけなのに、その柔らかい弾力を感じる。
その下に続く双丘はさぞかし豊かなものである事は容易に想像がついた。
ま……まぁ……イベントの絵でも何となく分かりますしね。
立派だよ羽金先輩は(真顔)
「なっ……違う、そう言う事じゃないっ」
「え、他に何があるんですかっ!?」
こんな二人きりな空間で突然エッチな事しておいて違うとかあります!?
さすがに昨今の鈍感主人公だってこれくらいは察すると思いますよっ。
あたしは勘が鋭いので、すぐに分かりましたけどねっ。
「鼓動! 私の心臓が脈打ってるのが分かるだろう!?」
分かるかぁっ!!
この状況で『あ、心臓の鼓動はやーい』って方に関心が行く人いるのっ!?
いるわけないよねっ。
「そんなの感じる人いませんよっ、手首の脈拍測るとかじゃないとっ!」
その場合、絵面としてはかなり医療っぽい雰囲気にはなっちゃうけどさっ。
百合ゲーとしてはこちらの方が正しいとは思うけどっ。
「そ、そうだったか……いや、ごめん。私もどうやら混乱しているようだ」
「いえ、あたしの方こそ変な勘違いしてすみません……」
向こうが冷静さを取り戻すと、あたしも少し頭が冷えてきた。
というわけで取り乱してしまったが、手の平で拍動を感じるのに集中してみる。
確かに心臓が脈打ってる気もするが、それもよりも人肌に直に触れている艶めかしさの方に意識が持って行かれて仕方がない。
そして……何と言うか。
「会長、熱でもあるんですか?」
「え、どうしてだい」
「なんか体が熱くて、後じんわり汗ばんでますよ」
「ああっ、ごっごめんっ! そんなつもりじゃなかったんだっ」
羽金先輩はあたしの手を取り、物凄い勢いで胸元から離す。
解放された手の平は風にさらされ、涼やかさと空気に触れていく感覚が羽金先輩の体温と汗の対比となった。
「ごめん、汚かったよね。今すぐタオル持ってくるから」
「あ、全然大丈夫です。汚くはないので」
「遠慮しないで、嫌な事は嫌って言わないと」
「いえ、むしろ浄化されたまでありますし」
「それはあり得ないよねっ!?」
いやいや……あの羽金先輩の体に触れといて汚いとか……間違ってもそんな事思いませんよ。
「むしろ、ありがとうございます」
「感謝される覚えもないんだけどねっ!?」
なんだろう、事を起こした羽金先輩の方が挙動不審になってきていた。
「やっぱり体調が悪いんじゃないですか?」
「だから、さっきから言っているじゃないか……この熱は楪君によるものだって」
「……えっと」
「私だっていつでも平静でいられる訳じゃないんだ、察してくれよ」
……さ、さすがにもう言い訳が出来ない。
リアンになって、この羽金先輩の態度は、もう他に説明のしようがない。
「あの、少なくとも羽金先輩にあたしは好意を寄せられていると思っていいのでしょうか……?」
「この期に及んで、それ以外の何かあるのかい?」
で、ですよねぇ……。
だが何と言うべきか……困った、と思ってしまうのはあたしのワガママだろうか。
「何か、思う所があるのかい?」
「あ、いえ……その気持ちは大変嬉しいんですけど……」
だが、この好意をあたしが受け取っていいのかと考えると答えは自ずと否、と自分自身の心が叫んでいる。
「私が君を好ましく思っているのは間違いないけれど、まだこの気持ちが明確に何であるのかは形容し難い。そう重く受け取らないでもいいんだよ?」
「……それは、そうなのかもしれませんが……」
とは言え、リアンになって原作のような展開に発展してしまうと、その先にある物が恋愛感情ではないと否定するのは難しい。
この気持ちを受け取るべきは、あたしではないはずなのに。
「それとも、楪君には心に決めた人がいるのかな?」
「いえ……そういうわけではありませんが」
「不思議だね、私は楪君に嫌悪されているようには感じない。けれど、ある一定のラインは超えないようにしているのも感じている、それは他の子達も一緒なんじゃないかな?」
一定のライン……それはあるかもしれない。
あたしは明璃ちゃんとヒロインが繋がるべきだと思っているから。
「もしかしたら君の友人が争ってしまうのは、それが原因なのかもしれないね」
「……え?」
「君の気持ちが不透明だから、周囲がその曖昧さをはっきりさせようと躍起になるんじゃないかな」
……じゃあ、皆があたし以外と仲良くならないと思って悩んでいたのは、あたしの責任という事だ。
「それでも、あたしはふさわしくないと思わないんです」
「頑なだね、何か理由があるのかい?」
「……だって、あたしじゃ皆を救えませんから」
フルリスは、
あたしは皆が好きだからこそ、この救済を奪うような事は出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます