図書室にいる新任女性教師

 教室にいても退屈なのでやはり図書室に行くことにした。閲覧室は生徒で溢れていたから、書庫に入る。書庫も生徒が多かったが、静かで落ち着いた。

 図書委員が貸し出し当番をしている。今日は高等部一年生がいた。ほとんど話をしない仲だが顔見知りなので手を挙げて挨拶とした。

 書庫の空いている場所を探す。そこで目についた、閃いた本を手にとって借りるのが最近の習慣となっていた。

 今日はヘミングウェイかフィッツジェラルドあたりの読んだことのないものを見てみようかと奥へと進んだら、白砂しらさごがいた。

 相変わらず銀髪にも見える繊細な黒髪を纏めもせず下ろし、白シャツに膝上十センチほどの薄いグレイのミニスカートをはいていて、さながら異世界人のようだ。

 白砂は女子生徒と二人でいた。どうも彼女は書庫にいる生徒に話しかける習性があるようだ。

 白砂は遼の存在に気づき、遼の方をちらりと見やった。

 その様子を察知した女子生徒は白砂に丁重に頭を下げ、その場を離れた。彼女は遼のすぐ脇を通り書庫の出入口へと向かったが、その際に遼を横目で見ていくことを忘れなかった。

 セミロングに近い長めのボブに猫目で少し丸顔の美少女だった。どこかで見たことがあると思ったがすぐには思い出せなかった。

香月かづき君」と白砂がりょうに近寄ってきた。「また会ったわね」

「先生も本が好きなのですね」

「ここにいる方が落ち着くからかな」

 授業中の硬い表情は今はなかった。落ち着くのは嘘ではないようだ。

「お話の邪魔をしたようですね」

「さっきの彼女か……、舞子まいこ、今の生徒会長」

 高等部三年生の舞子実里まいこみのり、現生徒会長だった。

「それでか……、見たことがある顔だと思ったのです」

「生徒会長くらい覚えておいた方が良いわよ」

「いつも遠くから見ているので気づきませんでした。それに少し雰囲気が違ったようにも見えます」

「それは生徒会長ではなく、一生徒の時の彼女だからかな」

「よくご存じなのですね、生徒会長のことを」

「私が高等部三年生の時の中等部一年生で、同じ文芸部だった」

「先生、文芸部だったのですか? それに舞子生徒会長も?」

「舞子は今は文芸部を抜けているようだけれど……」生徒会役員に専念するためだろうか。「もう私が在籍していた頃の顔見知りは高等部三年生の一部だけだわ」

 そうなるのか、と遼は納得した。

「本が好きなら文芸部に入ったりしないの?」

「文芸部って、何をするところですか? 本を読むだけならひとりで読めると思いますが」

「本の紹介文を書いたり、一部の部員は執筆している。小説とかエッセイとか評論とか」

「書くのは苦手です。たとえそれが紹介文であっても。だからオレには向いてないですね」

「それは残念だわ」

「先生はもう文芸部ではないでしょう? 勧誘しなくても」

「勧誘ではなくて、君が何か打ち込めるものがあれば良いと思ったのよ」

「なくても生きていけますので」

「さびしいわね」

「それは他人が感じる感情です。本人は何とも思ってないですよ」

「そうなんだ……、君は強い人間みたいね」白砂は少しうつむき、目を伏せた。

「先生、もしかして、いきなり壁にぶち当たりました? まだ四月ですが」

「はっきりと言うわね」白砂は顔を上げ、恨めしそうに遼を見た。「意外と意地が悪いの?」

「とても意地悪です」

「私がいた頃と違って、優秀な生徒が増えたわ。中には教える私よりもよくできる子もいる。そういう子にいじられるとへこむわね」

「いちいち気にしていたら教師なんてやってられないのではありませんか? 手のかかる生徒なんて必ずいるでしょう」

「君みたいな生徒ばかりなら良いかな」

「そういう皮肉が言えるなら大丈夫ですね」

「皮肉でもないのだけれど……」

「ちなみにA組はどうですか?」

「優等生が多くて緊張するわ」

「苦手な生徒はいますか?」

「苦手というほどの子はいないかしら」

「じゃあオレたちもまだまだですね」

「君は今まで通りおとなしく聴いていてくれれば良いわ」

「では先生の美貌をひたすら鑑賞しておきます」

 あきれたように口を開け、言葉が出ない白砂に「先生を応援しています。ではまた」と挨拶して遼はその場を離れた。

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