第40話 メイドさん強襲

 アイリスが学園から姿を消してから数日後——



「すいません。学業があるにも関わらず、お呼び立てしてしまって……」



 学園の人払いがされた1つの部屋。そこで、アイリスの専属侍女のティスリさんに呼び出されていた。今、この部屋には僕と、メイド服姿の彼女だけだ。



「実はお嬢様の事についてなのですが……」



 まぁ、大体予想はついた。ここ数日——学園は突如として行方をくらませた彼女の噂で持ちきりだった。それも、森の中で彼女と僕が言い争いになった後のことだから……これには何か関連性があるんじゃないかって思ってたんだ。

 怒鳴っちゃったし……僕は少なからず心を痛めていた。嘘じゃないよ? 本当だよ??

 僕もね。ちょ〜〜〜〜と……言いすぎたかな? って反省はしてるんだ。

 彼女にも何か思惑があって、たまたま運悪く僕の奴隷になって、家からも勘当されちゃって、少しはその境遇を憐れんで対応してあげるべきだったかな? って……思ったんだよ。

 だからって……いきなりアグレッシブorヒステリックに突っかかって来て、僕のことを犬にしようとするのはどうかと思うけど、僕にも悪い所があったわけだから彼女を慰めてあげるべきだったんだよ……きっと……


 まぁ、悪いと言っても全体の12%ぐらいかな?



「すいませんでした!」



 とりあえず頭を下げる。悪いと認めて、潔く謝る。これはとっても大事なことさ。人としてね。



「ん? なんで謝っているのですか?」


「……え?」



 だがしかし……ティスリさんはキョトンとしている。何故だ——僕の完璧な謝罪が通用しない?! 何が間違ってると言うのだ!



「それは……アイリス様が行方不明のことで僕を責めに来たんじゃ?」


「え? 責めに来たなんてとんでもない。本日は経緯をお伝えに来ただけです」


「……経緯?」



 う〜〜ん? よく分からん。なんだ経緯って……



「単刀直入に言いますね。実は、お嬢様は何者かに攫われてしまいました」


「……え?!」



 おいおい、このメイド……サラッととんでもないこと言い出したぞ!? 何? 攫われた?? 一大事なことじゃないのかよ。落ち着いてポロッと口走ってるが、軽くねぇ〜か?



「あら、私が落ち着いているのが不思議なようですね」


「えっと……まぁ……」



 あらやだ。顔にでも出てたかしら? この時、ティスリさんには僕の心の声がダダ漏れだったようだ。



「私はご主人様から、あなたへの説明を言い使って来ました。平常心でこれを成せないようでは、侍女として失格です。これが私の平常運転だと思ってください。ここで慌てふためいたとしても、お嬢様が戻ってくるわけでもありませんし」

 


 まぁ、確かに……説明を聞いて、その通りだと思った。僕でも彼女の立場ならそうしてたと思う。非合理的だしね。侍女としての鏡のような振る舞いだ。



「本当は、今すぐにでもお嬢様を探しに行きたいのですが……その役目は私ではありません。これが私にできる最善の仕事ですので、本日はこの場にいるのですよ」



 ティスリさんは、ふと笑みを浮かべる。だが、それは決して心からの笑顔ではないのは嫌でも分かる。作り笑いだってね。それは完璧な仮面の笑顔だったけど……悲しみ、憤りは、僕にだって理解できた。

 決して、彼女の笑みが下手というわけではない。それぐらい僕にだって察せるさ。



「で、僕を呼んだのは? 正直、彼女とは喧嘩してしまいましたけど、誘拐犯の心当たりはまったくないですよ?」


「えぇ、それに期待しているわけではありません。ストライド家の独自の調査でもあなたが怪しいとは、ひとたびとも出てませんから」



 そこで、心配になってくるのが僕への責任なわけだが……これは杞憂だったようだ。ティスリさんの一言で、ホッと一安心だ。

 アイリスパパに、「よくもウチの娘を虐めたな! 死んで詫びろぉ〜〜!!」とか言われるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたさ。


 だって……我慢の限界だったんだ。仕方ないじゃないか!


 でも、これで少し安心。


 アイリス嬢が攫われてしまった手前、不謹慎ではあるけども、僕にとっては僕自身の心配が最優先なのだ。



「本日、あなたを呼んだのは、この件に対して、お気を煩わせないでと……それだけを言いに来ました」


「え? それだけ??」


「えぇ、それだけです」



 ほほう。僕に心配するなと、それだけを言うために? 殊勝なことですこと。


 だが、引っかかるんだよな?


 ストライド家といえば公爵家だ。その家の令嬢を決闘で負かして、奴隷にして、喧嘩して、怒声を浴びせた僕をどうして不問にできるんだか……普通、今すぐ不敬罪ダァ〜〜!! って、なるもんじゃないのか?? アイリスパパを見た限りでは、そんな傲慢不遜な様子は伺えなかったんだけど……内心ヒヤヒヤなのだよ僕は……


 え? 普通に見える? 異常? 


 まぁまぁ、これも慌てたって仕方ない事だからさ。やっちゃったものは仕方ない。不敬罪に問われてから考えよう。


 どう? クソガキの鏡のような所業だろう?



「信用できませんか?」



 ただ、ここでだんまりだった僕に対してティスリさんが口を開く。



「ふふふ……私含めストライド家はあなたを悪くは思ってませんよ。その点だけは安心してください」


「……な、なんでそこまで僕を信用してるんですか?」



 そう、彼女から感じる視線、そして言葉からは疑念に満ちた感覚は何1つとして伝わってこない。むしろ、これが僕にとっては逆に不気味だった。



「ふむ〜〜まずですね。信用できない人物は『なんで信用してくれるんだ〜〜!』なんて聞き返しませんよ。『あなたは怪しくない』『悪くはない』と言った途端に、すぐホッとするもんなんです。怪しい人物っていうのは……。その点、あなたは『どうしてだろう?』と率直に聞き返して来ましたね? 自分の価値を知ろうとして。私はあなたを素直な人だと思いました」


「…………」


「そして、もう一つ……先ほどウィリア様は、お嬢様のことを『アイリス様』と——お呼びしましたよね? お嬢様はあなたの奴隷ですよ? わざわざ敬称する必要はありませんし、好き放題して可愛がってもらっても良かったんですよ♡」


「ご遠慮いたします。僕は田舎者ですので、公爵家の大切なご令嬢を奴隷のように扱い、手を出すような事はありません」


「ふふふ……そんな震えてしまって……照れてる?」


「照れてないです。恐怖を感じてるだけです」



 なんなんだ? このメイドは……本当に調子が狂うよ。



「……あ?! ちなみにですが、あなたに付き纏う噂は、ストライド家の総力をあげて、払拭しておきました。今後、変な目で見られることは、無いと思いますよ?」


「……!? ほう、それはよかったです」


「これ見よがしな奴隷をするとは我々も思ってなかったんです。でも、お嬢様を責めないでください。でも誠実な方なんです」


「あれでも……ねぇ……」



 まぁ、何はともあれ……


 ティスリさんの朗報からは——今後、僕は今回の件で悩む必要が無くなったとわかった。これは、とてもいいことだ。


 安心〜安心〜♪


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