魔王と勇者と幹部共⑭
流れるような動作で跪くと、エリスは恭しく頭を下げる。
「エリィ、あなた何を……」
驚くルルヴィゴールに微笑んで見せると、俺を見上げながら言った。
「申し訳ありません、魔王さま。わたしも、先ほど魔王さまのお部屋に勝手に入ってしまいました。ですので、どうかわたしにも罰をお与えください」
「っ!?」
ルルヴィゴールの目が見開く。
それからすぐさま焦ったように口早に告げた。
「ち、違います魔王様!それは私の指示によるもので、エリィは本当にただ入っただけなのです!罰を受けるようなことはしておりません!」
エリスを庇うルルヴィゴール。
いくらエリスが気に入らないとはいえ、自分の落ち度で罰を与えられるのは見過ごせないらしい。
真面目か。
しかし、エリスが何一つ悪いことをしていないなんてことは俺が一番良くわかっている。
そもそも部屋に入っていいと事前に伝えてあるわけだしな。
当然罰なんて与えられるわけがない。
「わかった。エリィが部屋に入ったことについては不問に――」
「でしたら、ルルヴィゴールさんの罰をわたしに与えてください」
エリスのその言葉に、ルルヴィゴールが声を荒げる。
「な、何を言い出すのですかエリィ!私はあなたを目の敵にしていたんですよ!?テストなんてぶっちゃけ名ばかりで、ただあなたをこの城から出て行かせるために考えた方便です!そんな私に、あなたがそこまで庇いだてする義理はありません!」
まぁそんなことだろうなとは思っていたが。
ていうかぶっちゃけって言うなぶっちゃけって。
するとエリスは少しだけ考えた後、俺に視線を寄越して言った。
「先ほど入った魔王様のお部屋は、本当に、凄く綺麗に掃除されていました。それこそ、塵一つ落ちていないくらい。それは、ルルヴィゴールさんが部屋に入った時に、一生懸命お掃除をされているからだと思うんです。魔王様はご存知でしたか?」
「……いや、知らなかった」
恥ずかしながら、まったく気付いていなかった。
綺麗であることが当たり前になっていたからかもしれない。
だが、逆に言えばそれくらい常日頃からルルヴィゴールが綺麗にしてくれていたという事でもあるのだろう。
「それは当然のことです!褒められるようなことでは決して……!」
「でも、ルルヴィゴールさんがお掃除をしていたことで、魔王さまは快適にお部屋で過ごすことが出来ていたのではないでしょうか?」
エリスの言葉に頷いて答える。
「であれば、やはりルルヴィゴールさんが罰を受けるべきではないと思います。ルルヴィゴールさんがお部屋を掃除しなくなることで、魔王さまが体調を崩すようなことになってしまってはいけません。その点、わたしはルルヴィゴールさんのように掃除をするのが得意ではありませんから、罰を受けても問題ありません。魔王さまのことを第一に考えるのなら、わたしが罰を受けるべきです」
「エリィ……」
「いかがでしょう、魔王さま」
エリスにここまで言われてしまったら否定できるわけもない。
大きく息を吸って吐き、返事をしようとしたその時――ルルヴィゴールが先に口を開いた。
「……その必要はないわ、エリィ」
「ルルヴィゴールさん……?」
「自分の不始末は自分で片付ける。それが魔王軍幹部としての矜持であり、偉大なる魔王様の教えの一つですからね」
そんな当たり前のことを改まって教えた覚えはまるでないが――真面目な空気だから黙っておこう。
「魔王様のお考えを推測し、何をすればお役に立てるのかを自ら考え、そして速やかに実行に移す――私が教えたこのことを、あなたは見事に実践して見せた、というわけね」
そう言ってエリスの前に立ったルルヴィゴールは、その両肩に優しく手を置いた。
それから小さく首を振ると、他の魔族達にするときと同じように、気負いのない優しい声で語り掛ける。
「私の負けよ、エリィ」
「え?」
「あなたの今の行いは、まさに魔王様を想っての事に他ならない。人族の身でありながら、そこまで深く魔王様のことを考えられるあなたを、私は否定することなんてできない。だから、その……こ、この先は言わなくてもわかるでしょう?」
負けを認めた――つまり、テストは合格ということだ。
それに気付いたエリスはぱっと顔を輝かせ、それを見たルルヴィゴールもつられて笑いそうになるが、ごほんと咳ばらいをして無理矢理むっとした顔を作っていた。
いい奴か。
「で、でも!負けを認めるのは今回だけよ!今後、あなたが魔王様に無礼を働いた際には容赦なく糾弾し、お叱りを存分に受けてもらうわ!覚悟しておくことね!」
「はい!頑張ります!」
「ふ、ふん。返事だけは一人前のようね。まるで王国騎士団みたいで気に食わないけど」
「え!?あ、そ、そうなんですねー!」
優しい世界だった。
根底にあるのが俺の部屋に入る入らないとかいうどうでもいい話じゃなければ泣いていたかもしれない。
ともあれ――。
「……わかった。ルルヴィゴールよ。エリィの働きに免じて、この件については不問とする」
「魔王様……!」
「ただし、今後我の部屋に勝手に入ることだけは禁止とする。ガルゼブブにもよくよく伝えておくように」
「ありがとうございます魔王様……!今後とも、誠心誠意、お掃除させていただきます……!」
まぁ、知らない間に部屋に入られていたという恐怖体験に目を瞑れば、掃除してもらっていたことについては感謝すべきだろうし、それをおくびにも出さなかったのは褒められるべきところだろう。
何より、ひとつも悪いことをしていないエリスに代わりに罰を与えるなんてことができるわけもないからな。
さてと……。
「ルルヴィゴールよ」
「はい、わかっております魔王様。急ぎ幹部達を招集し、エリィの今後の身の振り方についての議論を――」
「お前に罰を与える」
言った途端、ルルヴィゴールは何を言われているかわからないというようなぽかんとした表情になった。
「………へ?」
「罰を与えると言ったのだ。聞こえなかったのか?」
「い、いえ!そんなことは決して!ただ、その……先ほど不問にすると仰ったばかりではないかと思いまして――」
「『この件については』不問にすると言ったのだ」
「この件については……?ま、まさか……!?」
「お前にはまだ『我が知らぬ間にルル茶を飲ませた罪』と『深夜にベッドの下に潜り込んで恐怖を与えた罪』がある」
「…………いえ、あの、それは、その、なんと言いますか……ち、違うんです魔王様!決して悪気があってやったわけでは……って、あ、あぁ!駄目です魔王様!部屋の温度を上げられては!融けます!私の身体が融けてしまいます!一度融けると魔王様が大好きなボン・キュ・ボンの身体が維持できな――あぁ!?どうしてさらに温度を上げられるのですか!?おやめください魔王様!魔王様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
こうしてエリスは全てのテストに合格し、無事(?)魔王城で働くことになったのだった。
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