壁より退がって二敵一獣
面倒なことになった・・・。
〈ジーク〉の率直な感想はそれだった。
金剛 葉美として『ドッグ・ファイティング』というアニメに登場する変形ロボット、機体名〈ジーナス〉というプラモデルのキットを購入した、その日。
家に帰って、とりあえず説明書通りに組んでみようと思い、一緒に買った真新しいニッパーで、所謂『素組』をしようと試みたのだ。
結果からいえば、3時間かけて頭部と両腕を組み上げた所で、心が折れた。
なんなら一気に組み上げてしまおう、なんて舐めたこと考えていた過去の自分を殴りたい。
「ニッパーで切った痕が目立つ・・・、指痛い・・・」
ランナー(と言うらしい)からパーツを切りだすが、ランナーの接合部分の痕がスゴく気になる。
パーツ同士が上手くハマらなくて隙間が出来てしまうので、指にパーツがめり込むのも構わず全力で圧着したため、指が赤くなってしまった。
「・・・まさか説明書通りに組むだけでも、こんなに苦戦するなんて・・・」
こんな調子で、本当に完成するのだろうか?
そういう弱音が頭の中を駆け巡る。
しかし、投げ出せない。
自分で投げ出さない様に、彼を巻き込んだのだから。
適当に選んで行った模型店で偶然知り合った男の子。
歳はそんなに離れていなさそうだし、なんなら年下の気もするが教えを請うた以上、舐めた態度をとるのは失礼だろうということで、さんづけで呼ぶことにした彼。
初対面の男の子に『作り方とかの面倒も見てくれませんか?』なんて不躾で不器用な頼みをしたのは、経験者のアドバイスが欲しかったから、というのももちろんあるが、一番の理由は自分が簡単に投げ出さない様にするためだった。
自分の歩みを止めると相手にも影響がでてしまうかもしれない、そういう責任感を自分の中に作るため。
正直、少し申し訳ないと思っている。
彼はプラモデルに対して真剣だった。
だから、教わるなら彼の様な人が良かったというのは本当だ。
しかし、同時に断らないだろう・・・と、いや、マイルドに言い換えるのはよそう。
付け入りやすいと思ったのだ。
利用した、と言うべきだ。
彼自身は心良く思ってくれているとしても、私はこれを良いこと、とは思えない。
100%自分の都合で、彼には何の得もないのだから。
それでも、『結果的には良かった』という方向に向うためには最低限、私は、このプラモデルを形にしなくてはならないのだ。
「プラモデルには根気がいる・・・モチベーションがいる、かぁ・・・」
彼が言っていたことを身をもって実感する。
根気はいる、確実に。
そして、根気を維持するためのモチベーションも。
「・・・モチベーション・・・、あぁ、そういえば・・・」
『バープラ』の中に〈鑑賞エリア〉という場所があったな・・・。
ゲーマーであり、〈ゲーム内機体〉の使い手である自分にはあまり縁の無かった場所。
箱のパッケージだったり、原典のアニメだったりでモチベーション管理をするとも言っていた気がするし、他の人の完成品を見てみるのは良いかもしれない。
今日はもう無理だし、気分転換に行ってみようかな。
もう遅い時間だし、古野さんには明日、相談してみよう。
教えて貰う側が自分から学びに行かない、というのも失礼な話だし。
『逃げてない』と大きな声で言い張りながら逃げるみたいに、ベッドに寝転び『バープラ』にログインした。
今思うと、そんなんだから、そんな目に合うんだよ、お前は・・・。
そんな感じで、僕は〈ジーク〉となって〈鑑賞エリア〉の〈展示館〉に来た。
『ドッグ・ファイティング』の展示は大部屋のシアタールームがある様だったが、自分のペースで鑑賞したかったので、〈プラモロード〉とプレイヤー達からは呼ばれている廊下に行くことにした。
〈プラモロード〉は一本道の廊下で、脇にズラーっと大きめな冷蔵庫くらいの大きさになった作品が並ぶ通路。
エントランスにある巨大なホログラムの様に触れない映像では無く、ちゃんと実体があり、来客が任意で作品を切り替えることができる。
細部まで鑑賞できるし、触ることもできるから丁度良いだろう、とそう考えていたのだ。
しかし、僕は失念していた。
〈スケルトン〉の〈フルカゲ〉ほどではないが、今の『バープラ』内では〈ジーク〉もそこそこ注目度の高いプレイヤーであるということを。
曰わく、
あの戦場において〈ゲーム内機体〉を使い、唯一成果を示したプレイヤーである。
〈ジーク〉は〈フルカゲ〉とフレンドの可能性が高く、コンタクトが取れるかもしれない。
そして・・・、
最も間近で〈リアルプラモ〉の性能を見た彼が、これからも〈ゲーム内機体〉を使い続けるか否かで〈ゲーム内機体〉の趨勢が決まるのではないか?
『重そう・・・』という感想がまっ先に浮かぶ作品を見ている時だった。
とにかく、武装が多い。
ミサイルポッド、ミサイルポッド、ミサイルポッド・・・砲、砲、砲、砲・・・
飛行機に変形するはずなのに飛べるのか怪しいくらい重武装だ。
普通、こういう機体は重量を軽くするために武装を減らすもんじゃないのか?
「おい、あんた〈ナンバー・エイト〉の〈ジーク〉だよな?」
「はい?」
振り向いた先には、デb・・・大柄な男とやせ細った背の高い・・・ひょろガリの男の二人組。
僕の名前を呼んだのは大柄な方っぽい。
「ゲーマー側のあんたが、こんな所で何してんだよ」
後ろに控えていた、ひょろガリが言う。
責める様な口調だった。
プレイヤーネームは大柄の方が〈ジャン〉、ひょろガリが〈スルメ〉。
何のことかわからない僕に、
「リアルプラモに乗り換えるつもりか?」
「裏切るつもりかよ」
と、言われたことで理解した。
彼らは〈ゲーム内機体〉を使うゲーマーだ。
〈ジーク〉は今、多くのプレイヤー達、主にゲーマー達から〈ゲーム内機体〉に乗り続けることを望まれている状態だ。
その理由は、〈ジーク〉の駆る〈ゲーム内機体〉への期待であったり、これまで同じ環境側だった自尊心、ゲーマー達側の代表みたいに認識されてしまっているからと様々だ。
〈リアルプラモ〉か〈ゲーム内機体〉か。
勝手なことに、一部では〈ジーク〉の選択で〈ゲーム内機体〉の今後が変るとまで言われてしまっている始末だ。
葉美としてなら『好きにやらせろ』と、無視しても良いのだが、〈ジーク〉としては無視できない。
人々から望まれたことを無視するのは〈ジーク〉のキャラクターに綻びが生じかねない。
そのため葉美も、その選択は慎重にするべきだと考えていた問題。
葉美は判断材料以上に興味で、プラモデルの制作を体験してみることにはした。
しかし、今のところ『バープラ』で使うかはまだ保留中で答えはでていない。
今、正直に答えるなら『迷っている』になるが・・・。
目の前の二人組にそう言ったら、なおさら絡まれそうだ。
どう、答えるか、迷っていると・・・
「大体、何見てたんだよ」
「うわぁ、何だこれ?趣味悪ぃ!」
〈ジーク〉が観ていた『超重武装』とでも言う様な機体へと矛先をを向け出した。
「作った奴はアニメ観てねえだろ?リアル思考の世界観でこの重武装はありえねぇわ」
「配置もヤバくね?絶対変形できないだろ、こんなんバトルじゃ使えねえよ。雑魚にすらならねえゴミだ、ゴミ!」
もし、今〈ジーク〉としてキャラ作りをしていなかったとしても、反論しただろうと確信を持って言える。
だが、実際には口を出す隙は無かった。
眉間に皺ができて、頭に血が登り始めているのを自覚しながら口を開こうとした瞬間、
「きみたt「テメェらぁ!!俺の作ったモンに何か文句あんのかぁ!!!」
甲高い女の子の声。
しかし、その迫力と声量は猛獣が吠えた様だった。
「な、なんだぁ!いきなり!」
「関係ねえだろ!!引っ込んでろ!」
・・・いや!
いやいや!
関係あるよ・・・!
俺の作ったモンにって・・・
制作者じゃん!!
「ああっ・・・!?マジかぁ・・・!」
一番聞かれちゃいけない人に聞かれてるよ!!!
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