2話「つまりそれは巻き添え」

 電車に轢かれて死んだと思っていたのだが次に目が覚めると、そこは人工物が何一つない辺鄙な場所であった。そして相方も何故か一緒にこの場所に居て、互いに情報交換を行うが尚のこと理解が追いつかない結果となった。


 しかしそこへ深月が急にこの現象を異世界転生というにわかには信じ難い言葉を呟くと、不機嫌そうに親指の爪を噛んでは苛立ちを顕にしていた。


 けれど相方は異世界転生物が好きな筈だ。購読しているラノベも異世界物が多い傾向にある。

 だが深月が一番嫌いなのは露骨なハーレム物らしい。なんでも読んでいて腹が立つとのこと。

 けれどまあ取り敢えず今はそんな事よりも、


「それでさ、異世界転生物はあんまし読んだ事がないから色々と教えてくれよ。取り敢えずとしては最初は何をすべきなのかとかさ」

  

 仮に異世界転生したならば何をどうすれば日本に帰れるのか助言を煽ることにした。

 ちなみに相方からラノベを借りる事は多くあるが、異世界転生物はあまり読んでいなくて知識が乏しいのだ。


「ん、そうだね。まずは現状で言うのであれば二択のルートが存在していると思う。それはこのまま異世界でスローライフを送るのか、もしくはこのあと女神的な存在が現れて何かしらの頼み事を僕達に伝えに来るのかという」


 爪を噛むのを辞めて両腕を組みながら口を開くと深月は二択のルートというものを主張するが、俺としては異世界でスローライフという言葉に地味に興味を惹かれていたりする。


 日本という雁字搦めに縛られ抑圧され続けた生活から解放されての自給自足生活。

 ああ、できることなら広大な土地で美少女と共に畑でも耕して生活してみたいものだ。

 もっとも農業の知識なんて皆無だけどな。


「うーん、俺だったら圧倒的に前者の方がいいけどなぁ」


 美少女と自給自足の生活が送れるのであればスローライフ一択というのが率直な心情である。


「そうなのかい? 僕は断然後者の方だね。なんせそっちの方が明確な行動目的があり、更にチート級の能力を授けてくれるかも知れないからね!」


 だが深月は神から何かしらの頼み事を託されることを期待しているようで、途端に顔付きを生命力溢れるものへと変えると気分が向上しているように伺えた。


「いや、まあそうかも知れんけど……。なんでそんな急に生き生きとした表情してるん? さっきまでの不機嫌そうなあれはどこいった」


 まるで先程までの親指の爪を噛んでいたのが嘘のように思えるが、人とはこうも瞬時に気持ちが切り替えられるものなのだろうか。

 もしくはそれほどまでに異世界転生が深月の中で喜ばしいことなのだろうか。


「あ、ああそれは気にしないでくれ。よくよく考えたら異世界転生なんて滅多に体験出来ないことだから、どうせなら楽しもうと切り替えただけだからさ」


 どうやら俺の予想は的を正確に射抜くように正解を導き出していたようで、なんだろうか深月の性格をここ数年で大凡理解出来ている自分が居ることに友としての絆を感じられる。


「ふぅーん、まあいいや。取り敢えず動いてみるか? いつまでも道の真ん中で話していてもしょうがないし」


 それから視線を道の先へと向けて歩き始める事を提案すると二択の選択はあくまでも仮説のようなもので、本当かどうかは分からないが故に今は歩き進めた方がいいだろう。


「それもそうだね。じゃあ適当にこっちの方角に進んでみよ。確信はないけど道が続いているということは何かしらにはたどり着けそうだし」


 すると提案には乗る気の様子で深月は人差し指を前方へと向けて歩く方角を示す。

 そうして歩き出す事が決定すると運命の第一歩を踏み出そうと左足を前へと出すが、


「んじゃさっそく行きま――――えっ!?」


 それは突如として起きた異変により止められてしまう。

 しかも不思議と視線が空へと向けられた状態で固定されたのだ。


「ん? どうしたの雄飛?」


 先頭を歩いていた深月が足を止めて声を掛けてくる。


「う、うえ! 上を見ろ深月!」

「急になんだよ? 一体上がどうした……って……えぇぅ!? なにあれブラックホール!?」


 上空に突如として出現した形容しがたいそれを視界に収めたようで大きな反応を示すと、深月的にはそれがブラックホールのようなものに見えたらしい。

 確かに円形で黒く何処か星のような煌きが無数に点在しているが。


 それから空に浮かぶ異質なブラックホールのようなものを視界に収めて一分ほどが経過すると、さながら某ホラー映画のように中から人の手足のようなものが最初に這い出てきた。


「ん~よいしょっと。やぁやぁ異世界からの来訪者のお二人さん。初めまして妾の名前はアステラ。この世界を創りし創世神じゃ」


 そして掛け声と共に一人の女性らしき人物が顔と上半身だけを覗かせてくると手を振りながら挨拶をしてきた。その一連の光景に呆気に取られて思考が停止するが……


「「ソ、ソーセージ?」」


 という言葉だけは自ずと自然に口から出て行く。しかも偶然にも深月も同じことを考えていたらしい。


「違うわボケッ! 何処を聞いたらそんな答えがでるのじゃ! ちゃんと世界を創りしと言うとろうが! しっかりと聞け! まったく、これだから最近の若者は……」


 なんだから分からないが突如としてブラックホールから上半身だけ出して話しかけてきた女性は名前を創世神アステラというらしい。最も今は肩を竦めて呆れている様子で、とても創世神とは思えない態度ではあるが。


「お、おい深月。あのケモ耳女なにも無い空中から姿を現したぞっ!」


 だがその他にも気にするべき点は多く有り、まずは彼女がケモ耳女性であると共に魔法のように姿を忽然と現したことだ。


 まるでファンタジーな世界にでも入り込んだ気分だが、これはもしかして本当に異世界転生したのではと否応なしに実感させられる。


「あ、ああ分かってる。しかも自身の事を神と名乗っているようだし……これはもしかしたら僕がさっき話した後者が濃厚のようだね」


 異世界物が大好物の深月は既に食い入るように視線をアステラへと注いでいて、言葉だけ聞けば冷静な雰囲気が漂うが実際は目が充血するぐらいに見開いている状態だ。


 まあそれが影響しているのかは不明だが彼女が若干引き気味な顔をしているのは恐らく気のせいだろう。創世神ならばこれぐらいなんのこともないはずだ。多分しらんけど。 


 だが相方がアステラに視線を釘付けにさせている理由は分からなくもない。

 なんせ彼女の容姿は上半身だけでも、かなりの美貌の持ち主だということが伝わる。

 

 まず猫耳という如何にも亜人と呼ばれる種族だということを彷彿とさせる見た目に、茶色の長髪と狐のような鋭くも妖艶を孕んでいそうな顔立ち。

 それらの視覚的情報だけでも美女だということが分からされるのだ。


「ふっ、まあ俺は美少女エルフの方が好みだけどな」


 深月のように視線を奪われては駄目だと本能的に悟ると、自らの好みを口にすることで理性を保つ手段を講じる。


「はぁ……。なんだか変な者たちを呼んでしもうたようじゃのう。だがまあ、それなりに役立ってくれれば儲けとなろうか」


 溜息を小さく吐き捨てるとアステラは右手で頭を抱えて露骨に嫌そうな顔を見せていた。


「ん、今俺達を呼んだと言ったか?」


 しかしその表情に一体どんな意味があるのか分からず単純に疑問に思えたことを尋ねる。


「ああそうじゃ。妾の力で死んだお主と、おまけでその者をこの世界に呼んだのじゃ」


 質問に答えるようにして彼女は視線を交互に俺達へと向けると、どうやら深月はおまけ感覚で転生させられたらしい。つまり俺の巻き添えを受けた被害者だということ。


「な、なんだと!? お、おまけ感覚……だとぉ……うぐっ!」


 なにやらアステラの言葉が相当な攻撃力を有していたらしく、隣から苦悶とした声が聞こえてくると深月は静かに地面へと両膝を付けて両手で顔を覆っていた。

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