第6話 海に来たら。〜廉〜

 途中、結衣が慣れない電車に酔ったりはしたものの、無事、二人の目的地、江ノ電の七里ヶ浜駅に到着した。

 海辺のホテルのデイユースをとったので、一旦、荷物を置いて着替える。もちろん、決して嫌らしい目的ではない。七里ヶ浜近辺だと着替える場所がないのだ。結衣の両親やおばあちゃんにも、ちゃんと許可はもらっている。廉の父さんと、結衣のおばあちゃんが、事前にわざわざ「承諾書」を書いてくれた。それをホテルに先ほど提出したのだ。

 近隣の海岸には、由比ヶ浜のように「海の家」を着替えに使えるところもあったのだけれど、結衣のお父さんが七里ヶ浜推しだったのだ。どうやら、若い頃に、結衣のお母さんとそこでデートしたとのことだった。このホテルも、大学時代のその時の「思い出の地」だとのことだ。

 しかし、だな。

 通された薄暗い部屋。廉は己の欲望と戦わざるを得ない。

「結衣、着替えるんだろ。浴室使えよ! しばらく、俺、外に出てるからな」

 あえて、乱暴な調子で言い捨てて、ホテルの喫茶店でほんの三十分、時間をつぶすことにした。今はちょうど十一時。海までは三分。時間はたっぷりあった。

 このホテルはビジネスホテルだ。喫茶店の隣の席では、サラリーマン同士が仕事の難しい会話をしている。廉は湘南レモネードというのを頼んだ。意外とおいしかったので、結衣にも瓶を買ってあげることにした。

 部屋に戻ると、結衣は白いベッドに所在なく座っていた。

「先輩。いくらなんだって、そんなに着替える時間、かかりませんから」

 半泣きになって言うのだが、その姿が藍色の水着だ。しかもワンピーススタイル!

「ごめん。ほんと可愛い。冷静にさせて!」

 廉は言うと、一旦、わざわざ部屋の外に出て深呼吸した。もう一度、部屋に入る。

「俺は家から海パン履いてきてて、海行ったら脱ぐからさ。結衣も、羽織るものある?」

「はい。Tシャツとかバスタオルとか、ありますよぉ」

 結衣がいそいそと言う。海に行きたくてたまらないらしい。

「結衣。あのさ。ちょっと後ろ向いてて」

 もう、堪えきれない。

 言われた通りに立って後ろを向いた結衣の、華奢な肩にそっと手を回す。肩から、剥き出しの腕に廉は自分の手をずらす。

 (もう少し手をずらせば!)

 胸のあたりとか。更には、胸のあたりから下は腰だ。

 理性が「それ」をかろうじて、押し留める。

「い、今のは深い意味はないんだぞ!」

 柔らかな結衣の素肌に触れてしまって、廉はもう、心のうちは嵐だ。いけない妄想が次々と湧いてしまい、どうしようもなかった。

 結衣は少しだけ嬉しそうだった。くすぐったそうに笑っている。それがすごく意外だった。

 嫌がられると思っていたのに。

「海でたくさん遊びましょ」

 廉の頭をいい子いい子するように撫でると、結衣は先に部屋を出てしまった。


 

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