第5話 バカ振り合うも多生の縁
「おお~」
街、モルプレの門を抜けた先に広がる市場や店を眺めたジュンが感嘆の声を洩らす。
今は昼前の時間帯で少し人通りが減り易い、こういう場所は早朝から朝が終わるぐらいと夕方が増えやすいにも関わらず雑多というのが一番しっくりとくる感じである。
兄貴は紫煙を吐きながらジュンが見ているを軽く確認して頷く。
「聞いていた通りのようだな」
「えっ? 何か言ったか、兄(にい)やん」
隣居たジュンであったが周りに気を取られていたせいで聞き逃したようで聞き返すが何でもないと言われてしまう。
普段ならしつこく聞き返しそうなジュンだが今はこの街並みに気持ちを持って行かれているせいで、そっか、の一言で流す。
そんなジュンの様子に薄く笑みを浮かべる兄貴は今、やらねばらない用事を思い出す。
「とりあえず今日の宿を俺が捜しておく。ジュンとジュラは街を見て廻るといい」
そう言うとポシェットから小さな包みを取り出すとジュンに向かって投げて寄こす。
投げられた包みを片手で受け止めたジュンはそれが金が入った小袋である事に気付く。
普段のジュンなら意図がどうあれ、酒代にしてしまっただろうが今日は違う。
兄貴を見つめるジュンに頷くのを見て同じように頷き返す。
「じゃ、一緒に街ブラでもしてみるか、ジュラ」
「うんうん、楽しみぃ~」
ジュンに寄り添うように近づいてくるジュラ。
兄貴は2人が人波に飲まれるように姿が消えるまで見守り呟く。
「俺がプリン作りが終わるまでジュラの気を逸らしておけよ、分かってるよな、ジュン」
願うように言う兄貴だったが今日はちゃんと意図が伝わっていると信じているが相手がジュンの為、一抹の不安が拭えない兄貴であった。
兄貴からの使命を託されたジュンは進む度にテンションが上がっていた。
メインストリートでは歩行者が馬車の進行を邪魔になるのを気にせず歩き、馬車の業者が「どけぇ!」叫ぶ姿。
店なども大きな店舗が余りないようで1店舗分ぐらいの建物に3,4つの店が乱立しているようだ。
しかも狭い路地裏を覗くとそこには違う店舗名が書かれた看板が吊るされているのが見える。
露天商、屋台などもメインストリートの端に寄るようにされているが後ろの店との間が人がすれ違えるかどうかしか空けてない。
中には店舗で売られている同系統の商品を目の前で露店する姿も見える。
ジュン達は露店を冷やかししたり、ジュラが欲しがった屋台飯やお菓子などを買い与えながら歩く。
「アンちゃん、買っててよ?」
「また今度な?」
今も冷やかしで商品を見ていたジュンに売り込みしようとしてた露店の店主に笑みを浮かべて手を振って歩き出す。
口をモグモグと両手に肉串と棒に付いた飴を完備させたジュラがニヤニヤと笑うジュンを覗き込む。
「ジュン君、楽しそう」
「おお、マジで楽しいわ。ワイはこういうとこ大好きや」
ウキウキするジュンのテンションはこの旅で最高を記録したようで周りを見る速度がおのぼりさんを超えてまさに子供のようだ。
そんなジュンの様子にクスッと笑うジュラ。
「ジュン君も何か買ってみれば?」
「そうやな、酒でも買ってみるか。昼間から飲む酒も格別……ん?」
酒を売ってる店をと思っていたジュンであったが何かに反応して酒でなく何かを捜すように辺りを見渡す。
「なんか聞こえなかったか?」
「何か揉めてるみたい。何を言ってるかは分からないけど一方的に言われてるのかな?」
ジュラは長い耳をピクピクさせ、音を拾おうとするが雑踏の音に掻き消されて内容まで分からないようだ。
なんとなく気になったジュンはジュラに揉めていると思われる場所への案内を頼む。
ジュラに連れられて近づくとジュンの耳でもやっと聞こえてくる。
「だから、依頼完了した時のお約束で……」
「煩い、ババァ、黙って売ればいいんだ」
どうやら露店する老婆に身なりの良い冒険者風の男が詰め寄っているようだ。
途中から聞きだしたから内容が分からないが冒険者は老婆から何かを買おうとしてるが売るのは何かの依頼を済ませてからという流れで揉めているようだ。
見たままで言うなら冒険者風のヤツが悪者にしか見えない。だが、状況が分からず「なんや、アイツは」と呟きながらも歩を進めようとしているジュンに近くで野次馬してた男が話しかけてくる。
「兄さん、もしかして介入しようとか考えてる? やめとけ、やめとけ、あれは王都の冒険者だから面倒事にしかならんよ」
「はぁ? 意味分からん」
眉間に皺を作って苛立ち始めるジュンに代わってジュラが言う。
「ジュン君、ジュラも人伝で聞いただけで所詮は噂程度だろうって思って余り気にしてなったんだけど王都の冒険者は貴族がほとんどって」
「そうそう、ウサギの嬢ちゃんの言う通り。睨まれるだけ損」
「マジ意味分からん。貴族だろうが冒険者は冒険者やんけ。やる事はやらんとあかんやろ」
いきり立ったジュンが捲る袖もないのに腕捲りをするようにして前に行こうとするのをジュラが止める。
「噂が本当だったという事はあの冒険者と揉めるとジュン君がなりたいと思ってる冒険者にはなれなくなるよ」
「……ッ! ワイはな……」
ジュンが何かを言いそうになった時、遂に痺れを切らした冒険者が老婆の胸倉を掴み突き離すところであった。
突き離された老婆がたたら踏むのを見たジュンはジュラの手を振り払って飛び出す。
倒れそうになっていた老婆の背中を受け止める事に成功したジュン。
「ばあちゃん大丈夫か?」
「ええ、ありがとうね」
ホッとしたと同時に冒険者にガンをつけるジュン。
ジュンのガンに少し怯みを見せた冒険者に近づく。
「おいおい、ばあちゃんに力ずくってどうよ? なんか分からんけど依頼を済ませたら穏便にって話やろ?」
「か、関係ないヤツが口を出すな! だいたいジジイの形見を売るのに条件など付けるから面倒になっているんだ」
ジュンにビビってしまった冒険者は言い訳するようにペラペラと喋り出す。
どうやら、子爵が収集するコレクションの1つが老婆が持つ旦那の形見がそうだったらしい。
老婆は元々売る気はなかったが子爵は根気良く交渉を続けた結果、ある場所に住みついたモンスターを駆除する事で手放すという話を纏めたようだ。
その結果、冒険者ギルドに駆除、そして完遂後に買い取ってくるという依頼を出して受けたのが目の前の冒険者という事らしい。
ジュンは、はぁ、と小馬鹿にするのを隠さず溜息を零すと冒険者の額に額をぶつけるような距離で瞳を覗き込むようにガンを飛ばす。
「要は、ビビったんやろ、お前?」
「な、何を言う。私はスピール男爵家三男、Bランクのヨークだぞ! 怖がったりしない」
「三男? 家を継ぐ可能性が限りなく0の味噌っかすやろ? 高らかに語る身分かよ。それにBランクっていうなら、さっさとやってこいよ」
前世で見たアニメの知識で次男が長男の予備扱いで多少は意味があるが三男以下は立身出世をしない限り、価値が皆無と知っていたジュンが鼻で笑う。
ジュンの言葉にプルプルと震える冒険者ヨーク。
「ふ、ふざけるなっ!」
顔を真っ赤にしたヨークが腰にある片手剣を抜刀しようとする。
どうやらジュンはヨークの柔らかく傷つきやすい部分を刺激したようだ。
怒りにプルプルと震えるヨークを冷めた目で見つめるジュンが言う。
「それ抜いたらワイもおとなしく出来ひんけどええんか?」
ジュンが背にある大剣の柄に手を添えて見つめる。
そのジュンの挑発と取れる言動、本人からすれば純然たる事実を述べてるだけだが聞く相手、周りにいる者達にも喧嘩なら買うよ、と言ってるようにしか聞こえない。
余裕を感じさせるジュンに再び怯んだ様子のヨークであったが名乗りまでして引き下がるのが彼の小さなプライドが邪魔をした。
周りの目を気にしたヨークが鞘走りさせた瞬間、彼の片手剣は宙を舞う。
「へっ?」
何が起きたか分からないヨークの目の前では大剣を横薙ぎして制止するジュンの姿があった。
剣を抜いた瞬間にジュンも抜刀して剣を上空に斬り上げたのだ。
それが余りに早くてヨークの目では捉えられなく、その場で目で追えたのはジュラのみである。
ジュンが大剣を背に戻すと低い声音で告げる。
「続き、やるか?」
そう言うとヒィと短い悲鳴を上げるヨークは周りの野次馬を掻き分けて逃げて行くのをつまらなさそうに見送るジュン。
もう興味がないと背後にいる老婆に向き合う。
「ワイ、余計な事したかも……」
「ううん、有難うね、お兄ちゃん」
ヨークには一切の謝意も後悔もないが老婆には申し訳ない事をしたかもしれないと少し思っているジュン。
形見は売りたくはなかったかもしれないが、根気良く交渉されたとはいえモンスターは駆除して欲しかったのは間違いはないのだから。
「なぁ、ばあちゃん。なんでモンスターを駆除したかったんや? なんとなく流れで街の危機とかじゃなさそうだけど」
「それはね、お爺さん、私の旦那だった人が好きだった場所にお墓があるの。ちょっと恥ずかしい話なんだけどね、そこでお爺さんにプロポーズされて……」
老婆が遠い目をして少し照れている様子みせる。
ジュンの傍にやってきていたジュラは目をウルウルさせて「可哀想だよ、ジュン君」とジュンを見る。
ジュラが見つめるジュンは目元を掌で覆い、空を仰いでいた。
「その駆除、ワイがやる。いや、ワイがやりたい」
目元を掌で覆って空を仰いだままのジュンが言う。
それに老婆が両手を振ってジュンを止めようとするが「いいから、はよ、場所教えてくれ」とせっつかれる。
ジュンが引く気がないと分かったらしい老婆がその墓がある場所を告げる。
「本当に気にしなくていいんだよ?」
「いや、ワイはやる」
そう言うとジュンは老婆が言った場所を目指して歩き始める。
ジュンの言葉に笑みを浮かべるジュラは隣を歩きながら未だに掌で覆うジュンを悪戯っ子のような顔をして覗き込む。
「ジュン君、泣いてない?」
「煩いわ、ジュラ生意気やで」
そう言うと空いてる手でジュラの耳を掴んで引っ張る。
痛がるジュラの声を無視して、覆っていた掌で目元を拭うようにして前を見据える。
「ばあちゃんの思い出の地を取り戻しにいくぞ!」
ズンズンと歩き出すジュン。
しかし、ジュラはしっかりと見た。ジュンの瞳が少し赤くなっていた事を。
「ジュン君、優しい~可愛い~」
「……ワケ分からん事言うな、ワイはいつでも優しいし可愛いわ!」
肩をいからせてジュラを置いていくように歩くジュンを目を細めて見つめたジュラは先に行く背を追いかけていった。
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