第3話 兄貴とバカは幼馴染には甘い
村を出て3日が経過した夜営中、食事を終えてまったり時間に焚き火の番をする兄貴にジュンが聞いてくる。
「なぁなぁ、兄(にい)やん、王都まで後どれくらいや?」
聞かれた兄貴は咥えた煙草をピクリと動かした後、一吸いして思う。やっと聞いてきたかと。
普通のヤツであれば出発前や出発した初日というか行く気が元々あれば事前に調べるのが常識である。
しかし、コイツはジュンである常識を求めるは無理があった。
「王都まで何日か……まあ、現時点、王都を目指してない」
「うぇ? なんでよ?」
兄貴の額に自分の額を当てるように食い付いてくるジュンをウンザリした様子の兄貴が手で顔を押し退ける。
押し退けられてもグイグイ来るジュンにウンザリしながら兄貴は空いてる右手で3本、指を立てる。
「理由は3つある」
「なんやねん、理由って」
兄貴が説明する気になったと理解したのか焚き火を挟んだ対面で胡坐になって見つめてくるジュン。
「一応、言っておくが遠回りにはなってるが王都への経路ではある。しかし、最短のコースを辿ると水の確保が難しい事がある」
「はぁ? 水なら兄やんのカバンにどうせ一杯あるやろ?」
「あるにはあるが、綺麗好きのジュラが水浴び出来ずにゴネるぞ?」
兄貴にそう言われたジュンは、あ~と声を洩らし、納得したようだ。
勿論、ジュラは良い子だから急ぎの時は事情がある時はちゃんと我慢してくるだろうが急ぎでもない今の状況だと確実に不機嫌になると兄弟は理解していた。
綺麗好きで水浴びが大好きなジュラは兄弟のように手拭を濡らして拭けばとりあえずOKという風にはいかない。
兄貴が言うように住んでた村からの王都直通路を選ぶと川や池などの利用が難しい。
「今のが1つで、2つ目は一応、お前に配慮した理由だぞ?」
「ワイ? なんやねん」
兄貴は煙草を吹かして一呼吸空ける。
「今、向かってるのは王都方面で唯一、街という規模の場所だ。今のペースだったら3日後に着ける場所だ。ジュン、お前、お姉ちゃんがいるような酒場に飲みに行きたいって思ってるだろ?」
「おっ? さすが兄やん分かってるやん。そそ、ワイは大阪のネオンの明かりが恋しくってさぁ~」
ネオンはないけどな、と兄貴は嘆息する。
この世界は飲酒も喫煙も12歳から認められている。この辺は元の世界の中世の頃と変わらないようだ。
ちなみに兄貴の煙草は嗜好品のソレではない。前世でも煙草を吸っていたジュンであっても間違っても吸いたいと思える代物ではなかった。
この世界の本当の煙草は高級品で1本で酒豪であるジュンが普通の酒場で朝まで飲むぐらいの金額が飛ぶ為、ジュンは吸う気はないらしい。
前世を思い出すジュンは腕組みをしてウンウンと頷くがバカであるジュンではあったがある事実に気付く。
「ふと、思ったんやけど、それって別に王都でもええんちゃうん?」
「まあ、お前がイメージする王都であればそうなんだろうがな」
兄貴の言葉に首を傾げるジュンに説明してやる。
今、王都にあるジュンが好きそうなお姉ちゃんがいそうな酒場やお姉ちゃんと遊べそうな店が摘発対象になっている事を。
その説明を聞いたジュンは絶望した様子でアホか、と告げてくる。別に兄貴に言った訳じゃないのは分かっていたが心でお前がな、と律儀に返す。
どうやら宰相が主導で動いてるという噂を兄貴は聞いている。しかも潔癖症の王女も後押ししているようだ。
「でも、捜せばあるやろ?」
「だろうな、アングラ的な店はあるだろうが気楽に楽しめるか?」
「やな、でもそんなのムリ目やろ、すぐアカンなるわ」
ジュンの言葉に兄貴も同意である。
おそらく確実に破綻するだろう。
前世でも大なり小なり似たりよったりな事情だ。
犯罪率も上がるだろうが前世と比べてこの世界では男の死亡率が高い。だから一夫多妻が認められた世界なのだから。
需要と供給というやつである。早い段階で経済にも影響し出すだろうと兄貴は思う。
聞くところによると宰相はだいぶ若いらしい、王女は勿論のこと、理想だけで現実がまだ見えてないんだろう。
「まあ、ワイの為ってのは分かったわ、ワイって兄やんに愛されてるぅ」
「向こうに行ってゴネられたくなかったのと面倒事に巻き込まれたくなかっただけだ。後、愛してない」
呆れるように紫煙を吐く兄貴をニヤニヤと笑みを浮かべるジュンはススッと近寄ってくる。
「に、い、や、んのツンデレ~」
近寄ったジュンが胸、乳首がありそうな辺りを指で円を描くようにして口を尖らすようにして見上げてくる。
額に血管が浮かぶ兄貴がひょっとこのような顔をするジュンの顔を掴んで力を込める。
兄貴にこんな事をしたら痛い目に遭うと学習出来ないジュンはいつものようにギャ――と悲鳴を上げる。
煩いとばかりに兄貴はジュンを先程座ってた場所に目掛けて投げる。焚き火を通過させるようにして。
熱い、痛いと騒ぐジュンであったがものの数秒で復活したらしいジュンが再び胡坐を掻いて兄貴に質問する。
「で、3つ目ってなんやねん」
そう言われた兄貴は吸っていた煙草を深く吸いこんで咥えていた煙草を焚き火に放ると両手を組んだ上に顎を載せる。
その隻眼である無事な目は明らかに真剣という空気が感じられ、バカのジュンも背筋が伸びる。
「アレのストックがやばい」
「はぁ? アレって……まさか、アレかっ!」
ジュンは慌てた様子で今まで話に介入してこなかった幼馴染である少女をガン見する。
見つめる先にはアレを幸せそうに突きながらうっとりしているジュラの姿があった。
アレに意識を持って行かれてるせいでこっちの会話が耳に入ってなかったらしいジュラは兄弟に見つめられるが気付いた様子もない。
何かに追い詰められるような普段のバカなジュンからでは想像出来ない真剣な顔で兄貴の胸倉を掴んでくる。
「兄やんあれだけは切らしたらあかんやろ、獣が目覚めるぞ!」
「……分かっている。いや、分かっているつもりだった。普段のジュラなら2週間は持つ量を用意していたんだが」
こちらも弱々しく視線を逃がす兄貴を見て、クッと唸るジュン。
ジュンもこの3日浮かれていた事は自覚している。
ようするにジュラも初めて村を出て楽しくなって手が止まらなくちゃった状態に入ったようだ。
胸倉を掴まれたままの兄貴は目を逸らしつつ「すまん、俺もそこまで予測出来なかった」と片目からホロリと一滴の涙を零す。
「過ぎた事はええ。で、いつまで持つ」
「今のペースだと2日だな」
2日と呟くジュンは先程の話の流れで次の街まで3日と兄貴が言ったのを思い出す。
「明日からはペース上げるで、ええよな、兄やん」
「ああ、それは俺も提案するつもりだった」
兄弟は息を合わせたかのようにウットリするジュラの手元を見つめる。
牛乳の甘い香り、それに小麦粉を焦がした香りがハーモニーを奏で響き渡るカラメルの苦みを楽しめるアレ。
プリン。
兄弟は頷き合い、立ち上がると心ここに非ずといった様子のジュラを2人で引きずってテントへと向かう。
引きずられる振動でプリンがプルプルと揺れるのを涙目で見つめるジュラが叫ぶ。
「ぷ、プリン様が落ちちゃうぅ!」
兄弟は早く寝て朝から出発する為に心を鬼にしてジュラをテントに引きずり込んだ。
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