バカは一度死んだぐらいでは治らないー兄貴を道連れにして異世界転生ー
バイブルさん
プロローグ
何もない空間、そう思えるような広さからすればないと言っても過言ではない異物と切り捨てられるような存在が確認された。
真っ白、そう真っ白の空間で男は深い眠りについている。
だが、その眠りを妨げる存在が傍にあったらしく声をかけられる。
「寝とるとこ申し訳ないがチョイと起きてくれん?」
決して大きな声ではなかったその声に深い眠りについている男は反応する。
声がする方向に拳を突き出す形で。
「グオッォ、鼻が鼻がぁ~」
白装束格好の見た目以外でこれっといった特徴がない30歳には届いてなさそうな男が手にする杖を支えにするようにして膝をついて空いてる右手で殴られた鼻を押さえて悶絶する。
しばらく打ちひしがれて立てずにいた白装束の男であったが、持ち直したようで咳払いをして襟元をビシッと音がなりそう仕草で立ち上がる。
涙目だったことはこれ以上追い詰めない為に見なかった事にしよう。
「時間がないんでさっさと起きてくれん?」
そう再び呼び掛け、手にしていた杖を使って眠る男にツンツンと突っつく。
拳が絶対届かない安全圏を確保して。
決して格好悪いと思ってはいけない。何故なら白装束の男が可哀想だから。
白装束の男のビビり、もとい予想通りに再び、男が拳を被り振るが安全圏に避難する白装束の男に届かない。
どこか、してやったりと言いたげにムフンと鼻を鳴らす白装束の男。
やっぱり、ぶっちゃけ格好悪い。
安全を確保した事を確信した白装束の男はここぞとばかりに杖のツンツンを激しくさせると遂に男が煩わしげに唸りながら薄目を開けると白装束の男に目を向ける。
眠たげな目を向ける男は垂れ目なのにガラの悪さを隠せない鋭さを見せる。
年頃は40歳半ばといった様子の短髪茶髪で顎髭を生やし、痩身のチョイ悪オヤジと言うと候補に挙がりそうな様相だ。笑うと愛嬌はありそうなサルぽい顔で確実に男前寄り。ぶっちゃけ若い頃はかなりモテたと分かる。
だがやはり目付きは垂れ目なのに悪い。
寝起きだから余計なのかもしれないが。
「酒飲んで気持ち良く寝てたのに……お前、誰?」
男は欠伸を噛み殺しながら機嫌の悪さを隠さずに白装束の男を睨むように見つめる。
白装束の男を上から下へと値踏みするようにして最後に何故かガンを飛ばす。
「や、やっと起きてくれたんやな。緊急の用件があるから聞いてな?」
男には聞き慣れた関西弁で話しかけられながらもガンを飛ばす。
それにキョドりながらも気合いを入れて白装束の男であったが男はそれを無視して辺りを見渡し始め驚く。
「なんやここは! 真っ白やん!」
「えっ? 今頃? えらく落ち着いてるから受け入れるの早いなって思ってたけど……まあ、いいや、その辺りも説明するわ」
白装束の男はこちらに注目とばかりに杖を地面に突いてコンという音を響かせ、男の目をこちらに向けさせる。
コホンと咳払いをして白装束の男は説明を始める。
「まず、ここは世界の狭間。現世とあの世の間ってとこ。そしてワシはお前達、人が言うところの神様……」
「なるほど、酔っ払いか」
男の言葉に「えっ?」と硬直する白装束の男を無視して辺りを見渡し、帰り道を模索し出す。
大阪の路地裏で酔い潰れたオッサンは見慣れてる見慣れてると手をヒラヒラさせる男。
硬直から立ち直れない白装束の男を放っておいて立ち上がり出口を見つけられないので苛立ちげに聞いてくる。
「どうでもええから出口どこよ?」
「じゃ、じゃからここは現世とあの世の狭間といっとるだろうが! 自覚ないようだから……」
「戯言はええから、はよ出口……」
話をまったく聞こうとしない男に埒があかないと白装束の男が嘆息すると神様と名乗る男の胸倉を掴んで首を締めながら目を覗き込むようにしてガンをつける。
苦しげにする神様は掴まれてる手を左手で解こうとするが痩身からは想像できない力に辟易して杖を高く掲げる。
「まったく面倒な状況なのに面倒なヤツを巻き込んで……ええい、これを見ろ」
そう言うと掲げた杖を地面を突くと大きなウィンドウが開き、映像が映し出される。
それを「はぁ? なんや?」と呟く男が見るとその映像を見てビックリして後ろに飛び退く。
その拍子に胸倉を掴まれていた手は外れ、ヤレヤレと溜息を零し乱れた服を直す神様。
「な、な、バイオハザードやん! エグゥ!!」
「色々と間違ってるがこれは3日前のお前やで?」
はぁ? と目を丸くする男が見つめる先にはミイラ状態になっており、とても色々と表現に困る様相を見せる死体があった。
こんなのを動画でアップしたら即BAN確定の映像である。
おそるおそる近づく男がそのミイラを覗き込む。
「確かにこれワイやん。ホラーですやん」
「ええ~これ見てそれだけか? 一応、配慮して言葉だけで説明しようとしてたのに……まあ、自分が死んでしまった事は理解でけたか?」
そう言う神様の言葉を腕組みした男がウンウンと頷く。普通はもう少し取り乱しそうだがあっさりと受け入れている。
「まあ、人間いつか死ぬしな~」
フッと口で言いながら髪を掻き上げる男に神様がボソッと「ワシの手違いで本当は死ぬのはもう少し後だったけど問題なさそうで」と言いかけた瞬間、再び胸倉を掴みかかる。
「アホ―! 嘘やんけ! まだまだ色々やりたい事あったんじゃ!!」
「お、おぅ、さっき格好付けてたのってなんだったんじゃ?」
グラグラと揺らす男に待て待てと手を叩く神様が言う。
「後と言っても数ヶ月の差だし……メンゴ?」
「メンゴっていつの言葉やちゅーねん! 数カ月後? で、ワイは何で死ぬ予定やったんや?」
再び、男が掴む手から逃れた神様は背を向けるが背中越しに肩を掴まれ揺らされ続けるが一度咳払いをしつつ説明をする。
「今年のクリスマスの夜に昔、お前が手酷く捨てた女が最後の彼氏に同じように捨てられて刺し違えてもと思い、その男の下へ向かってる最中に偶然コンビニ帰りのお前が呑気に歩いてるの見て怒りがぶり返した女に刺されて……」
そう言われて神様から手を離した男が空を仰ぐようにして開かれた両手の指を折っていく。
「カスミ、ミサ、ケイコ、クミ……ええっと思い出せん。で、ワイは誰に刺されるん?」
「心当たりが多過ぎ……お前さんクズじゃな、自覚ある?」
「兄(にい)やんによう言われたけど普通やって~」
いや~照れるわーと言いたげに掌をヒラヒラさせながらヘラヘラ笑う男をジト目で見つめる神様。
まず間違いなく兄やん、男の兄貴の言う事が真っ当だろうなと嘆息する。
呆れる神様であったが話が脱線している事を思い出し、慌てるように話し始める。
「それはさておき、お前さんの死期を変えてしまった事がばれると不味いんじゃ。悪いが別世界に転生して欲しいんじゃが?」
「ふむふむ、ワイが異世界転生か~。これでもワイはその手の話にたしなめられてるんやで?」
嗜むと間違ってるんだろうと神様は察するが先程のこともあり、今後も色々間違るだろうと思われる男に突っ込むのも面倒で溜息と共に流し、概ね男が考えているような世界である事を告げた。
そのうえ、可能な範囲で3つの要望を聞くと告げる神様。
「現世に色々未練はあるじゃろうが生き返させるのは無理じゃし、これで納得して転生してくれんか?」
「まあ、ぶっちゃけこのまま老いていくだけでつまらんかったしいいんやけど……」
そう未練はないように言う男であったが少し遠い目をしてボソリと呟く。
「……兄やんは今、どうしてる?」
「お前の兄貴は父親と末弟とでお前の火葬に来てるはず」
そう言うとホイと再び地面に杖を突くと先程のお見せ出来ない男の死に顔の代わりに室外喫煙所で空を眺めながら煙草を吹かす男の姿が現れる。
映し出された姿を見つめた男が「兄やん……」と呟く。
それを見ていた神様が兄弟なのに似てないと呟くのを聞いて、男も自覚ありで他人にも良く言われると寂しそうに笑う。
映し出された男、男の兄は太っていると取るかガッシリとしてると取るか微妙な体型をしており、猿よりの男と違い熊より、正確にいうなら熊と言うよりクマさんと言った感じがしっくりくる。
「優しそうな兄貴じゃな……じゃが、怒ったら目茶苦茶怖そうじゃが」
「はっはは、めっちゃ怖いで? 親や警察に怒られても笑ってられるけどガチ切れした兄やんはマジ勘弁」
目を細めて画面に映る兄貴を愛おしそうに見つめる男。
神様は思い出す。警察で男の死に顔を見せられ、家族で唯一直視したのがこの兄貴で今の男のように別れを実感し、そしてそれを受け入れ優しい目をしていた。
眺める兄貴が最後に目の前の刑事にも聞きとれない声音でバカ野郎という呟きを聞いてしまった神様の罪悪感がMAXになった事は胸に仕舞う。
画面に映る兄貴が空を仰ぎながら呟く。
「なあ、ジュン。昔、自転車二人乗りして買いに行った自販のポップコーンを覚えてるか?」
兄貴の言葉に俯き加減だった顔を弾かれるように上げ目を見開く男、ジュンは口を開く。
「お、覚えてるぞ! 前の日に兄やんにガチ怒られしたワイが凹んでるの見て陽が昇ると同時にワイに食わせる為に家を飛び出したやつ……ワイは覚えてるぞ!」
男、ジュンは地面に映し出される兄貴に縋りつくように四肢を付ける。
小学1年のジュンが同級生の女の子が2年生に虐められてるのを庇った。だが、相手は3人、当然勝てずに悔しかった事。
初めは喧嘩したとしか知らなかった兄貴が怒っていたがその理由を決して語らないジュンに疑問を覚え、追及してきたがそれでも語らなかったジュン。
理由は分からずとも何かを察した兄貴が奢ってくれた200円のポップコーン。
2つ年上だといえ、小学3年生の200円は大金だ。それでも買ってくれたチーズ味のポップコーンの味を忘れられないとジュンは呟く。
後日、兄貴は独自にジュンが喧嘩した理由を調べ、事実に辿りつくとその2年生に鉄拳制裁し、向こうも5年生の兄貴とその友達を召喚したが返り討ちにした。
ボコボコの顔をしながら正座する兄貴が母親に怒られる姿を隠れ見た事を思い出し笑みを浮かべるジュン。
地面に映る兄貴が煙草を一口吸い、胸を満たし空に吐きかけながら呟く。
「お前には色々と迷惑かけられたが……また兄弟になれるといいな」
「ワイもまた兄貴の弟になりたいぞ!」
その言葉でジュンの両目から滝のような涙が溢れる。
チョイ悪オヤジ風の強面のジュンで我慢強い男で痛みなどで泣いたりしない。だが、情にもろいところがありこういう時は涙脆い。
それをからかわれる事もしばしばあるが、兄やんと一緒にするな、だとか兄やんのせいだとかそっぽ向いて拗ねる。
対極の存在のように見えて共通点はあるらしい。そのへんはやはり兄弟なのだろう。
2人の姿を見ていた神様の目の端にも涙が滲む。
それを拭い、四肢を付けるジュンの肩に手を置く。
「名残惜しいじゃろうが、余り時間がないのじゃ」
「……おう。分かった。兄やん達者でな」
ジュンは目元を腕で拭って、泣いてた事を誤魔化すように兄貴に投げキッスをして誤魔化す。
そして背を向けるジュンの背後の映像に映る兄貴の呟きが耳に届く。
「いや、待てよ? 俺はジュンの兄貴じゃなかったら幸せだったんじゃないか? そうだ、高校受験日にとんずらこいたジュンを県内の縁の場所を捜しまわったり……」
後、2日発見を遅れていたら他府県の縁がある場所まで行く直前に一番最初に向かったジュンの友達の家に潜伏してたのが判明した事。
結局、アイツは高校受験に間に合わず、中卒になったとぼやく。
「それに高校時代のバイト先の店長の彼女の妹がジュンに手酷く捨てられた相手で兄貴という理由で肩身を狭い思いもさせられたな……」
煙草をもう一吸いした兄貴がジュンのやらかしを色々と思い出し、一瞬考える素振りを見せる。そして、顔を上げると軽快に笑いながら吐き出した紫煙を払うように手をヒラヒラさせながら振る。
「やっぱり、もう一度お前の兄貴ってのは勘弁だわ」
クーリングオフ、クーリングオフと笑う兄貴の声を聞いたジュンは驚愕の表情を浮かべ「なんやて、マジか兄やん……」呟き、肩をプルプルと震わせると眉間に血管を浮かべる。
「ふっふふ、兄やん、あの世にクーリングオフってないんやで? そんな兄やんにプレゼントフォーユーや」
慣れない英語を使ったジュンに不穏な空気を感じ取る神様にジュンは背後で兄貴が映る姿に親指を差しながら言う。
「一つ目の要望や。兄やんや」
こうして、ジュンと兄貴、この兄弟の異世界での2度目の人生がリスタートする。
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