第34話 遊戯室②

遊戯室の柱時計が

コツコツコツと時を刻んでいた。


僕と六条はバーカウンターに座って

ダーツに興じている2人を眺めていた。

「こ、こんな時にダーツなんて・・。

 わたしはとてもそんな気分にはなれません。

 かと言って部屋に一人でいても

 安心できませんし・・」

六条は「はぁ・・」と溜息を吐いた。

「何か飲みますか?

 こう見えて

 昔バーでアルバイトをしていたんですよ」

僕は立ち上がってカウンターの中に回った。

アルコールは気を紛らわせるのに

絶大な効果を発揮する。

大人は酒に溺れる。

仕事や家庭でのストレスを忘れるために。


「・・そ、そうですね」

六条はやや硬い表情で僕の方をチラリと見た。

それから彼女は「ふぅ」と小さく息を吐くと、

「ま・・『マティーニ』をお願いできますか?」

と躊躇いがちに答えた。

「かしこまりました」

僕は畏まってやや大袈裟に頭を下げた。

六条の表情が微かに和らいだ。


改めて目の前の未亡人を観察すると、

地味ながらも整った顔立ちをしていた。

40代であるという見立ては正しいだろうが、

こうしてみると

30代でも十分に通用すると思えた。

化粧をすれば案外あっちの娼婦よりも

若く見えるかもしれない。

もしこれで本当に未亡人なら

言い寄ってくる男は数知れず、

というのは言い過ぎか。


「こ、こんなことなら。

 あんな脅迫状、

 無視しておけばよかった・・」

六条はそう呟いてから

グラスに軽く口をつけた。

「脅迫状?」

「あっ・・

 い、いえ・・。

 深い意味はないんです。

 こんなことになったから、つい・・」

そして六条は続けて『マティーニ』を

こくこくと流し込んだ。


その時、

「アタシの勝ちぃぃ!」

という菅野の甲高い声が聞こえた。

声の方へ目を向けると

両手を挙げて喜びを表している娼婦と

その隣で顔を真っ赤にして悔しがっている

老いた豚の姿が見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る