第42話 決勝 天上共栄戦

 7月28日、県営中宮公園野球場のスタンドは満員になっていた。

 僕たちが3塁側のベンチから飛び出して、試合前の練習をしようとすると、わあっと場内が沸いた。

 青十字高の吹奏楽部が「宇宙戦艦ヤマト」を演奏した。


「空尾ーっ、頼むぞーっ」

「時根ーっ、今日もホームランを打ってくれえ」

「方舟さーん、がんばってーっ」

 さまざまな声援が届いた。

 僕は思わず胸が熱くなってしまった。

 先攻後攻はもう決まっていた。

 きみと相手チームのキャプテンがじゃんけんをした。

 天上共栄のキャプテンは控え投手の白樺竜司さん。きみは勝って、後攻を選んだ。


 午前10時に試合開始のサイレンが鳴った。

 1回表、マウンドにはきみが立っている。

「プレイ!」と主審がコールした。

 天上共栄の1番バッターはセカンドの横光さん。

 当てるのが上手い打者で、外角低めのストレートを狙っていたようだ。だが、ヤマを張っていても打てないのがきみの球だ。外角低めギリギリの速球は、スプリットと並ぶきみの決め球。

 横光さんを三回連続で空振りさせた。

 2番はレフトの森石さん。

 彼はきみのストレートを当てた。ショートへの高いフライで、方舟先輩がキャッチした。

 森石さんは全力疾走していて、先輩が落とすはずはないと信じていても、ドキドキした。


 3番は潜水さんだった。彼女は打撃も上手い。

 打たれると、投球も調子に乗られてしまうかもしれない。

 スプリット、ストレート、ボール球、スプリットという配球で、三振に切った。

「必死だね、時根くん」と彼女は打席からの去り際に言った。

 実にそのとおりで、本当に必死でリードしていた。

 潜水さんには余裕がありそうに見えた。たぶんポーズだ。この勝負は決勝戦。彼女だって必死のはずだ。


 1回裏、マウンドに潜水さんが向かう。

 青十字の最初のバッターは僕だ。

 なめらかな左のアンダースローで潜水投手が投げる。

 きみの投球に勝るとも劣らない美しい軌道を描いて、ボールがやってくる。ホップするストレート。

 僕は初球をファウルチップした。打球はバックネットに突き刺さった。

 それだけで球場がどよめいた。

 2球目のストレートをミート。スタンドの右側へそれていく大ファウルになった。

 3球目、僕はついにジャストミートしたと思ったのだが、バットは空を切っていた。


 投球は浮き上がってから落ちた。

「スクリュー?」

 魔球のような球が来た。高速シンカーとも呼ばれる変化球だ。

 潜水さんがスクリューを投げるという情報はなかった。

 彼女は準決勝まで、ストレートと大きく曲がるカーブしか投げていないはずだ。

 決め球を隠して、勝ち進んできたのか?


「あなた用の変化球」と潜水さんは妖しく微笑みながら言った。

 僕はぞっとした。美しく、怪しすぎる。ここにも変身生物がいる、と思った。

 三振してしまった。


 2番の能々さんはセーフティバントを試みた。

 バントなのに、1、2球目はかすりもしなかった。

 潜水さんは遊び球を放らず、3球目もストライクゾーンに投げ込んできた。

 能々さんは意地になってスリーバントを試み、なんとか当てたが、キャッチャーへのファウルフライとなった。


 3番の雨宮先輩はバットを短く持ってミートしようとしたが、あえなく三球三振した。

 潜水円華、恐るべきピッチャーだ。


 3回表までひとりもランナーが出ない投手戦がつづいた。

 異変はその裏に起きた。

 ワンアウトランナーなしで、8番の草壁先輩が左打席に立った。

「スクリューを投げてこいよ!」と挑発した。

「あなたごときに」

 潜水さんはストレートを投げた。草壁さんはいつもはブンブン振り回すのだが、今回は見送った。

 2球目も見送り。

「スクリュー来い!」

 先輩はバットをバックスクリーンに向けた。予告ホームランのつもりだろう。なんて失礼な! 


「生きてやる生きてやる生きてやる思いきり生きてやる」とつぶやく草壁先輩。

 潜水さんはスクリューを投げた。

 草壁静のバットが浮いて沈む魔球をとらえた。

「えっ?」と潜水さんが言った。僕も同じ言葉を発していた。

 打球はセンター後方へ向かってぐんぐん伸びる。

 センターの大弓さんが懸命に背走する。


「無駄だ。ホームランだからな」と先輩はうそぶく。彼女は打球を見守っていて、走ろうとしない。

 ボールは確かに外野スタンドに届こうとしていた。

 大弓さんがフェンス際で大ジャンプした。

 彼女は着地し損ない、転倒した。

 だが、グラブを高々と掲げた。その中にボールが入っていた。

 大ファインプレーだ。

「ノオー!」と草壁さんは叫んだ。

「ノオじゃねえ! ちゃんと走れよバカ野郎!」と高浜監督が罵倒した。 

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