第27話

 ルールブックによれば『3、この世界の銃』で説明されているように乗っ取った状態でしか架空側は銃を撃つことが出来ないシステムとなっている、このことから少なくともハクは実在側と考えて自然だ。


 勿論、断言することは出来ないがハクと杉原のやり取りからしてもごく自然に銃を撃ったことで、ハクは実在側であることは概ね確定している。もし架空側がハクを乗っ取り銃を撃ったのだとするとこのやり取りの自然さから実行したと考えられるが、このゲームには時間制限があり、確定とまでいかなくとも状況的にほぼ間違いが無いと思えることは一旦断定的に捉えた方が効率が良いだろう。


 時間は有限なんだ、思考している最中にも当たり前に時間は消費される、無駄な思考は省いた方が良い。


 そして杉原は態々わざわざ撃たれるように終始仕向けていて、乗っ取りの最中には架空側の身体的活動が一切止まるという不自然さがあるのだから、長期的に行っていた杉原の奇行はごく自然に行われていたので、その点から考えても杉原も実在側と断定していい。


 そう考えると現在の実在側の情勢は実在人間-1、銃-1と消費された状況で、実在人間は残り6人、弾は8発残っていてハクと杉原と私は実在側、架空人間は松葉、先崎、ガク、伊東、下地、有本のいずれかになる。


 架空側の勝利条件は3つあって、実在側の弾数が架空側の人数を下回るか実在側の人数が架空側を下回るか時間制限まで生き延びるかのどれかで、基本は時間切れに注力するとして架空側は意思の疎通はルール上できないし、架空側もこの状況から6名の内の誰かが架空側であるかと探っているだろう。


 架空同士が繋がれればそれだけで架空側の勝利に繋がり易い、かといって実在側が架空側のふりをして惑わすにしても実在側も同様に意思の疎通は出来ないし、架空側の必勝法も実在側と酷似していて架空側を特定するのが目的としてあるだろう、となれば架空側と実在側の行動は一致するし、架空側だけが実在側のふりをできて騙す側としての戦略を行える、架空側は1人でも時間制限まで逃げきれればそれでいいのだから。


 つまりは架空側は無理をして実在側を乗っ取ってまで銃を使う必要が無い。


 そう考えて自然なのだから、今後の動向として銃を撃った者がいればその者は架空側である可能性は低いと捉えていだろう、架空側が行動するなら架空人間が誰であるかの特定に注力し、あとは時間一杯までやり過ごすのが負けにくく勝ちやすい、だとすれば次に架空側がアクションを起こすなら……。


 そう思考しながら皆を見た、松葉はハクをしきりに気にしている様子で、木の下で座り、木にもたれかかっているハクにかがみながら寄り添う形でハクを励ましていた。ハクは松葉の話を聞いているのかいないのか終始うつむき加減で過ごしている、それ以外の者は各々ルールを確認しているようで本に目を通していた。


 先崎はデータマンとして活動しているからもし先崎が実在側ならかなり有益な存在となる、もし架空側が先崎の真似事をするにしても二人のデータマンは必要ないのでその行動が変となってしまうから架空側はデータの収集活動を行えないに等しい、先崎が実在側であることを願うばかりだ。


 ガクは何やらメモを取っていた、そうして考えがまとまったのか皆に話始めた。


 「俺、色々考えてみたんだけどさ、これって銃を撃てるなら実在側なんだよね、だって乗り移らないと架空側は撃てないんでしょ?」


 確かにその通りだ、かといって撃てば必ず相手は死ぬ。


 「俺死にたくないよ、ハクだって殺されると思ったから撃ったんだよ、だからハクは実在側じゃん、ハクは味方なのにさ、何かハクが悪いことしちゃったみたいになってるの変だと思うんだ」


 味方か……。


 「松葉さんはそう思ってるからハクを励ましてくれてるんじゃん、でも皆は無視、人としておかしいと思う、言わなくても雰囲気でわかるよ、ハクを邪魔者みたいに感じてるんでしょ」


 「いや違うな、ガク、お前は甘い」


 先崎が話をさえぎる、煙草を吸い終えたようで地面に火のついたそれを擦りつける。


 「ハクは撃ったんだ、それが事実、これがこの世界でなくてもやってはいけない事だと理解できるだろ、通常なら殺人という罪、この世界だから肯定されているだけだ、そんな非道なやつを誰も肯定しない、人としてというならハクの取った行動は人として最も愚かしい行為だ」


 「はあ?、何言ってんの、ハクは殺されそうだったから撃ったんだよ、ハクは何も悪くない、正当防衛だよ!」


 「まあそうかもしれないが、お前はハクに寄り過ぎだ、ハクが取った行動の事実は変わることがない、お前はお前の都合で考えているだけだ」


 そこで有本が続く。


 「私も先崎さんに同意します、私達はここに入れられた理由はわからないけどここにいる人達のことを私はあまり知りません、皆さんだってそうでしょう、自分が殺されるかもしれない状況でどうしたってそんな人は脅威になります」


 「うるさいな、お前そんなこと言うなら架空側でしょ、先崎さんだっておかしいよ!」


 終始おとなしくしていた下地がガクに賛同するように話始めた。


 「ぼ、僕もガクさんの言う通りだと、お、思います、こんなゲームが悪いんだと思います、人を人として扱えないからハクさんが悪いんじゃなくて、このゲームが悪いと、思います」


 「もうさ、俺、早く帰りたいよ、俺は死にたくない、だから撃って自分が実在側だと証明したい、こんな世界あんまりだよ、悪く無いハクは悪者にされちゃうし、人が死ぬんだよ?」


 ガクの目が潤んでいる、正気を保てないようだ。


 やはり愚者は新たな問題をつくり、ときに暴力的な振舞いをする、ガクもハクも似た遺伝子だからだろう、その思考も似ている、まして撃ちたいとまで公言し今や危うい存在となっている。


 ガクはこのゲームの常識を理解していない、この世界と現実とを混同している。


 皆死にたいと思う筈が無いが、このゲームを無事に終わらせるなら架空側を撃たなければならない、そうなれば自ずと危険分子は危ういとして当然だし、警戒しても間違いじゃない。そこを元の世界と混同させると倫理を求めては結局のところ自身の保守的な言い分から正当化させようとする。


 このゲームで最も愚かしくも恐ろしいのは冤罪だ、だからガクや松葉のように誰もハクに対して慰めるようなアクションを起こさなかっただけだ、それを非倫理的だと主張するガクはその冤罪を発生させる機会をつくっているに過ぎない。


「俺は先崎さんと有本さんが架空だと思う、人じゃないじゃん、悪くもない人に対してそんなこと普通言えないよ!」


 ああ、何てことだ、愚者がまた新たに問題を引き起こしてしまった、ありもしない事をさもあるかのように振舞い、ましてその愚者が冷静でないガクが手持ちにあるのが確実に人を殺せる武器であるということ、もはやこうなれば通常の理屈はガクにとってただの攻撃とみなされ、屁理屈と捉えられる。


 こうなれば架空側である可能性を秘めている容疑者であるガクも、皆が撃つきっかけへと繋がる。撃つならしっかりとした根拠で撃ちたいが、排除という形で撃つその行為は、ガクが架空側であって欲しいと願う運の要素でしかない。


 かといって愚者を放置していれば愚者が人を殺す、それは自身にも降りかかる恐れがある死に一番近い要素、それは愚者の犯した冤罪から発生する大罪。


 ガクが誰かを殺すか、ガクが誰かから殺されるか、この不条理な二択を迫られている。

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