第20話 消費期限

 配信当日。


 アキラはマネージャーの雨宮に先に真相を伝え、小細工を弄させた。

 用意された席に座り配信を開始する摂理だったが、すでに中止することが伝えられてある。摂理に向けられたマイクもカメラも機能はしているが実際には世界へ向けて中継などされていない。室内で見守っている会社の人間(雨宮や鮎京)、游など少数の知り合いのみが摂理の発言を見守っている。人数は20名程度か。


 台本通り事件について語り出す摂理。その内容はアキラが破棄した推理である。

「葉凪はアイドルとして限界を感じ、引退するために私相手に傷害事件を起こした。人気アイドルである葉凪が辞めるためにはそうするしかなかった。襲いかかってくることは私自身も了承していた」


 室内に葉凪が現れる。2人のアイドルはともにハッとした顔になった。双方とも知らされていなかった展開だ。葉凪は別の場所で配信が行われると聞かされ、『仕事上の用があるからきてくれ』と騙され事務所を訪れたにすぎない。

 葉凪がその場を立ち去ろうとする瞬間、雨宮が頭を下げ止まらせる。


 摂理は必死の演技を見せる。いぶかしんだ顔が一瞬で変わり、親友と再会し感動の笑みを浮かべる。立ち上がって葉凪の手をとり、抱きつこうとした瞬間、その間に割って入ったのは会社の社長、葉凪の父親であるあの男だった。感情を押し殺した表情で所属タレントを元の席に座らせる。


 口を開いたのは部外者であるアキラだ。部外者である彼が話すからこそ説得力が発生するという思惑もあった。

 アキラは訥々と自分の推理を述べる。

「摂理の根本的な動機は金銭的な利益の最大化。その目的のために不要になったのは葉凪だった。葉凪を怒らせ自分が泥を被らない形でコンビを解消し、ソロでやっていくことが彼女にとっての正解だった」


 摂理と葉凪の反応から察するに、アキラは正解を口にしている。アキラの演説を止めようとする人間はこの場にいない。


「ではどうやってこの温厚な女性を怒らせ、公の場で報復に至らせたのか。それはまぁ推測ですが、他に方法が思いつかないのでこうです。葉凪の裸体を撮影した。要するに児童ポルノですね。摂理は相手の弱みを握るために手段を選ばなかった。相手がどれほどストレスを抱えるかなんて計算外です」


 葉凪は弱々しくも首を縦に動かした。


「ではどうして摂理はコンビを解消しようとしたのか? それは葉凪さんの存在が疎ましたくなったから。2年前、コンサート会場でファンに襲われかけ、自分を救った葉凪に人気が集まったからです。『K2!』はアイドルデュオ。それぞれが大勢のファンを抱えている。それは映画『1週間の休暇』が公開されたあともそうでした。アイドルとしてデビューしたあともそう……。しかし厳密にいえば、個性的なアイドルである摂理さんと、没個性的なアイドルであったといえる葉凪さんの組み合わせだった。そうでしょう?」


 マネージャーの雨宮は同意する。


「奇抜なファッションに身を包み、共演者相手に際どい発言を繰り返す摂理さん。SNSで度々小規模な炎上騒ぎを起こすのが摂理さん。グラビアで際どい格好を見せるのが摂理さん。以下略。ともかく人と違うことをして目立ってきたのが彼女のほうです。彼女が『K2!』の顔だったことは論を待たない。ですが2年前の事件です。悪漢から摂理さんを救ったのは目立たないほうの葉凪さんだった。あれは劇的な出来事だった。俺はむしろあの事件が自作自演だったかとすら疑ってしまいましたからね。あー怒らないで、怒らないで」


 怒っているのは游だ。アキラは両手を恋人に向けてなだめすかす。


「葉凪さんの英雄的行動がなにをもたらしたか。それは彼女の優しくて実直で……なにより仲間想いの性格が本当だってことが伝わったんですよ。日本中に。いや世界中にかな。『アイドル以上のアイドル』とまで呼ばれるようになった。自分のパートナーの命を救ったようなものですからね」


 アキラは葉凪の様子をうかがった。彼女は泣いていることを隠すために横を向いている。


「摂理さんは気に食わなかったんじゃないですか? 自分1人でもっていると思っていたグループが、相方に人気で食われると思って。どうです?」


 摂理は答えない。


「あの野崎って男がステージに上がったとき、逃げることも立ち向かうこともできなかったあなたを助けたのは、この人ですよ。事務所の社長の娘、初めて出た映画でW主演した葉凪さん。そのとき既に2年間もアイドルとしてともに歩み続けてきた同僚が、パートナーが、友達が助けてくれたんです。あなたはそのとき本当はどう思ったんですか?」


 摂理は皮肉な笑みを浮かべアキラを見る。


「ふむ」


「あの野崎って男が私にそのまま襲いかかったのなら、世間は私に同情してくれたはずよ。なのにこの女が余計なことを……」


 場の空気が凍りつく。この女はなにを言っているんだ、と。

 だがこの場にいるただ1人が醒めた表情で摂理を見ている。

 それは葉凪だ。彼女は摂理の本性をとっくに知っている。


 アキラは続けた。

「ありがとうの一言もなし?」

「勿論言ったわよ。


「助けられた身分ですよね? 葉凪さんだけじゃない、マネージャーの雨宮さんや会場のスタッフもあなたを守ったでしょう? 人として感謝の気持ちは……」

「私を助けることくらいやって当たり前の仕事でしょう? 私は被害者なのよ? それよりなにより私はスターなの。そんじょそこらの人間よりも優れている。命の優先順位が上にくるのは当たり前。私の言ってることがおかしい?」


「それが君の本音なんだね。……事件後に葉凪の人気が上昇し、相対的に自分の人気が薄まってどう思った?」

「私の価値が薄くなった。私はね、私以外の人間の価値なんて認めない。私、私、私だけよ。他の誰にも興味なんてない。利用する価値があるから生かしてあげてるだけ……。あの映画も、葉凪も、この会社も全部踏み台よ」


「目的は……俺が言ったとおり金か?」

「言うまでもないわ。アイドルをすることにしたのも私の意思よ?」


「俺にはまるで会社の方針で仕方なくやらされることになったと……」

「そのほうがストーリーとして納得できるでしょう? だってそれまで必死になって子役の仕事をしてたのに、急展開すぎる……。次の質問は『どうして子役を続けなかったんだ?』ってところかしら」


「次の質問は『どうして子役を続けなかったんだ?』ってところかしら。なんつって」


 アキラと摂理の会話に割り込んできたのは葉凪だった。

 彼女は涙を拭き取り、決然とした顔をしてこう言った。


「ふたたび成功する可能性が低いからです。あのときの私たちは2人セットで成功した。同じようなクォリティの作品に出会えるとは限らない。物語に愛される才能とでも表現しましょうか……」


 アキラは言葉を引き継ぐ。


「『2年間の休暇』で成功を収めたあの監督は別の作品の撮影を開始した。また君たちを起用する理由なんてない。かといって『エンタープライズ』のコネを駆使したとて、君たち2人を使って、かつ2人とも同じくらい作中で活躍させてしかも商業的に成功させる作品を撮れるか……その可能性は極小だったんでしょうね。2人とも当時まだ中学生になりたてて撮れる作品のジャンルも限られている」


 なまじ最初の作品で成功したことでハードルが上がりすぎていた。

 仮に2人が子役を続けていたとしても、アイドルをやっている現実の彼女たちほど有名で、お金が稼げて、人気を維持し続けることはできなかっただろう。


(どんな俳優も出演する作品によってその才能は活かされる。その俳優にどれほど優れた演技力、知名度、容姿が備わったとしても、出演する作品が駄作だったり、あるいは演じるキャラクターがマッチしていなかったら……観る人間は決して満足しないだろう)


(要するに運の要素が絡んでしまう。その俳優が出演する作品を選ぶことができる立場になってもクソをつかまされる可能性は決してゼロにはならない。その点アイドルは別だ。楽曲やPV、出演するライヴ等のクオリティはカネとコネでコントロールできる)


(あの映画で成功したあの当時の時点で摂理と葉凪の知名度は飛び抜けていた。そして2人が所属していたのは『エンタープライズ』。事務所にとって初のアイドルユニットを押し上げるために労力は惜しまないだろう。商業的な成功が最初から決まっていたプロジェクトだった)


 それをわかっていたから摂理はアイドルになった。これは自ら押し込んだプロジェクトだったのだ。葉凪を巻き込む形にはなるが。


「葉凪さんはそれを承諾したんですね」

「摂理さんの言葉には説得力があった。なによりそれが会社のためになるのなら、そしてファンのみなさんがそれで喜ぶのなら私はなんにだってなりましたよ……。だからこの点についてこの人を恨む気持ちはありません」


 真顔でそう答えた葉凪。


「つくづくカンパニーマンですね」

「そう言われても仕方ありません。私の家庭が家庭ですから」


 娘は父親を見た。

 社長が視線を逸らす。


「大衆のためになら、そして会社の成功のためになら自分のやりたいことすら捨てられる。それがあなただった」

「ええ、そして私のこの性格は摂理さんのためにも都合が良かった。私たちのユニットは会社の顔になる。私たちが『エンタープライズ』の旗手だなんて最初は冗談だと思った。ですがアイドルになって時間が経って、露出が増えていくと……それが現実味を帯びていった」


 たった2人のアイドルが、それまでトップアイドルと見做されていた他所の事務所の超人気グループを追い抜いていく。それはまさしく彼女たちの神話だった。


「私にとっては予想外の成功だった。会社にとってもそうだったといえるでしょう。もちろん私たちの仕事のクオリティが高かったことも一因です。ライヴで起こった襲撃事件も追い風にはなりましたが……なにより私たちは大衆に好かれました」


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